朝から会議があり、それは昼過ぎまで続いた。
「相変わらず長いな、あの会議は」
「烏間が言うならよっぽどだね」
「よく言う。隣に座るお前も思っていただろう」
「そりゃあね。あまりに長いもんだから途中で寝てやろうかと思ったよ」
歩道を歩きながら話す2人。仕事の合間に休憩でもしに来ているのか、鞄は持たず必需品のみを身に付けていた。
「…だがまぁ、お前も大変だな」
「ん?」
「防衛監察本部と情報本部との半々仕事。異例だろう」
「そもそもそれが認められてる事が凄いけどね…」
異例中の異例。軍服を脱ぎ、さぁいざ防衛省職員だ。というのを目の前にして差し伸べられる手。一つは監察本部。一つは情報本部。しかし先に声を掛けてきたのは監察本部であり、情報本部は二番手であった。だが両者とも中々手を引かないため、ここは大人の事情という事で、この柴崎という男はその身を半々にして各本部に名を置いているのだ。
「別に俺は監察本部所属でも良いんだけどね」
「? 何故だ?」
「情報本部だと烏間と毎日顔合わせるだろ?」
「…それはどう取るべきだ?」
「ふふ、つまり…」
1日の内何処かでばったり。もしくは疲れて帰ってきた家でおかえり、ただいま。
「時間を置いて会うと一入でしょ?」
「…、それもそれでありだが、」
「?」
「そうなると左側があまりに寒くなるな」
「……」
左側。それは烏間から見て。そしてそこには、いつも癖のように立ってしまうのだろう、彼の想い人がいる。
「……今は寒いの?」
「ふっ、いや。今は寒くない」
何故ならいつだって、そこには優しい温もりを持つ存在を感じるから。だから寒くなんてない。
「あっ、ねぇ!」
「「?」」
自分達のことだろうか?そう思って2人は振り返った。するとそこにはなんとまぁ、見知った顔がちらほらとあった。
「やっぱり烏間さんと柴崎さんだ。今お仕事帰り?」
話しかけてきたのはランドセルを背負った小さな男の子。
「こんにちは、コナンくん。今は丁度仕事合間の休憩時間さ」
「休憩時間?あ、会議とかあったの?」
「あぁ。…君らはもう帰り道か?」
「うん。今は短縮期間中で早いんだ」
短縮期間。懐かしい。しかしそれを経験したのは一体何年前だったか。記憶も乏しいほどである。
「もう、コナンくんったら。突然走り出しちゃビックリするでしょう?」
「ごめんなさい。でも2人の姿が見えたからつい…」
「2人?」
「うんっ」
走り寄ってきたのは1人の高校生。綺麗な黒の髪を持つ、スラっとした女の子だ。彼女はコナンから目を離すと前に立つ2人の方を向いた。
「あ!烏間さん、柴崎さん!」
「こんにちは、蘭ちゃん」
「君も今が帰りか?」
「はい、そうなんです。私の学校も今は短縮期間中で。午前中で授業が終わっちゃったんです」
それになるほど、だからか。と2人は頷く。小学生ならまだしも、高校生の彼女がこんな時間に鞄を持って歩いているなど普通なら少々時間帯的に早過ぎるのだ。
「2人はこれからまたお仕事ですか?」
「まぁね。今は休憩時間で、暫くしたらまた戻るよ」
「相変わらずお忙しいんですね…。前に会った時もバタバタしてましたし…」
「…唐突に仕事を投げ込んでくる上司が居るからな。仕方ない」
「あはは…;;」
烏間の発言になんとも言えないのか、濁した笑いを柴崎は零した。
「ちょっとちょっと蘭!」
「?何?」
「何?じゃないわよ!誰!?このスーツが超似合うイケメンと美形は!」
「「(イケメンと美形……?)」」
誰のことだ?と2人は顔を見合わせた。というものこの2人、基本自分達の外見や容姿に興味なく、関心もない。故に揃って後ろを振り向いたが、目星い人間は居ない。となると、まさかこれは自分達の事か?と少々瞠目したのだった。
「あれ、話してなかったっけ?」
「聞いてないわよ!今が初めて!」
「ごめんごめん。えっと、この2人は防衛省職員の人達で、こっちが烏間さんで、こっちが柴崎さん。こちら私の昔からの親友の鈴木園子です」
蘭は間に立つと互いの事を紹介し合った。される側の片方といえば「防衛省職員!?」と目をキラキラさせている。それを見たコナンといえば相変わらずだな、と苦笑を一つ浮かべていた。
「初めまして!蘭の昔からの親友の鈴木園子です!」
「初めまして。柴崎です」
「烏間だ」
「やーんっ、もう声まで素敵!大人って感じわっ」
「ちょっと、京極さんはどうしたの?」
「それとこれとは話が別よ〜っ」
「もー、園子ったら…!」
「…結構パワフルな子だね」
「…のようだな。勢いが若い」
「っふふ、若いって…っ。烏間もまだ若いのに…っ」
静かに呟く烏間の台詞に思わず笑いが零れる柴崎。どうやら2人の頭に鈴木園子という人物は明るくて元気でパワフルだという認識が根付いたようだ。
「あの、」
「? なに?」
「っ2人って彼女いるんですかっ?」
「(うおっ、直球だな…っ)」
「ちょっ、園子ってば!」
「だって気になるじゃない!こんな優良物件に食いつかない女は居ないわよっ」
「〜…っでも、いきなりは失礼でしょっ?」
「っふふ」
「「「あ…、」」」
「…柴崎、」
「っごめんごめん、」
笑う柴崎に集まる3つの視線。そして4つ目の視線は隣の烏間からで、彼からは嗜むような声を掛けられた。
「俺も烏間も彼女は居ないよ」
「えっ、そうなのっ!?」
「あれ、君もいると思ってた質?」
「う、うん、いると思ってた…」
「それは残念だったな」
どちらも独り身だという事実にコナンは驚いたように声を上げた。彼もまたこの2人には居るとばかり思っていたのだ。
「意外です…!私も烏間さんと柴崎さんにはてっきり彼女が居るのかと…」
「期待させてごめんね。そういう存在は今の所居ないんだ」
「じゃあどんな人が好みですか!?」
「あ、それは私も気になるかも…!」
「僕も!」
そう尋ねられ、2人は考える。…はて、好み。そこで思い浮かぶは互いに隣にいる人物。
「(好みねぇ….)」
「(…好みというより、こいつか)」
つまり2人して好み=今隣に立つ相手なのである。しかしそれを話すわけにもいかない為、なんとかそれらしい言葉を探す。
「…良いところも悪いところも遠慮なく言ってくれる人かな」
「それが柴崎さんの好みですか?」
「そうだね。今浮かんだのはそれかな」
「じゃあ烏間さんは?」
「……優し過ぎるお人好しか」
「優し過ぎる…」
「…お人好し?」
はて?と首を傾げる蘭と園子。そして烏間のとなりでその言葉を聞く柴崎といえば、発せられたそれに一体どういう意味だ、と心の中で呟く。
「…烏間さんは優し過ぎるお人好しな人が好きなの?」
「……そうだな」
そう言って、ちらりと。誰にも分からぬよう柴崎を見る。それにたった1人気付いた彼は軽く眉を顰ませた。烏間は目に映るその姿に、小さく音も無く笑えば再度口を開く。
「…さて、そろそろ俺達は戻るか。午後の会議が始まるからな」
「あ、もうそんな時間なんですね。引き止めちゃってごめんなさいっ」
「いや、良い気分転換になった。…ほら、行くぞ、柴崎」
「はいはい。じゃあまたね3人とも」
「はいっ、また!」
「またね、烏間さん、柴崎さん」
「お仕事頑張ってくださーい!」
手を振ってくる3人に軽く返し、2人は背を向け歩いて行った。そんな後ろ姿を眺めて思うこと。コナンは1人うーん…と顎に拳を添えて考え込んでいた。
「(…なんか引っ掛かるよなぁ、あの言い方。でも何がって言われると、正確な答えは出てこねぇし…)」
考えても出て来ない答え。流石の名探偵もこれには悶々とするのだった。
「…初めて知ったね」
「何がだ」
「お前の好みが優し過ぎるお人好しだったって事だよ」
「っくく…っ、仕方ないだろう?お前はそういう奴なんだ」
「…っ、」
「まぁ正確には『誰彼構わず振り撒かない、上手い線引きの出来た優し過ぎるお人好し』、だがな」
あぁ、後警戒心も持てる、か。と口元に軽く弧を描き、その声は何処か楽しげ。そんな彼に柴崎はよく言うよ、と返す。
「烏間だってお人好しだろ」
「俺が?」
「そう。お前だって十分お人好しに見える面、持ってると思うけどね」
そう言えば彼は足を止めた。すると釣られるように柴崎の足も止まり、少し烏間を振り返った。
「…お人好しな。そう見えるのなら、それはお前だけだ」
「?どういう意味?」
イマイチ良く分からないと首を傾げれば、烏間は小さく笑い足を進め、彼の隣に立った。
「俺がお人好しなら、それはお前に関しての時だけ。という事だ」
「…………」
「他にお人好しになった所で仕方ないだろう」
含んだ笑み。それを向けられ、最早ぐうの音も出ない。…全く狡い人だ。
「…それは喜ぶべき?」
「素直に喜んでおけ。これも好意だ」
「あー、もう狡いなぁ…」
「くくっ」
良いところも悪いところも言ってくれる人。そう自分は言った。何故なら烏間がそうだから。…けれどそこに付け足そうか。少しだけ、狡い人と。
title:≠Ether様