不可解なことが起きている。何故あれほどの大事故が起きたというのに、その詳細の一切が報じられないのか。些細なことまでもを世に流す情報局が存在しているというのに、昨夜の爆発事故には概要すら触れていない。
だが反面こうも考えられる。詳細を公に出来ない理由がある。又は何処かのみで事を掌握され日本の警察へ情報が降りていない。
「(……テロ、)」
この日本という国で、何かが動いているのかもしれない。だがその概要さえも防衛省情報部には降りてこない。烏間も昨晩の爆発事故には疑問視をしているのか、今朝から小まめにネットニュースを見ている。あれだけのことがまるで揉み消されたように朧げになっている事実に彼も疑念を持っているのだ。
「…早合点かな」
テロなど、もしも起きているのなら情報部が動かないわけがない。いや、情報部だけじゃない。この国を守る一つの省庁として、防衛省全体だって動き出すことだろう。…しかしそれもない。テロの文字など何処にも見えない程に " 安全 " なのだ。だがそれが逆に二人の勘を動かしている。
安全?安全な国など何処に存在するのか。どの国でも戦争がないから安心だとは言えない。日々事件が絶えずニュースからは不幸な情報が流れてくる。これの何処が安全と胸を張って言えるのか。民主主義、社会主義に問わずこの世界全体が安堵に包まれることはない。少なからず、どの国にも黒さは存在するのだ。
「奇妙だな」
「烏間…」
休憩室で携帯を開きニュースを見ていた柴崎に声を掛けたのは烏間。彼は柴崎の見ていたニュースページに目を落とせば、その表情を僅かに険しくさせる。
「情報の一切が降りてこない。もしテロ関連なら直ぐにでも防衛省内に事が広まるだろう」
「…でも、それもないね」
「あぁ、…だから奇妙だ。衝突事故も相次いだそうだが、その理由すらも報道されていない」
「これじゃあ、まるで何処かで隠蔽されているみたいだ」
知られてはならないのか。それとも知ってはいけないのか。どちらにしてもこれ程の事が起きて国を防衛するこの省庁に通達されないなど異例でしかない。
「…掛かると思う?」
「…あの時みたいにか」
「まだ分からないけど、もしあの件を視野に入れられていたとしたら矢が当たるのは此処か此処だよ」
もう過去の話だ。地球を救うために超生物を標的にしたのは。しかしあれも蓋を開けてみれば世間の思うものよりも温かく、柔らかいものだった。激務であることは確か。けれどその反面多くのことを学んだ一件でもある。
声を掛けられるか、掛けられないか。柴崎曰く、その件に携わり " 任務を達成した人物 " であることを枠内に入れられたのだとしたら…。上の目がこちらに向く確率は高いと言うのだ。それについては烏間も完全に否定は出来なかった。もしも隠密に事が進むのだとしたら、彼の言う矢が当たる可能性は十分にある。
「たとえ潜入するならそれは諜報部の役目になる。でも諜報員を派遣するにも、」
「まずは情報が必須、という訳か」
無鉄砲に、曖昧な現状の元で上が諜報部を動かす訳がない。となると確定出来るだけの情報がいる。それを仕入れる、若しくは確かめる役割は情報部が担っている。ならまず動くなら言わずもがなだ。
「…テロなのか、そうでないのか。それを判断するのもこの部署の役目か」
「そうじゃないことを祈るけどね」
柴崎はソファから腰を上げる。そうして目の前で気の重そうな風にして息を吐く烏間を知ると、その顔に苦笑を浮かべさせた。
数日も経たない内にそれは出された。
「烏間」
名前を呼ばれた彼はタイピングの手を止め頭を上げる。そこには副本部長が立っていた。嫌な予感がする。烏間は直ぐに自分の第六感に蓋をしようとするが、どうやらそれも意味を成さなかった。
「本日10時、柴崎と共に情報部本部長室まで来るように」
「…分かりました」
去って行く背中を目で追い、姿が見えなくなった辺りで彼は深い息を吐く。背凭れに体を預ける。そうして目の前のディスプレイに目を移し、その流れでデスクに置いていた携帯にもそれをやった。
「(…お前の勘は恐ろしく当たるな)」
───もしあの件を視野に入れられていたとしたら矢が当たるのは此処か此処だよ
まるでその通りになっている。彼の予想のまま、矛先がこちらへ向いた。あの話をしてまだ一日しか経っていない。烏間は現状にもう一度浅くため息をつくと、置いていた携帯を手にする。慣れたように操作をすると、今頃同じように通達がされているだろう彼に向けて一言送った。
「(…しかし漸く此処も動き出したか)」
遅い走りだが仕方ない。上にも上の事情があったのかもしれない。それを推し量る術は何処にもないが、深く知ることは一つの組織の奥に侵入することを指す。この世の中、知らなくて良いこともある。もしかすると今回のこれも、その分類なのかもしれない。
通達された時間より15分早く情報部本部長室前へ赴いた烏間は先に来ていた柴崎の姿を認める。彼の方も烏間に気付けば、ほらねと言わんばかりな表情を彼へと向けた。
「俺は今回程お前の勘に恐れ入ったことはない」
「今から聞かされて驚いたってなるよりマシでしょ、心持ちが」
柴崎の隣に立った烏間は彼の顔をちらりと一瞥すればため息を吐く。まるであの時のようだ。確かあの日もこうして呼び出され、烏間は柴崎と共に現場責任者の任務に当てられた。
「お前はテロだと思うか」
「…さぁ、どうだろう。それを考えたこともあるけど、何にも情報がないんじゃ早合点かなって」
「…確かにな。 それは言えている」
そしてその情報の無さを無くすために、恐らく今回こうして呼び出された。今朝もニュース関連に目を通したが、やはりあの件には何も触れられていない。謎は深まるばかりだ。しかし謎といえばもう一つある。
「…今更だけどあの首都高で起きた大事故って、後処理はどうしたんだろうね」
烏間の瞳が柴崎に向けられる。…言われてみればそうだ。あれだけの被害と損害を一体何処がどう処理し受け持ったのか。
「一般的な事故が首都高で起きたなら、それは警視庁の管轄になる。あそこは優秀だから原因解明を迅速に進めて、民間への情報提供だって出来得る限り早く発信する」
「…それがなされていないということは、」
「根本の原因を何処かが握っていて、お陰で警視庁側は朧げな爆発事故としてしか認識出来ていない。っていう風にも考えられるね」
柴崎の予想に烏間はまさかと思う。けれどもしそうならば現状の事態における辻褄も合ってしまう。事故後の処理に関する不明さ、情報の少な過ぎる現状、大きい事態を酷く小さく収められている今。
「…警察庁か」
「憶測だからなんとも言えないけど、あの省庁が動いている可能性も十分にあると俺は思うよ」
今回のこの件が、本当に防衛省にまで響いてくるのならね。柴崎の発言に烏間は早速頭が痛くなった。これをそんな馬鹿なと簡単にあしらえたなら良い。けれど今までの過去を振り返り、彼の憶測というのはほぼほぼ外れた形跡がないのだ。
「……面倒臭い限りだな」
「隠蔽関係は基本面倒臭いって」
会話もそこそこしていれば指定の時刻になった。柴崎は若干の気落ちを見せる烏間の背中をポンと叩くと、目の前の部屋の扉を三度ノックした。これからこの先で話されることはなんなのか。期待はしていない。ただ荷が増えるだけだなと思うばかりだ。
「富んでいる君らなら察していると思うが」
きた。二人はその言葉に心の中で毒を吐く。あぁやっばり。絶対あの件だ。それが些か顕著に表れていたのか本部長は小首を傾げる。それにいえ、何もと伝えるように柴崎が人の良い笑みをつければ訝しげにしながらも横に置かれる。
「率直に言おう。二日前、警察庁よりノックリストが盗まれた」
ノックリスト。正式名称はNon Official Cover。それを盗まれたと聞かされた二人は想像していたよりも過酷な状況に目を瞠った。
「ノックリストを…!?一体誰が…っ!」
「侵入者の正確な情報は未だ定かではない。だが確実にノックリストを盗まれた形跡がある」
「っ、警察庁にはあそこが掴んでいる世界中の諜報員のリストがあるはずです。それがもし公にでもされたら…っ」
「柴崎、君の推察通りだ。そうなれば世界中の諜報機関が崩壊しかねない。つまり現在の状況は諜報戦争に勃発する要を握られたも同然」
息を飲む音がする。もしもリストが公開されたら、その時は今より事態が深刻化する。諜報員達は逃げ場を失い、最悪は命を狩られ、各国の諜報機関・警察機関・情報機関は混乱に陥る。そうなればこの世界の安全は著しく乏しくなり、安定は損なわれてしまう。
「…我々は何を」
「まずは警察庁側の動きを探れ。あちら側が起こした事態なら血眼になって今回の主犯を追っているはずだ。その際もしも目星い人間だと思われる人物を確認・確定出来次第、多少強引でも構わない」
その時は必ずノックリストを奪い返せ。
「あの任務を確実に遂行させた君等を信頼しての選任だ。この日本最大の情報・諜報機関を背負う気持ちで任務に当たれ」
話は以上だと本部長は言葉を締め括る。次いで事が解決するまでは通常業務にあたる必要はないとも命じ、彼等に早速の任務開始を言い渡した。それには否応を言わせない絶対的な命令が含まれており、烏間と柴崎は直ぐに気持ちを切り替え承諾の返事を告げた。