高嶺の花にチェックメイト 4



警視庁を後にして、柴崎は共に帰路につく面々の中非常に肩身の狭い心地で足並みを揃えていた。小五郎は何やら別件(という名の飲み)があるとかで警視庁を出たところで別れた。



「柴崎さん、そんなにポロっと出しちゃったのが嫌だったの?」

「別に、嫌とかではないんだけど…」

「ないんだけど?」

「……烏間になんの断りもなく言ってしまったのが悔やまれて…」


コナンはそれを聞いた途端、あぁなんだそんなことかと小さく笑う。



「烏間さんは何にも気にしてない感じだよ。ね?」


そうだよね、と問いかけるよう彼は柴崎の隣を歩く烏間に尋ねれば、彼は肯定の意を表すよう軽く首を縦に振った。それから隣を歩く柴崎の方に視線を遣る。



「まだ気にしていたのか?」

「…だって…」

「もう大丈夫ですよっ、柴崎さん!」


どうやら話を耳に入れていたのか、前を歩いていた蘭が振り向いて柴崎に笑いかける。その浮かべられる笑顔といったら、なんとも幸せそうで嬉しそうだ。



「お二人ともすっごくお似合いですし、実際そうなんだって知っても全然不思議に思いません。寧ろやっぱりそうだったんだ〜って思えて、なんだかこっちまで幸せになれましたっ」


本当なら二人の馴れ初めとかも聞きたいくらい。そう笑って話す蘭は、烏間や柴崎にやっぱり女の子だな思わせる。所謂恋バナ。女子の大好物だ。勿論中には苦手とする子も居るだろうが、まぁ大抵はきゃっきゃきゃっきゃと喜んでその話のネタには飛び込んでいくだろう。実際過去に持っていたあのクラスの女子生徒達は恋の話となれば飛び付いていた。



「ちなみに、どちらから告白されたんですか?」

「もう…蘭ちゃんったら好奇心旺盛だね。秘密だよ」

「えぇ〜?秘密なんですか?」

「秘密。ごめんね」


柴崎の隣に駆け寄って色んな話を聞き出そうとする蘭。そんな彼女に柴崎はくすくすと笑って、駄目、内緒と躱していく。それを後ろから眺めていた烏間、コナンはなんだか自分の恋人、又想い人を攫われた感覚を覚えた。そんなことは絶対にないというのに。

空気的にはのどかなものだ。ストーカー事件は無事解決し、こうして柴崎にも安穏な日々が戻ってきた。お陰で彼が浮かべる表情は穏やかだし、聞こえてくる声も柔らかいもの。だから烏間もほっとしたような心持ちを抱いた。その時、前方より非常に大きな声がしてくる。



「やっっと見付けたでーー!!」


瞬間その場にいた全員が肩を上げてそちらへ顔を向ける。声の元が誰だか分かる者も中には居るが、先に彼へ声を掛けるよりも早くその声の主が一直線にある人物の元へ走っていく。



「ちょおほんま大丈夫かいな柴崎さん!!」

「え、え?あの、なんで君が此処に…」

「この工…っちっちゃい小僧から話聞いたんやん!!柴崎さんがストーカー行為に遭って大変やぁって!!それで居てもたってもおられへん思て大阪からこうやって会いに来たんやっ!」


もう大丈夫なんかっ?変なことされてへんか?あ〜もうほんまに柴崎さんは!とまるでお前は柴崎の親かと言わんばかりに心配の言葉と説教の言葉がつらつらつらつら流れ出てくる。



「…ね、ねぇ平次にいちゃん。ちょっと落ち着いたら?みんなビックリしてるし、特に柴崎さんなんて言葉失ってるよ?」

「しゃあないやろ!!オレかてめっちゃビックリしてめっちゃ心配やったんやで!!」


ポカーーンとしている柴崎は現れた彼、服部平次に目をパチクリさせている。まさか大阪在住な彼がこんな東の東京までやって来るなんて誰が想像するだろう。しかし行動力はピカイチや!な平次を侮ってはならない。行くと言えば行く。それが服部平次という男である。

烏間は軽く放心している柴崎の肩を叩き、彼が誰であるかを問う。思えば烏間は平次のことを知らない。柴崎も話していなかった。だからあぁ、そうだったねと彼は改めて平次を烏間に紹介した。



「彼は服部平次くんって言って、ほら、前に俺が大阪出張した時があったでしょ?その時に出会ったんだ」

「…大阪出張…。あぁ、あの時にか」


確かもう二、三ヶ月前になる。彼が突然前日に出張を言い渡され、一泊二日の旅に出たのは。そうか、その時に…。烏間は漸く納得出来たのか二、三度軽く首を縦に振った。すると平次もまた烏間の存在に気付いたのか、この人は誰だろうかというような顔をして彼は烏間を見遣った。それを柴崎は察して、今度は平次に烏間を紹介する。



「こっちは俺の同僚である烏間。もうずっと付き合いが長いんだよ」

「へぇ、あんたが…!ちょびっとだけこの小僧から話聞いとったんやで。めっちゃ頼りになる人やって。あっ、そやそや。オレ服部平次言います。どうぞよろしゅう」

「烏間だ。こちらこそ宜しく頼む」


軽く握手を交わす二人に柴崎はにこにことした笑顔を見せる。片や大阪、片や東京と出身も違えば年も違うが波長的には悪くない様子。自分の知り合いが烏間の知り合いにもなると思うと、大きな理由はないものの嬉しく思うのだ。



「や〜〜なるほどなぁ。そうかそうか!確かにこの人がおったら、あの時柴崎さんナンパになんておうてなかったなぁ」



何気ない言葉。なんてことない一コマ。なのにそれが一瞬にして空気をピタリと止めた。特に、烏間の空気を。途端柴崎がハッとしたような顔色を見せ、それを知ったコナンはまさかこの人烏間さんに話してなかったのか…?的な表情で彼を見上げている。ピンポン、その通り。柴崎はあの時の話を烏間にしていない。だから今こうして柴崎は焦っているし、烏間の空気は冷たい。



「…ナンパ?」

「?おん。なんや二十代前半の男二人に捕まっとってな。肩に手ぇ置かれそうになっとったから、それをオレが助けたんや」


やー、あの時は走ったで。オレの演技も完璧やったしな!と意気揚々話す平次だが、最早その台詞は烏間の耳には入っていない。柴崎はストップ!だの服部くん!だのと彼を止めようとしているが時既に遅し。大凡の内容はちゃんと烏間に伝わってしまった。



「柴崎」

「いやっ、あの…っ、」



後退る柴崎。迫る烏間。



「ナンパをされたなんて話、聞いていないぞ」

「えっと…ほら!そんなに大事になったわけでもないし、ものの十分そこらの出来事で…っ」

「しかも二十代前半?肩に手を置かれただと?」

「ポンって!そんな、こう、ガシッと掴まれたわけでは…っ!」

「いや、結構がっつり行かれてたやろ」


腰に手も回されそうになっとったしな。そんな二度目の爆弾を放つ平次だが、彼に他意はない。ありのまま、見た出来事を話しているだけである。けれどこちらはそうではない。柴崎は「なんでそんなこと今言うの!?」と心なしか半泣きであるし、烏間はといえば事の次第を全てちゃんと聞かない限りは退かないぞと言わんばかりに柴崎を見ている。なんならさっきよりも彼の眉間に刻まれる皺が濃くなっている気もしなくもない。



「〜っ全くお前は…っ!なんでそうあっちこっちと行った先でナンパをされるんだ!」

「そんなこと言われたって俺なんにもしてないし!」

「ただ立っているだけで声を掛けられるのは昔からのことだろうがっ。いい加減対策を練ろ!」

「対策って…、じゃあ烏間は俺にずっと能面で居ろって言うの!?」

「どうして対策がイコールで能面に繋がるんだっ!」

「だって普通の顔して立っていてもこうなんだよ!?他にどんな顔して立っていればいいわけ!能面しかないでしょっ!」

「声を掛けられないように気を張っておけ!」

「そんなずっと気ばっかり張ってたらしんどいよ!」



今、彼等はありえない光景を目にしている。烏間と柴崎の喧嘩、とは言い切れない痴話喧嘩。心配から来る烏間の言葉と、それにじゃあどうしろって言うんだよと返す柴崎の言葉と。普段から落ち着いていて、冷静で、周りとは少し違う理知さを感じて…。なのに今はどうだ。飛び交う言葉は止まらないし、「あ〜心配してるんだな〜」「あ〜愛されてんな〜」と思わせるものばかり。しかし言い合いは言い合いなので、やっぱり大分物珍しい。その証拠に二人をよく知る蘭とコナンはポッカーーンとして彼等を見ているし、平次に至ってはなんで烏間さんあんなに怒っとるんや?とはてなマークを飛ばしている。



「なぁ、工藤」

「………おう」

「なんで烏間さん、あないにお冠なんや?ただの柴崎さんの同僚なんやろ?」


それを聞いて、あぁそうかとコナンは思う。そういえば彼はまだ柴崎の恋人が誰なのかを知らないのだ。前の電話では柴崎に好い人がいることだけは察し付いたようだが、その先にまではまだ行き着けていない。だから平次がどうしてだろう?と疑問に思っても仕方がないことなのだ。コナンは前の二人をちらりと見て、それから平次を見る。



「…前にオメェ、柴崎さんの好い人は誰なんだって言ってただろ」

「?あぁ、そういや言っとったな。……え、」

「そういうこった。今オメェが考え付いた通りだよ」

「……まじか」

「大マジだ」


でなければただの同僚があんなに心配して怒るか?いや怒らない。精々気を付けろよと注意をするくらいだ。平次はこれまた驚いたような顔を見せるが、何故か納得してしまうので不思議な心地を抱く。まだ烏間とは初対面で、柴崎とは今日で二度目の面会となる。しかしそれでもどうしてか彼等二人を似合わないというよりお似合いの恋仲に見えるのだ。



「…不思議フィルター掛かっとるんかな」

「はぁ?」


何を言っているんだという顔で平次を見上げるコナン。不思議フィルターって、なんだそれはという心境だ。しかし見られる平次といえば未だ言い合う烏間と柴崎を見つめていて、だからコナンもそれに倣うよう視線を彼等に向けた。

痴話喧嘩、収まり知らず、まだ続く。そんな誰の心の中か分からぬ場所でまた一句が読まれた。



「大体烏間はいっつもそう言うけど、別に俺は色んな人に良い顔なんてしてないからねっ」

「そんなことは分かっているっ。俺が言いたいのは一人でいる時だけでも良いから空気を固くしておけと言っているんだ!」

「だからつまり仏頂面の能面顔で居ろってことでしょ!俺の普通が駄目で、それで固くしていろなんて言われたそんな方法しか思い付かないよ!」

「だから別に能面で居ろとは言わないが、せめてもう少し周りの目を気にして…っ」


気にして装えと続く筈であった烏間の言葉。しかしそれを途切らせるような柴崎の「あぁもう!」と声が響いた。



「俺は烏間しか見てないんだから他の誰からどう思われていようと関係ないでしょっ!」



刹那、あれほど続いていた言い合いは可笑しいくらいにピタリと止まる。静かになった空気に違和感を感じたのか、将又烏間から何も言われないことを不審に思ったのか、柴崎はん?とした面持ちを持って烏間を見る。すると何故か顔を背けられているので、更に柴崎は首を傾げた。




「烏間?どうしたの?」

「…………無自覚は怖いな」

「は…?…なんのこと?」


一向に柴崎の方を向かない烏間。そんな烏間を見るように彼の顔を追う柴崎。黙られている理由が分からない。背けられている原因も分からない。



「ちょっと、なんで急に黙るの」

「…胸に手を当てて思い出してみたらどうだ」

「思い出す?何を。今の会話を?」

「お前はど天然か」

「……そのど天然にも伝わるようちゃんと教えてくれない?」


ど天然発言に若干ぴくりとさせながら柴崎は烏間からの答えを乞う。するとはぁ…とした大きなため息を吐かれ、ようやっと烏間の顔は柴崎に向けられた。




「………………いや、やはり良い」

「なんで?」


そこまで溜めてっ?教えてくれないのっ?なんでっ?そう烏間に問う柴崎だが、烏間としても先程言われた言葉を再度繰り返すのは恥ずかしい。それならばもういっそ自分の中だけに留めておいて、柴崎には知られないままにしておいた方がマシではないかと思い付いたのだ。気になる柴崎は「ねぇ教えてよ」と烏間の服を引いて尋ねているが、彼は一向に口を割らない。首を横に振り続け、知らない方が幸せだとも伝えている。すると自分はそんな深刻なことを彼に伝えただろうかと少し反省した色を柴崎は見せた。



「…ごめん、烏間。俺そんなに酷いこと言ったのかな…。勢いで思ったままを言ったから、あんまりちゃんと覚えてなくて…」

「もうやめろ。追い討ちをかけてくるな」


勢いで、思ったままを、言ったから。烏間は本当に勘弁して欲しいと言わんばかりに彼の口を手で塞いだ。これ以上は無理だ。此処が自宅なら未だしも外でだなんて耐えられない。烏間は今程自宅を恋しく感じたことはなかった。


それを傍目から見ていた残る三名はというと…。




「……あれは、流石の烏間さんも耐えられないよね」

「…うん。あんなこと恋人から言われたらもうなんにも言えないよ」

「…はぁ〜…柴崎さん、罪作りなお人やな」


やれやれ、なんて相思相愛カップルなのか。どうぞそのままお幸せに。なんて、三人は烏間と柴崎を視界に映しては同じことを思って笑い声を零した。


title:青いくちづけ様


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