全くもって迷惑である。
「良いか。動くなよ。動けばどうなるか分かってんだろうなっ」
震える子供に身を守るように肩を竦める大人達。母親と見られる者は我が子を守るためにか、強く強く、その両腕で抱え込むようにしていた。
「(……不運だなぁ…、)」
ちらり、と視線を上げて周りの状況を伺う。まさかここ日本でこんな目に遭うとは、彼・柴崎は露ほども思わなかった。
「もし下手なことでもしてみろ…。擦り傷程度じゃ済まさねぇ。そのつもりで居ろよ」
向けられるは黒い黒い、一丁の拳銃。それを見せびらかすようにして人へ向ければ、言葉と共に威嚇を表した。
「(…参ったね、全く…)」
そう思えば、彼はこの現状に思わず重い溜息を吐いた。
場所はただの喫茶店。そこに仕事の終わりの気分転換がてら訪れていた柴崎は、一息つく為コーヒーを飲みに来ていた。
「(…資料は送ったし、今日の分は一先ず終えられたかな…)」
かちゃり、とソーサーにカップを置き宙を見遣る。そして背凭れに体を預ければ、窓の外に目を向けた。街行く人波の中には忙しなく歩く者も居れば気怠げそうにする者も居て、酷く様々だ。
「(…まぁ分からなくもないけどね)」
この照りつけるような暑い日差し。一歩外に出てしまえば、それはそれは簡単に干からびてしまいそうな程には暑い。故に涼しさを求めて早歩きになったり、暑さのあまり閉口し、歩く事さえ億劫になっているのであろう。
地球温暖化、地球温暖化と声高に言っているが、文明が発達すればする程それは遠ざかっている気がする。今やエアコンを付けずに室内でいる事は出来ず、しなければ今度は熱中症になってしまう。電力節電と彼方此方で耳にするものの、果たして本当のところは如何なのだろうか。
少し温くなったコーヒー。アイスコーヒーを飲まないのは、烏間から体を冷やすからなるべく控えるようにと言われているからだ。
「…あいつは俺の母親かな」
そんな事を少し呟き、それから小さくくすくすと笑った。すると何処からか声を掛けられる。そちらに顔を向ければ、見知った顔が二つ程あった。
「柴崎さん、こんにちは」
「安室さん…、こんにちは」
「僕もいるよ!」
「ふふ、こんにちは、コナンくん」
声を掛けてきたのは安室とコナン。身長的に何とも凸凹な彼等は、その顔に笑みを浮かべて柴崎の側へやってきた。
「今日はお一人なんですか?」
「はい」
「そうなんですね。…スーツを着ていらっしゃるという事は、今はお仕事帰りとか?」
「えぇ、まぁ。一仕事を終えたので、少し涼みに来ていたんです」
「今日は暑いですからね。熱中症には気をつけて下さい」
「ありがとうございます」
和やかに話す安室と柴崎。そんな2人を交互に見やったコナンはねぇねぇ、と2人に尋ねる。
「2人は知り合い?」
「あぁ、以前少しお世話になってね。その時に」
「コナンくんも彼の知り合いかい?」
「うん。柴崎さんと、あともう1人の烏間さんって人とも知り合いなんだ。安室さん、烏間さんって知ってる?」
「勿論。柴崎さんと初めて会った時にお会いしたからね」
その会話を聞いて思い出されるのはあの時のこと。安室と別れた後、柴崎は烏間から明らさまな嫉妬を受けた。今までそんなものを大っぴらに見たことがなかった彼は、告げられたあの時の言葉に赤面したのだ。…未だ頭から抜けないあの言葉に、柴崎は少し頭を振って気を紛らわせた。
「印象としては、とても彼を大切にしているんだな、っていうところかな。傘を忘れた柴崎さんを迎えに行こうとしていたみたいだからね」
「へぇ…!あ、でもそれは僕も分かるかな。烏間さんと柴崎さんって仲良いし、確か付き合いも長いんだよね?」
「え?あ、あぁ、…うん、そうだね。烏間とは長いよ」
「だからかな。阿吽の呼吸っていうか、息ぴったしだもん」
「ふふ、そう?」
コナンの言葉に少し小さく笑ってそう返す。言われるそれはもう何年も昔から言われてきたことで、一時期はそれが壁になったり線になったりと…少々関係を阻む内の一つとなっていた。だがそれも今や関係がないとなると、伝えられるその言葉は嬉しいものである。
温厚で温和な笑み浮かべる柴崎。そんな彼を目に映す安室。浮かべられるそれは初めて出会ったときに自身へ向けられたものとは些か違ったように見え、何やらチリっとした焼けた感覚を覚えた。
「…阿吽の呼吸ですか。それは少々、羨ましいですね」
「え?」
「いえ、何でもありません。あ、もし良ければ相席しても宜しいですか?」
「どうぞ、構いません」
「ありがとうございます」
「僕も良いの?」
「良いよ」
「ありがとう!」
柴崎が座る前の席に2人は腰を下ろす。安室はアイスコーヒーを、コナンはオレンジジュースをやって来たウェイトレスに注文をした。
「おや、ホットコーヒーですか?暑くありません?」
「そうなんですけど、あまり冷たいものは控えるようにと言われていて」
「?お医者さんに?」
「ううん、烏間に」
「烏間さんかぁ。あ、てことは、もしかして柴崎さん、冷え性とか胃腸が弱いとかある人?」
「へぇ、ご名答。その通りだよ。だからなるべく冷たいものは避けてるんだ」
「なるほどねぇ…」
そこで注文品がやって来て、伝票を置けばウェイトレスは下がっていく。コナンは冷たいそのオレンジジュースを口に含みながら、「柴崎さん、烏間さんに大切にされてんなぁ…」と思ったとか。
「…それでホットコーヒーですか。まぁ確かに、」
「?…っ、え、」
「手はそう温かくありませんね。指先が少し冷えている辺り、末端冷え性かもしれません。こうしてグーパーグーパーって手を動かすだけでも違いますよ」
机にあった手に触れられて、指先を包まれる。烏間以外からそのような事をされる事はない為、思わず柴崎はぴくっ、と肩が上がった。
「柴崎さん?」
「えっ?あ、そうですね、やってみます」
ありがとうございます、と返せば、いえ、と人当たりの良い笑みを向けられる。包まれる手が離れていき、それに少しホッとする。
「(…烏間の、気にし過ぎだと思ってたんだけど…)」
ちら…と前に座る安室に目をやる。そこには涼しげにアイスコーヒーを飲む彼が居て、そっとそこから目を離す。
「(……止めよう。根拠も無いのに疑うなんて、彼に悪いしね)」
そもそも気の移ろいなんてない。そう自身の中で完結付ければ、また一口温くなったコーヒーを飲んだ。
それから少し話をしていれば、何やら表が騒がしい。それに3人揃ってどうしたのだろうかと目をやった。すると大きな音を立てて扉が開き、5名程の団体がやって来た。
「(……驚いた、ヤクザかと思った)」
周りが騒然とする中、柴崎はそう心の中で感想を言い、それは何とも場違いである。だが、しかしまぁ…彼等も彼等で随分と場違いなことだ。
「黙って金目のもんを出せ!…口答えはするな。大人しくしてりゃ悪くはしねぇ」
そう言い放っては拳銃を向け、この場に居る全員を人質に取った。
「…強盗か、将又立て篭りか」
「うん…。でもどっちにしたって、下手な事をして煽るのは先決じゃないよ」
「…のようだね」
前に座る2人はそう小声で話し、辺りを観察している。
「(…こっちもこっちで、動揺の色がまるで見られないね)」
それを指すのは安室とコナン。柴崎はこの状況に於いて、場慣れでもしているのかと尋ねたいくらいには酷く冷静な彼等にそんな事を思った。
「良いか。動くなよ。動けばどうなるか分かってんだろうなっ」
そして彼方は彼方で、多方面に拳銃を負ける厄介な5人組が居て、柴崎はこの現状に大分重い溜息をついた。
「(…はぁ、面倒臭いことに巻き込まれた…)」
とまぁ、この様にして彼、柴崎はものの見事に事件へと巻き込まれたのであった。
今は一塊に集められ、全員が大人しく座り込んでいる。勿論その中には柴崎、安室、コナンも居る。
「柴崎さん、」
「…?…はい」
小声で声を掛けてきたのは安室。彼はそっと柴崎に近寄ればその横に並んだ。
「大丈夫ですか?」
「え?…あぁ、はい。大丈夫です」
「…良かった。安心して下さい。必ず僕が貴方を守ります」
「へ、?」
真っ直ぐと見つめられ、少しそれにポカンとする。…いやまぁ、確かにそれはそれで有難い。そして心強いといえば心強い。…けれど正直これより酷い状況には何度か過去経験済みである為、あまり動揺も混乱もしていないのだ。その上自分は元自衛隊員であったし、ぶっちゃけた話拳銃なんて見慣れている。