「主、何をなさって居られるの?」
「仕事」
「…それは一瀬の坊やのお仕事では?」
「そうなんだけどねぇ。彼がしてくれないから俺に降りかかるんだよ」
「あははっ、グレンちゃんと仕事しないとー。だから志苑が今机に向かわなきゃいけないんだよ?」
「あいつが俺に「疲れてるみたいだからしてあげる」って言うからだ!好きでさせたわけじゃねぇ!」
「なら貴方がなさいな、一瀬の坊や」
「…志苑」
「ふふ、ごめんごめん。良いんだ、紅朱雀。俺がしたくてしてるから」
机に向かい、書類整理をしている志苑。そんな彼の両肩に手を置き後ろから話しかけているのは紅朱雀。これは彼の鬼呪装備に宿る『鬼』だ。
「…しかし主、もう彼此1時間はされているのでは?」
彼の鬼呪装備に宿る鬼、『紅朱雀』は使用者の意思に関係なく自由に具現化をする。つまり出て来たい時に出てくる。しかし使用者である志苑に止められればその命令に従う。…これら全ての事柄は大変稀少なこと。前例にもない。鬼が人間に従い、自由にいつでも具現化し、まるで人間と同じ様にこうして動き話しているなんて。
「あれ、もうそんなに経つ?」
「僕が来てからずーっとしてるよ。そろそろ仕事じゃなくてこっちにも構ってよ〜」
「んー…」
「……っもう!いけません、主っ」
「あ、」
あと少し残る書類を見て渋る志苑を見て、紅朱雀は耐え切れず手に持つ書類を奪う。振り返り見ればぷくっ、と膨れていた。
「…そんなに膨れないで、紅朱雀。もう止めるから」
「…お約束して頂けますか?」
「するよ。…あとこれだけ残ったけど大丈夫?」
グレンの方を向いてそう問いかければ彼は一度首を縦に振る。
「十分過ぎるくらいだ。お陰で負担が減って助かった。お前もそろそろ休め」
「了解」
椅子から立ち上がり伸びをする。腰を回せば鳴った。
「…主」
「あはは…。今のは聞かなかったことにして」
じと、っと見てくるその目から目を逸らしグレンと深夜が腰掛けるソファへと向かう。その後ろを紅朱雀は付いて行き、腰掛けた彼に問う。
「何をお飲みになられます?」
「あれ、淹れてくれるの?」
「勿論。主のためなら」
「はぁ〜、愛されてんなぁ志苑」
「本当だねぇ。僕妬けちゃうなぁ」
「貴方方に私の主は渡さなくってよ」
「「(俺ら/僕ら凄い嫌われてるよな/よね…)」」
何故だろうか…という疑問が浮かぶ。だが実際鬼と人間がこうも和気藹々と連れ合い、しかも鬼が人間にまるで随行している事の方が疑問なのだ。普通ならこうはいかない。油断すれば鬼が食ってくる。
「…なら君のお気に入りしてくれる?」
「え?」
「紅もおいで。一緒に飲もう」
「〜〜っはい!主!」
愛称である『紅』と呼ばれるのは仕事から離れた時。つまり息抜きの時のみ呼んでもらえる呼び名だ。彼女…紅朱雀はそう呼ばれることを大変喜ぶ。現に今も顔を綻ばせている。
「……お前の鬼呪装備に宿る鬼は謎だらけだな」
グレンは紅朱雀の後ろ姿を一瞥してからそう呟く。
「使用者の意思に関係なく自由にいつでも具現化はするわ、戦闘時は鳳凰みてぇな鳥にもなれるわ、人間に従うわ、人みたいに動いて話すわで…。……これもお前の血の影響か?」
「さぁ。俺だって分からない事だらけなんだから知る訳ない」
「紅朱雀は知らないの?」
「…多くを語ってはくれていないよ。どうしてか、渋るんだよね…紅」
俺が自分の血を嫌ってるから気を遣ってるのかな、と笑う彼にグレンも深夜もなんと返せばいいか迷う。彼自身、自分の体に流れる血を好いていない。そのせいで彼は大切なものを多くを失ったからだ。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
淹れてくれたお茶を受け取る。すると少し詰まるような声が聞こえた。
「あの、主…」
「ん?」
「……お仕事はもう終わられたんでしょう?」
「一応ね」
「……、」
「…?……あぁ、」
少し首を捻って頷く。そしてポンポン、と膝を叩いた。
「ほら、おいで」
「!」
それを聞いた紅朱雀は志苑の膝に乗り、ぎゅーっと抱き付いた。
「……おまけに使用者の志苑にベタ惚れだしね」
「本当謎だらけだな…」
ポツリと呟いた2人の言葉を聞いた紅朱雀は顔をそちらに向けた。
「…貴方方、私が主の血に酔って従っているとお思い?」
「え?」
「…なら他に理由でもあるのか?」
グレンがそう聞けば、紅朱雀は頷いた。
「確かに主の血は特別。きっとどの鬼でも従ってしまうわ。触れたら最後。…酔って、そして虜になる」
「「………」」
「私も最初はそう。血に酔って、虜になったわ。…でももう違うわ」
「違う…?」
深夜がそう零せば紅朱雀はそう、と言う。
「…私はこの方自身の虜になったのよ」
血を知り、虜になった。そして霧生 志苑という人間を知り、もっともっと虜になり、今では血よりも上であると言う。
「最初はそうであっても今は違う。血なんて興味なくてよ。あるのはこの方自身。…主そのものよ」
うっとりしたように志苑を見て、その頬に触れる。
「だから貴方の力にならせてくださいな」
「…ありがとう、紅」
「ふふふ、構いませんわ」
そう話すとそのまま志苑に凭れ、笑う紅朱雀。その様を2人は見て、やはり大変稀な鬼だと息を吐いた。そんなグレンと深夜の様子に、志苑は目を閉じた。
詳しいことは知らない。何も。どうして自分の鬼呪装備に宿る鬼・紅朱雀は自由にいつでも具現化出来、己に従い、そしてまるで人のように動き自分以外の人間ともこうして話せるのか。けれど恐らく、この身に流れる赤黒い血のせいだろう。これが普通を普通でなくす。まるで毒のようだ。…やはり好きにはなれない。
「(…この世界は謎だらけだ)」
謎は増えていくのに、答えは生まれない。何一つ。
「お味はお気に召されまして?」
「美味しいよ。ありがとう」
「いいえ」
なのにこの世界は止まってはくれない。
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