冷たい風が吹く。それが頬を撫でて、何もがなかった様に去っていく。
「だーれだ」
閉じていた目に降りかかる日の光を更に遮る様当てられる手。
「…深夜」
「当たりー。よく分かったね」
「分かるよ。こんな事するの深夜くらいだから」
「あれ、グレンはしないの?」
「グレンはもっと強引だよ」
「あははっ、確かにそうかもねぇ」
手を離して隣に来る。瞼を開けば、相変わらず殺風景な世界だ。
「何見てたの?何か興味惹かれるものでもあった?」
「何にもないよ。ただ風に当たってただけさ」
「ふーん…」
前を見つめる志苑を見て、深夜も習う様前を見た。壊廃とした光景。興味を引くものは何もない。崩れた瓦礫に生えた緑。申し訳程度に生きるその草は風に煽られ揺れていた。
「…ふふ、」
「んー?」
「…深夜ってばどこ見てるの?」
「えぇ?どこって…」
あぁ、何処だろう…。今、自分は何を見ていたんだろうか。
「……僕が見てるのは志苑だよ」
「それは今だろ。…さっきまでの話」
「…うーん…。……じゃあ、志苑は今何見てる?」
「俺?」
「うん」
柵に背中を預けて深夜は志苑を見る。互いに視線が合う。
「…深夜を見てるよ」
「そうじゃなくて…」
「違わない。…俺は『深夜』を見てる」
「………」
「『柊深夜』じゃなくて、『深夜』をね」
「っ、」
「…馬鹿だなぁ、」
距離が近付いて、そっと、首元に埋まる。視界に入った綺麗な銀色が風に靡いて揺れた。
「…深夜は深夜だよ。今も、初めて会った時もね。…誰に何言われたか知らないけど、笑うことが辛いなら無理して笑わないで」
「…っ本当、志苑ってなーんでも分かっちゃうんだね…」
「なんでもは分からない。…でも君があんな目で何かを聞いてくるときは分かるよ」
「怖いなぁ。志苑の前じゃ演技出来ないよ」
「演技したいの?したいならして良いけど」
「嫌だね。…君の前ではありのままで居たい」
「ふふ、そう。…それは光栄だ」
気持ちが落ち着いたのか、深夜は顔を上げて離れる。
「志苑も嫌いだっけ」
「あまり好きではないよ。特に目がね」
「あぁ、あの目ね。……ねぇ」
「何?」
「志苑も志苑だよ」
「ん?」
何が?と首を傾げる志苑に小さく笑う。
「血なんて関係ない。その体に流れるものが何であっても、志苑は志苑だ」
「………」
「…だから吸血鬼からも、人間からも、…柊からも、僕が守ってあげるよ」
だから急に居なくなって、僕やグレンを悲しませないで。そう言う彼に志苑は少し沈黙し、そして可笑しそうにくすくす、と笑う。
「随分と贅沢だね。それじゃバチが当たりそうだよ」
「当たらないよ」
「そうかな。……でも大丈夫だよ」
一度景色に目を移してから逸らした。
「それとも、そこまで弱く見える?」
「見えないから心配なんだけどなぁ、僕は」
「あははっ、弱ったな。ならどうしたら良いんだろ」
「だから守られてよ」
「嫌だよ。…こんな世界でお荷物にはなりたくないんでね」
気持ちだけ貰うよ、と言うと彼は足を動かし始めた。
「あれ、志苑何処行くの?」
「執務室。…どう?お茶でも飲む?」
「…それこそ贅沢だねぇ。何淹れてくれるの?あ、2人?」
「他に誰か呼びたいなら呼べばいいさ」
「いやだよ。折角の二人きりなら尚更ね」
「ふふ。…んー、茶葉何があったかなぁ」
「ダージリンが良いなぁ…」
「ならあればそれにしようか」
「賛成〜」
笑顔を見せる深夜。その表情はとても自然で、チラリとそれを見た志苑は少し安心した様に小さく笑った。
prev / next