「志苑さん、動きました」
「え、もう?凄いね。ありがとう、君月くん」
「いえ…。…運転は、どうしましょう」
「…そうだね。俺がしても良いけど、」
すると話の最中にドタンガタンッドタンガタンッと響く音。全員がそちらを向く。目に映った光景に絶句というか唖然というか、折角君月が直した車が瓦礫に追突している。
「…全くあの子は…」
思わず額に手を当てる。そんな彼の側に立っていた君月はもう本当に絶句の顔である。
「お前何やっ…!!うおわ!!!」
「っと、!」
急にバックしてきた車に志苑はすぐに避け、君月はなんとか地面をスライディングして避けた。
「てめぇぶっ殺すぞ!!」
「いや、もう慣れてきた。乗れよ。俺が新宿連れてってやる!」
自信満々な優に君月の額には青筋が立つ。志苑に至ってはどこからその自信が湧いてくるんだろうか…と傍観者だ。
「うぜぇ!!いいからてめぇは降りろ!!」
「あ!何すんだコラ!!」
「煩い!!」
運転席の取り合い。それが少し先で繰り広げられ、志苑はやれやれと困った様に首に手を当てた。そんな彼の側にやってくるのはシノア・三葉・与一。
「あはは」
「ったく…。あいつらは何をやってるんだ」
「志苑さん大丈夫ですか?」
「避けたから平気だよ」
「良かった…。…でも、車を動かすにも免許がないのに運転なんてしても良いんですか?」
「あぁ、問題ないと思うよ」
「え?」
与一は志苑を見上げる。見られる彼は少し周りに目を向け、崩壊した建物を眺めた。
「…こんな世界じゃ誰も咎めやしないさ」
生きることに必死なのに、一体誰がそんなことをわざわざ咎めようか。明日を生きることにも眩暈が起きそうなのに。
「志苑さん、そろそろ…」
「あぁ、そうだね。車も君月くんのお陰で動いたし、そろそろ向かおうか」
「はい。ほら馬鹿やってないで行くぞ。原宿での任務が終わったら直ぐに新宿に来いと言われているんだ。さっさと行かないと…」
「じゃーシノア号に乗ってさっさと新宿へ行きますか〜」
それに3人は?と頭の上に浮かばせる。シノア号?なんだそれは?その疑問が解消される前にシノアは真っ直ぐと鼻歌を歌いながら車へ向かった。
「…志苑さん、知ってますか」
「…いや、初めて聞くかな…」
「シノア号って…一体何なんでしょう…」
取り残される者はそう話し、歩いていったシノアを目で追えば、彼女は車の運転席に腰を落としたところだった。
「皆さん早く乗ってください」
ハンドルを握り、そう言うが…何も始まらない。
「……あれ。前が…えと、……うーんと…」
そこで生まれるのは場違いの笑い。
「「ハハハハハ!!!」」
「お前の身長じゃ無理だろ!」
「シノア背小っちゃ!!」
君月と優の言葉に志苑はあちゃー…と額に手を当てた。女の子に、しかもシノアが気にしている内の1つをこうも大っぴらに言うとは。きっと彼女は…
「あはぁ、なるほど。とりあえず今笑った人は死刑にしましょう」
「「え」」
ほら、怒った。巻き込まれていない3人は聞こえる音に目も耳も背けた。
動く車。静かな車内。前男性2人の顔には傷が。真ん中女性2人は素知らぬ顔で外を。後ろ男性2人は疲れた様に目を合わせ、知られない様にため息を吐いた。
「もう…シノアを身長でからかうのはやめよう」
「…ああ。そうだな」
しんみりとした、しかし真面目な声が前から聞こえた。そこに車の外から音が轟く。
「?なんだ?」
「また《ヨハネの四騎士》か?」
「じゃあ始末するか?」
「…だがあいつら殺しても殺しても際限ないからな。逃げ切れるなら新宿にこのまま…」
「…待て」
三葉が優と君月の会話を止める。
「音がするのは新宿の方からだぞ」
その言葉に車内に緊張が走る。激しい戦火の音がそこまで迫っているのだ。
「皆さん。とりあえず臨戦態勢で。あらゆる状況に対応出来るようにして下さい」
「次の角を曲がったら新宿の防衛壁が見えるはずだ。曲がるぞ」
車が角を曲がる。そこには煙が立ち込め、火が風に煽られ周りを燃やしている。
「あれは…っ、新宿が襲われてる…!!?」
「!!うわっ!!なんだ!?」
君月の視界の先には佇む誰か。優もそれを目に入れた。
「あの服…吸血鬼の…貴族だ!!止まるな君月!!轢け!!」
車内の全員が武器を手に持つ。アクセルが踏まれ突き進む車。そして一斉に車から脱する。途端に先端から崩れる車体。それをしたのは現れた1人の貴族位の吸血鬼。与一は不安定な体勢からその吸血鬼に攻撃を掛ける。
「このっ」
矢は真っ直ぐと吸血鬼へ向かう。だが、
「剣よ、私の血を吸いなさい」
その声と共に剣で与一の放った矢は弾かれる。そして放たれる斬撃波。それが与一に当たる前に彼の体へ巻かれる縄。ふわりと彼の体が浮かび後方へ引っ張られる。そして落ちるは志苑の側だ。彼は直様指示を出す。
「シノア!三葉!」
「「はいっ!」」
武器を構えた2人がその斬撃波を相殺する。しかし手が痺れるようなそれに2人の表情からは焦りが見える。
「…っ!!」
「これは…っ、まずい。皆さん独断で動かないで!!相手は一級武装した吸血鬼です!!今までの相手とは…っ!」
そこまで言いかけ、後ろに感じる気配。シノアの振り向き様と共に彼女の前に現れる君月とシノアを殺そうとした吸血鬼の腕を切り落とした優。
「おっと…。へぇー。人間の割にはやるねぇ。何者なのかな」
切られた部分を平気な顔して押さえる。それに優は目を開く。状況は切迫し、シノアはこちら側を優勢にする為に直様頭を回す。
「(一対一でも直ぐには殺されない。優さん君月さん、そして志苑さんを前衛に、私…みっちゃん…与一さんで援護しながらあの吸血鬼の始末を…)」
しかしそこで現れる新たな吸血鬼が2人。
「くそ…っ、(一気に状況が変わった…)」
「…どうする?また撤退か?」
「逃げれられるならそうしたいですが…、あのレベルが3人もいては無理でしょう。だから戦います。鬼が暴走するかもしれないくらいの、ギリギリの全力で───しかし…それでも恐らく…」
「死者が出る。だがそれが戦場だ。分かっててお前ら来たんだろう?」
「なるほど、そういう展開か。だが絶対に誰も殺させねぇぞ…。その為に俺は力を手に入れたんだから。なぁ、阿朱羅丸」
武器にそれぞれが力を込める。前を見据え、吸血鬼を前に二本の足で構える。しかし目の前に立つこの1人の吸血鬼はぐるりと何かを探す様に顔を動かす。
「…うーん。…ん?…おやおや、見付けた見付けた」
笑い声を含んだそれを発してから優・シノア・君月・三葉・与一の視界から消える。そして後方から聞こえる音。
prev /
next