No title | ナノ


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はて、今は授業中なはず。なのにどうして、廊下にいる自分の耳にまで騒がしい声が聞こえてくるのであろうか。



「……今回は元気な子が多いのかな」


だがまぁ…、そのうちの1人があの子であることは、もう分かっているのだが。声で。




「おいグレン!!てめぇ良い加減俺に鬼呪装備寄越せよ!!俺は吸血鬼共に復讐するためだけに生きてんだぞ!!」


教室に入り、扉に背中を預ける志苑。それに気付いたのは彼に一瞥を投げたグレンと、気付いて直ぐ彼に笑い掛けたシノアくらいだ。



「なのになんでこんなとこでクズ共と一緒に授業なんか…」

「騒ぐな馬鹿。俺が喋る…」


君月が優を押し退けグレンに話しかける。



「何故クラスを放置して10日以上も失踪したのでしょう?もう我々には鬼呪装備契約の為の実力はあると思いますが。一瀬中佐、説明してもらいましょうか」

「へぇ。お前らクズ共に鬼と契約出来るだけの実力があるって?」


発せられたその言葉に黙る君月。けれどその空気を掻き消す声が響く。



「あるに決まってんだろ!!君月のクソにはないとしても俺にはある!!」

「てめぇは黙れよ!!」

「てめぇこそ黙れ!!」


そして起こるクロスパンチ。続く光景は以前にも見たことのある殴る蹴るの喧嘩だ。



「志苑」

「?」

「お前の目からして、あいつらどう思う」

「隣に小百合さん居るんだから彼女に聞けば?俺より正確だと思うけど」

「勿論聞くが、お前の意見も聞かせろ」

「……見せてもらった報告書からしたら、まぁまぁな人材だとは思うけどね」

「…なるほどな。…んで?俺も報告書は読んでるが、実際問題こいつら鬼の誘惑に耐えられると思うか?」

「それこそ小百合さんに聞きなよ」


事実志苑よりも授業を受け持つ小百合の方が詳しい。故に彼等が鬼の誘惑に耐えれるか否かも彼女の方が熟知しているだろう。



「ま、そこはそうか。…どうだ、小百合」

「ん〜。少なくともわたくしが16歳の頃よりあの2人は全然強いですけどね〜」

「他の奴らは?」


そこで小百合は人差し指をピンと立てる。


「意外や意外。鬼に対する心の安定度は圧倒的に早乙女与一くんです」

「ほぉ〜」

「へぇ」


グレンと志苑。2人して彼を見てはそう反応する。確かに、言っちゃ悪いが意外だ。だがもしかすると、元々の穏やかで落ち着いた性格が影響しているのかもしれない。

見られている事に気付いた彼は、どうして視線を向けられているのか分からず困惑の表情を見せている。そしてその内、1人からの視線が誰からのものなのかを知り、名前を呼んだ。



「あ、志苑さん…!」

「こんにちは、与一くん」

「こんにちはっ」


彼はペコッと頭を下げる。



「じゃあーま、めんどいの嫌いだし、ちょっと一回こいつらの能力試してみっか」


そう言うと、グレンは腰に構える鬼呪装備を一度揺らした。それに気付いた小百合は驚きの声を上げる。


「ちょちょ、嘘!?グレン様!?」

「…ありゃ。まさか中佐、攻撃するつもりですか?」


シノアは席を立つ。志苑はこうなったら仕方ないと黙っていた。



「あー、死んだ奴は修練足りてなかった自分を恨め」


鞘から抜いたその刀は真っ直ぐ床へと突き刺される。するとそこから伝わるは重苦しい重圧。まるで地響きのような音を立てたそれは、耐え切れなかった生徒達を床へ伏せさせた。


「があ?なんだこれ」

「し…心臓が、締め付けられ…っ」

「え?え?みんなどうしたのっ?」

「……ん、」

「く……っ」


バタバタと人が倒れていく中、数名がまだ立っている。




「(……全く謎だらけだよね、これってさ)」


己の鬼呪装備に指先で触れ、志苑はそう思う。鬼の住まうこれはどこまで行っても今は謎だらけだ。




「はい終了ー。よーし、じゃ今意識ある奴。見込みがある。このまま訓練続けてきゃ鬼呪装備契約の儀に移れる可能性がある」


刀を鞘に直し、立ち続けることが出来た数名に目をやる。



「後立ってられた奴。お前らは優秀だ。直ぐに俺の剣と志苑の鞭と同ランク───『黒鬼』のシリーズに挑戦させてやる。で、立ってるのはー、優…君月…与一……、……お前は気絶してろよ;;」

「はは」


何食わぬ顔で立っているのはシノア。



「呪符無しで余裕な顔しやがって。流石日本帝鬼軍の当主筋──柊家様ってわけか?可愛げないぞ」

「え〜うそ〜。こんなに可愛いじゃないですかー。志苑さんなんて、私のこと『妹みたいな可愛いシノア』って言ってくれたのにー」

「…………………志苑くん?」

「え、駄目…?事実だからそう言っただけなんだけど…」

「ほらほら中佐ー、志苑さんの今の言葉聞きましたー?『事実』だそうですよ、『事実』!」

「志苑、後で久々2人っきりで話すか」

「何で。大体何を話すわけ?」

「お前の視覚感覚についてだ」

「シノア可愛いと思うけど?可愛くないの?」

「はい決定ー。後でお前は俺とお話ししましょうかねぇ」



グレンの言葉に だからなんで…、と少し面倒臭そうな顔をする志苑。あはははっ、と笑うシノア。場に似合わない会話がそこでは行われた。



「あの、グレン様。無茶苦茶な試験はいつもの事で良いのですが、でも与一くんを『黒鬼』シリーズに挑戦させるのはどうかと思います」

「俺の決定に文句あんのか?」

「文句はないですが…。しかし与一くんは心は安定していても鬼を受け入れられるだけの強さは…」

「はぁ?強さがなきゃ死ぬ。ここはそういう世界だろ。おままごとやってんじゃねぇんだぞ」


小百合の言葉にグレンはそう返す。確かにそうだ。この世界は優しくない。力がなければ生きられないし、強くなくては力があっても宝の持ち腐れになる。どちらも偏らずある事がベスト。天秤が不安定にユラユラしていれば、いつまでも存在する事は出来ない。

小百合の言葉にはシノアも同感なのか、グレンに物申す。



「ですが鬼は弱い人間を嫌います。与一くんはきっと鬼に取り憑かれ…」

「うるせぇなぁ。おい与一。お前吸血鬼に殺された姉貴の復讐したいんだろ?」

「え、あの…」

「なら命、懸けるよな?」

「い…命…?」


戸惑いの色を見せる与一。そんな彼を志苑はただ見ていた。



「それともやめるか?死ぬのが怖きゃ帰って良いぞ」

「………与一、帰れ。ここはお前みたいに優しい奴が居る場所じゃねぇよ」

「……俺も同意見だ。帰った方がいい」

「え、あ……」


優と君月。2人から言われ、与一の脳裏に浮かぶのは過去の出来事。姉を殺された、あの時のことがまざまざと思い出された。

出てきてはいけないと言われ、ただ隠れ震えていただけだった。しかしそれで姉を喪ってしまい、それを今も尚後悔しているのだ。力があれば、強くあれば、姉を守れたのにと。




「っグレン中佐!!僕やります!!もっと強い力が欲しいから!!もう、大切な人を失わないで済むだけの力が欲しいから!!」


心から、腹から声を出し意思を告げる与一。その意思の言葉に耳を傾けていた志苑は 息を吐きながら何もない天井を見た。


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