あの時から世界は変わった。4年前の、あの日、あの瞬間から…。
「これじゃ俺達家畜じゃねぇか!!だからミカ!志苑兄さん!革命起こそうぜ、革命!いつまでも家畜やってられっかよ!!」
「もう優ちゃんはいっつも馬鹿なんだから。ねー、兄さん?」
「ふふ。そこも優の魅力だよ」
「志苑兄さんはそうやって優ちゃんにいつもいつも優しいんだからさー」
「ミカにだって優しくしてるつもりなんだけどなぁ…。優と同じくらい、俺はミカのことも大切で大好きだよ」
「ふふふ、うん、分かってる!僕も兄さんのことだーいすきっ」
「コラァ!俺を置いて話すな!!んでからいっつもってなんだ!!」
これは4年前の記憶。どうしてか、この頃が1番良かった気がしてならないんだ。
「だって力で吸血鬼に勝てるわけないでしょう。頭使うの頭。実は脱走計画があるんだ。だから優ちゃんと志苑兄さんと、百夜孤児院の子供達みんなでこの吸血鬼の世界から逃げよう!」
まだ人間であることを失う前の記憶。ただ自由になりたかった。自由になって、大切な人と暮らす。生きていく。ただそれがしたくて、それが願望だった。
「僕に任せておいてよ!」
けれどこの浅はかな計画で、失いたく者を…全て失った。
「に……逃げて…優ちゃん…。志苑兄さんを、連れて、逃げて…っ」
「い…いやだ…」
「ッ行けよ馬鹿!!早く!!兄さんを、志苑兄さんを守ってくれよ!!」
「ミカ…っ、」
あの時の兄さんの顔を忘れられない。悲しそうな、泣きそうな…。いや、泣いていた…。あの綺麗な瞳に、涙を浮かべていた。
兄さんだって血が足らなくて、体がフラフラなのに…。…なのに…、あの時力なく手を伸ばしてくれて、頬に触れてくれた手の温もりは…とてもとても、温かかったよ。
「う…!!」
「っ! 優…っ!」
兄さんの手を取って、その小さな体で必死に支えて、優ちゃんは泣いて泣いて泣いて…、僕らの大切な兄さんを守って生きてくれた。
「よ…よかった…。優ちゃんと、志苑兄さんだけでも逃げられたら…僕は…」
「どういうことだ!!フェリド様が撃たれてるぞ!!」
「おのれ家畜の分際で貴族に手をかけるとは…殺してやる!!」
「やめなさい」
あぁ、そうだ。この時のこの声が、僕を人でなくしたんだ。
「その人間は私のものです」
「じょ…女王陛下…」
「あ…貴方が何故ここに…」
「あらあら、こんなに美味しそうな匂いの血を大量に流して…。これじゃあもう死ぬわねぇ。……それで?これは一体どういう事かしら?フェリド・バートリー」
死んだと思っていた。けれど今思えばありえない。吸血鬼があんなもので死ぬわけがなかったんだ。
「これはこれは我らが吸血鬼の女王、クルル・ツェペシ。お久しぶり。君はいつも綺麗だねぇ」
「あら、ありがとう。貴方も相変わらずいやらしい顔で笑うわねぇ」
「酷いなぁ。人間に頭を銃で撃たれたばかりなのに。君への愛の力でなんとか笑顔を作ってるんだよ?」
「あは、愛?貴方が愛してるのは私の持つ権力でしょう?」
「ふふ、それも好きだけどね」
「それで?第七位始祖の貴方がたかが人間の子供に撃たれた?冗談でしょ。そんな戯言誰が信じる?」
「でも事実だ」
「いいえ。貴方はワザと逃した。私の飼っていた天使を。そしてとてもとても大切なあの子を。1人は逃げ、1人は死にかけ、…挙句あの子の血を飲んだですって?あは。本当、全然笑えない。この事件に弁解出来ると言うのなら今すぐ…」
「いや〜。弁解すべきは君の方じゃないかなぁ?」
満身創痍でも伝わった。彼女、クルルの空気が変わったのを。
「天使の呪いに触れるのは吸血鬼の世では法に触れる筈。その上澄血は至宝中の至宝。本当なら僕らの元で保護して大切にするべき存在だよ。なのにあの時手元に置かず、逃がせてここに留めていた。…天使と澄血、僕が上位始祖会にこの事を一言言えば…」
「…え?よく聞こえなかった。上位始祖のが何?」
「だから〜、僕がこの件を…」
何かが落ちる音がした。
「あは。よく聞こえなかったんだけど。もう一度言ってくれる?」
「酷いよクルル。くっ付くとは言え、千切られる瞬間は痛いんだよ、腕」
「このまま首も千切ろうか?」
「……それは困るなぁ。よし、負けを認めよう。これ以上この件には踏み込まない」
「……………」
「本当だ。第一君に逆らってここで生きていけるとは僕も思ってないしね」
「…フン、良いだろう。だがもしまたこの件を詮索したら…」
「大丈夫。僕だって命は惜しいからね」
「早く消えろ」
「はいはーい。でもまた来るよ、クルル。僕は君が大好きだからねぇ」
足音が聞こえた。消えかけたあの時の聴力で拾ったんだ。
「ちっ。……人間の状態は?」
「え?あ…はい。呼吸が…止まろうとしています」
「……おい人間。まだ生きたいか?私ならお前に命をやれるぞ。永遠の命を」
永遠の命。
「…………要らない…」
「……。ははは、そうか。命は要らないか。だがお前に選択権はない。私の血を飲み、お前は人間をやめろ」
飲まされる血。呼吸が止まった気がした。…いや、止まったんだ。人間という、呼吸が。
「うわあああああああ!!!」
止まって、そして人が終わり、そして始まったんだ。…吸血鬼としての時間が。
京都 地下
吸血鬼第三都市 サングィネム
『今日、始祖の血を継ぐ貴族の方々に集まってもらったのは他でもない。脅威───。それは東京以北において暴れている《日本帝鬼軍》という名の人間共の組織だ』
大きな広間。そこに集まるのは貴族ばかり。上座にいるのは吸血鬼界の女王、クルルだ。クルルは大勢の吸血鬼の中、静かに訪れたミカを見て小さく笑う。目が会うも、ミカは笑わなかった。
「人間の……組織…」
日本帝鬼軍。
『奴らは我々の同胞を殺し、領土を拡大し、欲望のままに禁忌の呪法に手を出す。情報では再び《終わりの天使》の実験までし、更には至宝の血である澄血をあろうことか欲の為に利用しようとしていると言うではないか!』
ミカは演説の中、階段を降り席に着く。すると前方に座っていたフェリドが気付き、振り向いて彼に手を振った。
『このまま奴らを野放しにしておけば、8年前と同じ大厄災が起きることは間違いない!よって我らは…』
スッ…、と手を出しクルルは演説を止める。そして立ち上がり口を開いた。
「よって我らは《日本帝鬼軍》を殲滅する事に決めた。戦争だ!世界の安定を守るため、そして一刻も早く至宝・澄血を奪い返すため、我々は欲深い人間共を皆殺しにするっ!」
歓声が上がる。その場にいた吸血鬼が皆、賛同したのだ。
「戦争…、…終わりの天使…、…澄血…」
天井を一度見上げる。高いそれは、手が届かない。
「優ちゃん、志苑兄さん、すぐ助けに行くからね…」
だからもう少しだけ我慢して。誰にも利用なんてさせない。
その様子をフェリドは笑って見ていた。
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