コツ、コツ、と響く足音。静かなこの廊下には一際大きくそれが聞こえる。
「昇格の話は無しになったな」
「お前が勝手に蹴ったんだろ」
「別に問題ないだろ。お前は元々地位に興味がないしな」
「まぁね」
話し掛けられた声に足は止まり、側にある柱に目線を寄越した。
「中佐の位置に留めてるだけでも有り難く思えっての。なぁ?」
「少佐から中佐に上がる時のお前は煩くて敵わなかったよ」
周りは根負けしかけたが、なんとか彼を納得させたのだ。話の主旨人物は全く興味がなさそうであったが。
「ふっ。簡単にお前を上にはやらねぇよ」
「…それはそれは、随分な口説き言葉だね」
「口説いてんだよ」
「ふふ、そう」
止めていた足をまた動かす。後ろから彼が付いてくる気配を感じる。
「…なぁ、志苑」
「なに?」
「俺はお前のなんだ」
その言葉に足が止まる。そして半身だけを後ろに向けた。
「その問いにグレンはなんて答えて欲しいのかな」
「良いから答えろ」
急かす彼に一つ息を吐けば、緩く笑って見せた。
「恩人かな」
「……」
「それか、ここに掛かる紐を持っているご主人様とか」
ここ、とは首。そこを指で示し言う彼に、グレンは可笑しそうに笑った。
「つまりお前は俺のもんってことだな」
そう言いながら足を止めた志苑の隣にグレンは歩み寄ればそこで立ち止まる。そして目を志苑に向ける。
「今じゃお前の体に流れるその血は吸血鬼共にも上層部共にも知れ渡った。これがどういう意味か、聡明なお前なら分かるだろう」
「そんなにこの血が欲しいならくれてやるけどね」
「…… 」
「ふふ、冗談だよ。…言いたい事は分かってる。だから心配しないで」
「……なら良い。引き止めて悪かったな」
「別に構わないよ。気にしてないから」
「そうか」
それだけを言うと、グレンは踵を返していく。その姿を少しだけ見て、志苑もその場を去ろうとする。
「あぁ、言い忘れてた」
「?」
「あいつをシノアに監視させている」
「は?」
「この間の事が原因でな。今は第二渋谷高校に通って貰っている」
「……俺の昇格話云々よりそっちの方が主だろ」
「いやー、ついな」
あっけらかんとした声で言われる為、つい溜息が漏れる。
「了解。近々顔を見せに行くよ」
「おー。引っ付かれて離れねぇからって連れて帰ってくんなよ」
「はいはい」
じゃあね。と声をかけ、志苑はやっと足を動かし始めた。その姿をチラリと見てから、グレンもまた歩き出した。
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