あなただからわたしは恋に落ちた
今まで生きてきた世界。
今生きている世界。
目に映る光の加減が違って、とても眩しく見えた。
「ねぇ、ビッチ先生」
「なに?」
昼休み、昼ご飯をE組で食べていたイリーナは近くに座る矢田に話しかけられる。パックの紅茶を飲みながら矢田の方に意識を向けた。
「聞きたい事あるんだけど良い?」
「? 良いわよ。答えられるものならね」
「やった!あのね、ビッチ先生って柴崎先生にいつから惚れてるの?」
「ッゴホッゴホ…っ!」
矢田の突然の直球質問にイリーナは飲んだいた紅茶が気管に入り噎せた。そんな彼女に矢田はごめんごめん!大丈夫?と背中を摩っている。
「先生大丈夫?」
「…なんとかね。……てか、急になんなのよ、それ」
「だって気になっちゃって。きっと皆気になってると思うよ」
「皆?」
「うん、皆!」
ね!と矢田がクラスメイトたちに顔を向ければ、そこにはニヤニヤ〜とした顔をする者が数名。気になるといえば気になる…という様子な者が数名いた。その中でも、殺せんせーのニヤけ顔といったら…群を抜いている。その姿が背を向けて座っているイリーナには見えていないのがまだ救いである。
「っ、そ、そんなのどうだって良いでしょ!」
「えー、聞きたいよー。ビッチ先生!教えてよー!」
「俺も聞きたいから教えてくれよ、ビッチ先生!」
「私も聞きたーい!」
「俺もー」
「もうっなんなのよ!あんた達は!」
少し顔を赤らめ身を引くイリーナ。そんな彼女の肩に乗る手。
「まぁまぁ良いじゃありませんか、イリーナ先生。生徒達がこんなにも聞きたいと言ってるんですから」
「あんたが一番聞きたそうな顔してんのよ!!鏡見て来い!」
ニヤァ…と、肌をピンク色に変えた殺せんせーがそこにいた。彼はもう心の声を抑えきれていない。顔にモロに出ている。
「で!」
「……」
「柴崎先生の、どこら辺の、どこを見て、どう感じて好きになったの?」
「……っ」
「先生って、格好良いし優しいし強いし頭も良いからそりゃ優良物件だぜ」
「…っ」
「たまに天然で、笑いのツボが何気に浅くって、本人無意識な俺らにとっては絶妙なツンデレ具合に、唯一烏間先生には勝てないっていうギャップもあってさ、」
「っ」
「「「「慕われる人No. 1な男性なんですよね〜」」」」
「分かったわよ!!言うわよ!!だからニヤニヤした顔でこっちを見るな!!」
あまりの周りからのニヤニヤ顔にイリーナは耐えられなくなった。そりゃあ、生徒達がそう言うのも分かる。それは彼女自身も感じていたことだからだ。
「……シバサキが誰にでも優しくって、その優しさを自分に向けられるたびにもっと私を見て欲しくなったっていうのは沖縄で話したでしょ」
「うん、聞いたよ」
「あれから2ヶ月経ったのかー…早ェなぁ…」
木村が腕を組んでしみじみと言った。それに関しては周りも同感なのか頷いている。
「…本当にね、優しいのよ、シバサキって」
「……」
「最初はここで仕事をする1人って位にしか見てなかったわ。このタコを殺せば終わる関係だったんだもの。…でも、私がタコの暗殺に失敗した時に…上着を貸してくれたり、慣れない教師なんてしてるから疲れてため息が出たらさりげなく甘いコーヒーをくれたり…」
その時の事を思い出しているのか、イリーナの表情は殺し屋とは思えない程穏やかだ。
「今まで見てきた男って、皆媚びるの。殺されるって知らずにね。仕事上媚びられる事が普通で、逆にそうじゃないと変に違和感を感じたわ。それをね、ポロっとシバサキとお茶をしたときに零したの」
「あ、お茶って柴崎先生が退院して、初めて学校に来たあの日の?」
「えぇ、そうよ」
5月頃に狙撃を受けた柴崎が無事退院し、その事件が起きる前にイリーナとお茶の約束をしていた彼はその約束をちゃんと退院後叶えたのだ。
「「媚びらない人を見ると変に違和感があって落ち着かない時がある」って。…そしたらあいつ、同情をするわけでも慰めをするわけでもなかったわ。…今思えばあの返答はシバサキらしいって思う」
「柴崎先生なんと仰られたんです?」
「…「それでいいんじゃない?」って。そう返してきたわ」
仕事柄違和感あるよな、という下手な共感をするような言葉でもない。今まで辛かったな、という慰めや同情の言葉でもない。良く知る、そんな在り来たりなものではなかったのだ。
「世界が広がったって考えればいい。世の中の男全員が媚びるわけじゃないって。実際男なんてごまんと居て、その中には馬鹿みたいに堅い奴もいれば、馬鹿みたいにコロっと行く奴もいる。今までイリーナの目に映っていた男っていうのは後者だっただけ。…それに、もしかしたら今後の仕事でお堅い人間を相手にする時もあるかもしれない。その時は、そういう人間も居るんだって分かってるから対策しやすいんじゃない?」そう言って、あの時彼は笑った。
「見方を変えたらその違和感っていうのも知識の一つになる」その言葉も彼らしくて今思えばくすり、と笑ってしまう。
生徒達はそうイリーナから語られた話を聞いて、柴崎先生らしい、とその顔に笑顔を浮かべた。
「それを聞いた時にね、この人は人の見方を変える天才だって思った。あんた達もシバサキに何か聞いた時も、ちょっと見方を変えた答えをくれるでしょ?」
「あーくれるなー…」
「そういう見方もあるんだって思うよね」
「…シバサキの言葉だったり、接してくれる態度だったりを聞いて感じるとね…この人の側なら私は普通の女の子になれるって思ったの」