あなたの横顔に世界が恋をする
初めて見たとき、その人はとても涼しい顔をしていた。
けれど、優しく笑う顔を見て、とても安心した。
「柴崎先生!」
「ん?」
初めて会ってから時間がだいぶ経った。先生との距離もあの頃より近付いた。それは皆思っていることだと思う。
「どうかした?潮田くん」
「あ、いえ。その、先生が見えたからつい…」
「ははっ、そっか」
僕はこの人の表情が好きだ。優しく笑う、柔らかい表情が。かと思えば、僕らが危険な目に遭えばその表情は一変する。多分、あれが僕らよりそういう場を潜り抜けてきた人の顔。
「潮田くんは甘いもの好き?」
「甘いものですか?嫌いではないです」
「じゃあ、これ食べれる?」
「…マシュマロ、ですか?」
「そう」
柴崎の持っていた教材の後ろから出てきたのはマシュマロだった。どうして先生がこんなの持ってるんだろう。
「先生が買ったんですか?」
「まさか。貰ったんだよ」
「え、貰った?」
「朝ここに来る途中にね。急に渡されて、返す暇もなく去られたから仕方なく」
「…女の人ですか?」
「ううん。男」
「えぇ!?」
驚くよね。俺も驚いた。なんて笑いながら言う先生。先生、笑えないです。
「甘いものは食べないからどうしようかなって思ってて。捨てるのも悪いし、どうせなら誰かにあげようかなって。そしたら潮田くんにこうして会えてね」
「でも、貰っていいんですか?」
「食べずに捨てられるよりマシだよ。良かったら俺の代わりに食べてあげてくれない?」
「柴崎先生がそういうなら…」
「ありがとう」
手のひらに置かれたマシュマロ。ごめんなさい、名も知らぬ男の人。僕が代わりにいただきます。
「…んー、一個だけもらっていい?」
「へ?あ、はい!今開けますね。…はい、どうぞ」
「ありがとう」
一粒渡すとそれを柴崎先生は食べた。そして、顔を歪めた。
「んー…甘い…」
「無理しなくても…」
「折角くれたから、一つくらいはね。これで俺も食べたって言えるし、気持ちも受け取れたから。…残りはもういらないけど」
口の中甘いなぁ。コーヒー飲もう。と口に手を当てる先生。先生の淹れるコーヒー…。
「潮田くんコーヒー飲める?」
「あ、さ、砂糖があれば…」
「ふふ、じゃあおいで。淹れてあげる」
「え!?」
「でも皆には内緒な」
しー…と口元に人差し指を翳して言う柴崎先生。こんな貴重なことしてもらっていいのだろうか。そんな事を考えていたら教員室に。…あれ、烏間先生いるんじゃ…。
「烏間は今外だよ」
「え?」
「ほら」
教員室の窓から見れば他の生徒の訓練に付き合っていた。あの人もこの人に負けず劣らず仕事熱心だ。
「はい」
「あ、ありがとうございます!」
差し出されたカップを受け取って一口飲む。わ…
「…美味しい…」
「それは良かった」
先生もカップに口を付けて飲んでいた。これを烏間先生やイリーナ先生は毎日…多分毎日飲んでいるのか…。あ、殺せんせーも飲んでるのかな?
「先生は他の先生にもコーヒー淹れるんですか?」
「ん?…んー…うん、そうだね。自然と」
「殺せんせーにも?」
「たまにね。あいつがいると、砂糖が減って減って。何杯入れると思う?」
「うーん…。…3杯?」
「とんでもない。5杯」
「5杯!?」
「もうコーヒーって呼べないんだよ、あれ。カフェオレだね」
5杯は甘い。甘過ぎる。いつか糖尿になる…!…あ、でも殺せんせーだからなんかいけそう。なっても吹き飛ばしそうだ、糖尿病なんて。
「あー!渚が柴崎先生となんかしてる!」
「え?」
「あー、見付かったなぁ」
走り寄って来るのはE組の皆。全員いるわけじゃないけど。
「何してんの?」
「え、えーっと…」
「ん、それ、まさか…っ」
「柴崎先生が淹れたコーヒーなんじゃ…!」
「あー…」
「「「「ズルい!!」」」」
「あ、はは…;; うん、美味しかった」
「いいないいなー!」
「俺も飲みてぇよー」
群がってきた皆に笑っていると、視界の端で烏間先生が柴崎先生に何か話していた。そして、先生が持ったいたカップを取って口を付けてた。
「あ…」
「それ俺飲んでたのに」
「貰った」
「欲しかったら新しく淹れるけど」
「良い。これで十分だ」
「…砂糖いれてあげようか」
「甘いもの嫌いなの知っててか?」
「ふふ、知ってて」
そう言って笑う柴崎先生の横顔は、とても綺麗だった。穏やかで、先生の人柄が出ていて。でも、その表情が出ている時は必ず傍に烏間先生がいる。烏間先生が、あの表情を出させているんだ。
「…綺麗な人だな」
安心して、ホッとして、自然と心が和らぐ。不思議な人だ。でも、そんな先生が僕らは大好きなんだ。
あなたの横顔に世界が恋をする
だから笑ってて下さい。
その笑顔が僕らは好きだから。
title:larme様
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