月にだって手が届く
集団でいると、優しい人とか、穏やかな人とか…つまり温厚な人っていうのは1人か2人はいるもんだ。
E組で行くと、磯貝だ。彼は委員長ということもあってかしっかりしているし、人望も厚い。遊ぶときは遊び、勉強するときは勉強し、暗殺するときは暗殺する。メリハリがあるのだ。
神崎も温厚な部類に入るが、彼女はどちらかというとお淑やかな方の部類に近く感じる。
そして教師で行くと、柴崎だ。色々と次元の違う言動をする殺せんせー、生真面目で仕事人間な烏間、殺し屋で大人の女を醸し出しながらどこか子供っぽいところもあるイリーナ。そんな中に、彼はいる。烏間と並ぶ底知れぬ人だが、それを見せない人柄だ。
「で、その時に…」
「へぇ、そうなんだ。良かったね」
磯貝と柴崎がお昼休みに外の木の下で話していた。校舎に近い木で話しているので校舎内にいる生徒からもその姿は見える。
「はい!あ、あとこの間先生が教えてくれた勉強法なんですけど、してみたら捗りました!」
「あぁ、あれね。少し音がある方が集中出来たでしょ?静か過ぎると、逆に集中力って続かないんだ」
「音がある方が落ち着くなんて不思議ですね…」
「無音の中だと脳は集中出来るって思い込むんだ。でも、少し雑音があるといつもより集中しようって脳が反応するんだ」
「なるほど…。確かにそうかもしれません」
「静か過ぎる図書館にいて逆に集中が出来ないって言うのは、無音効果によるものなんだよ。ほとんど音のしない場所に何十分も居たら気が変になるでしょ?」
「確かになりそうです…!そっか、だから、放課後とかに敢えて残って勉強した方が捗る時があるんですね」
「うん」
その光景を見る見る生徒達。プラス殺せんせー。
「…なんなのかしらね」
「なんなんだろうな…」
「あそこだけ空気が違う…」
「なんつーか…」
「その…」
「「「「癒し…」」」」
彼らの眼には柔らかい表情の柴崎に楽しげに笑う磯貝の姿が。あの2人が並んで話している姿というのはとても和やかだ。
「いやぁ!良いですねぇ、生徒と先生の絆!秋空の下、この穏やかな日差し、良好な天気。うーん、最高ですねぇ」
「とかいって、ものっそいうずうずしてっけどな。殺せんせー」
「大方、あの中に入りたいんでしょ。駄目だよ殺せんせー」
「あの雰囲気潰しちゃ駄目駄目!」
「にゅやァ…入りたい…。…磯貝くんと柴崎先生に挟まれてマイナスイオンを頂きたい…」
「「「「駄目」」」」
「柴崎先生って…」
「?」
「凄く、強くて優しくて…」
「そうかな?」
「はい。それで思ったんですけど、先生にも目標の人っていたんですか?」
それは純粋な質問だった。何かを頑張る人や前を向く人は、何かしらの目標や目的があるように感じたから。それが人や動機であっても。
「目標の人か…。うん、居たよ」
「その人は、どんな人なんですか?」
「…優しい人。子供っぽくて、恥ずかしがり屋。それでいて、厳しくて真面目な人かな」
「…その人のこと、好きだったんですか?」
「どうして?」
「その…、…柴崎先生の顔を見てそう感じて…」
そう磯貝が言うと、柴崎は彼を見てきょとんとした。そして、口に手をあてがい笑う。
「ははっ、そっか。そう見えたか」
「うっ、は、はい…」
「好きかぁ…。…うん、好きだったかな。人としても好きだったし、尊敬してた」
「?」
「だった」とは、どういうことだろう。もう好きではないのだろうか。
「俺の目標の人はね、父さんだよ」
「あ…」
「あの人は本当に優しい人だった。でも怒ると怖いし、厳しい。良いことは良い、悪いことは悪いってちゃんと区別をつける人。当たり前のことだけど、今はその当たり前が曖昧になりつつあるから」
以前聞いた。柴崎先生の父親は早くに病で亡くなり、この世を去ったと。その時も父を尊敬していると言っていた。
「俺が空手を始めたのは父さんの影響なんだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。父さんは空手しかしてなかったけど、強い人でね。よく組手して負けたなぁ」
「せ、先生が負けるんですか?」
「それはもう負けて負けて。だから色々教えてもらったよ。ここはこうしたら良いとか、これはこうの方が良いとかね」
懐かしいなぁと笑う柴崎を磯貝は物珍しそうに見る。負けるなんて想像が付かない。
「俺より強い人なんて沢山いるよ。そのうちの一人が父さんだった。…でも、負けてよかったって思ってる」
「どうしてですか?」
「人は負けてこそ強くなれるからね」
「あ…」
「高いところにずっと立っている人は、下のものが見えない。だから目線は常に上。でも負けを知ると下を見るようになるんだ。自分の至らない所に気付く。気付くから成長出来る」
人っていうのは負けてこそ初めて人間らしくなれるんだよ。と柴崎は磯貝を見て言った。そして空を見上げて、でもまぁ…と口を開く。
「きっと今の俺でも、父さんには勝てないだろうなぁ」
「え!いや、勝てると思いますよ?」
「ふふ、力の事じゃないよ」
「へ?」
「人としての在り方。まだまだあの人には到底及ばないよ」
先生は、もしかするとお父さんにまだ教えてもらいたい事があったのではないだろうか。俺もそうだから。死んだ父さんに、教えてもらいたかった事は沢山ある。でもそれは、柴崎先生も俺も、もう叶わぬものだ。
「及ばないからこそ、支えてもらってるけどね」
「誰にですか?」
「烏間」
「烏間先生、ですか?」
「うん。昔も今も、烏間には助けられっぱなし」
確かに2人は支え支えられている。理想のコンビとも言える。烏間先生も柴崎先生も、周りから見れば十分なのに。
「世の中ね、完璧人間なんて居ないんだよ」
「……」
「どこかに何かしらの綻びがある。綻びがあるからこそ人は生きれるし、立てるんだ。完璧だと何してもそつなく終わるからつまらないでしょ?」
「はい」
「それに、完璧人間なんて人間らしくないしね。苦手や不得意、弱みがあってこそ人間らしいでしょ」
俺もあるよ。苦手も不得意も弱みもね。勿論烏間にも。そう言うと柴崎は木の外へと足を運んだ。
「そろそろ午後が始まるから戻ろうか。話し相手になってくれてありがとう」
「いえ!こちらこそ楽しかったです!」
「なら良かった。さ、行こうか」
「はいっ」
隣に立ち、歩く。
先生は優しい。強い。でも怒ると怖い。真面目で、でも俺たちの目線になって話してくれる。きっとそれは柴崎先生の亡きお父さんから見て学んだ事なのかもしれない。
戦いの上での強さや、普段の博識さを見ると、自分達とはやっぱり違うと感じてしまう。でも、先生は自分にも烏間先生にも綻びがあると言った。それを聞いて、安心した。俺はまだ、俺たちはまだ、柴崎先生や烏間先生に手を伸ばせると。
月にだって手が届く
それ位今は遠くても
いつか貴方達に追い付きたいと思う
title:サンタナインの街角で様
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