それだけの理由 2
「悠馬…っ、柴崎先生が…っ」
「…大丈夫。柴崎先生は、強い。だから、きっと春香を助けてくれる。そう俺に言ってくれたから」
青い顔をして座り込んでしまった母さんのそばにしゃがみ、支える。周りの人も柴崎先生とその男から離れている。大丈夫。先生負けない。学校にいる時も、柴崎先生は俺たちの前に立ってくれる。そして今も、俺の前には頼もしい背中がある。
「っ、来るな!来たらこいつを刺すぞ!」
「刺せるなら刺してみたらいい」
「…っ!」
「そんな震えた手じゃ、ナイフ握るのに一苦労なんじゃない?」
「っうるせぇ!」
「足も震えてる。慣れない事はするもんじゃないよ」
「ッッこのやろ!!」
男が先生にナイフを向けて走った。強い。知ってる。でも…っ、やっぱり…っ。
そこからの柴崎先生は早かった。ナイフを振り上げた男の手に回し蹴りし、落とさせた。痛いのだろう。その男の腕から落ちそうになった春香を抱き留めてくれた。
「っふぇ…っ!」
「お母さんとお兄ちゃんのところに早く行っておいで」
「っうん…っ!…ママぁ!!にーちゃぁ!」
「春香!」
「春香…っ、あぁ、良かった…っ」
無傷だ…!良かった!
「っくそが…ッ!ちょっと強ぇからって調子に乗りやがって…ッ!」
懲りずに向かってきた男の手首を両手で掴むと、捻り回すと投げた。その男は仰向けに倒れこみ、完全にダウン。
「警察です!」
「遅くなりまし…」
「「え…」」
ポカンとする警察の人2人。それに俺は苦笑い。きっと通報した人はナイフを持った男が子供を拉致しようとしてる…とでも言ったんだろう。でも着いて見ればその男は完全に伸びている。柴崎先生の手によって。
「あ、あの…これは…」
「一体何が…。通報では、男がナイフをと聞いていたんですが…」
「そこの若い人が倒したよ」
「え?」
「えぇ。女の子を助けてその男をやっつけてくれたわ!」
「ほ、本当ですか?」
話し掛けられた柴崎先生は警官に背を向けていたため振り向いていた。
「え?…あぁ、警察の方ですか?」
「あ、はい」
「通報があったので、急いで駆けつけたんですが…」
「すみません。捕らえられていたのが受け持つ生徒の家族でしたので、つい。あ、その原因はあそこに…」
苦笑いを浮かべた柴崎先生が指差す方向には、伸びた男。それを見た警官2人はその男を捕らえた。
「ご協力感謝します!」
「いえ。大事にならずに安心しました」
「では、我々は失礼します」
「ご苦労様です」
捕まえた男を連れて、その警官達は去っていった。
「柴崎先生ありがとうございます!」
「柴崎先生、ありがとうございました…っ!」
「いえ。娘さんに怪我はありませんか?」
「この通り無事です!本当に、なんとお礼をしたら良いか…っ」
「気にしないで下さい。当たり前のことをしただけです。怪我がなくて本当に良かった」
柴崎先生は春香の前にしゃがむとその頭に手を置いた。
「もうお母さんから離れちゃ駄目だよ」
「っうん!ありがとうございました!」
「いえいえ」
立ち上がると俺の方を見た。
「磯貝くんもお母さんと弟さんをよく守ってくれたね。ありがとう」
「そんな…!俺は何も…」
「震えるお母さんと、不安な弟さんを支えたのは紛れもなく磯貝くんだ。磯貝くんがいたから2人は取り乱さずに済んだんだよ」
「柴崎先生…」
「よくやったね」
頭に手を置いてポンポンと叩いてくれる。そして母さんに顔を向ける。
「時間も時間です。顔色もあまり良くありませんし、ご自宅まで車で送ります」
「そんな!そこまでして頂くわけには…!」
「こんな状態の方を磯貝くんが居たとしても放っておくのは心配です。遠慮せずに乗ってください」
「…すみません。本当にありがとうございます」
「いえ。近くに車を置いてますので、少し待っていてください。すぐ戻ります」
そう言って走っていく先生を見送る。
「…良い方ね。柴崎先生は」
「うん…。凄く、凄く良い人だよ」
少しして戻ってきた先生の車に乗って送ってもらった。
「今日は本当に、何から何までありがとうございました。なんとお礼を言えば良いか…!ありがとうございます」
「そんな、気にしないで下さい」
「でも…」
「…なら、息子さんや娘さんのために元気でいてあげてください」
「え…?」
「子供はいつまでたっても親にいてほしいものです。生きているだけでも嬉しいですが、元気なら尚嬉しいものです」
「柴崎先生…。…そうですね。この子達のためにも、元気になります!」
「はい。あぁ、でもあまり体に負担はかけずに。それはそれで心配ですので」
「ふふ、はい」
「じゃあ、これで失礼します」
「はい。帰り道の道中お気を付けて」
「ありがとうございます。…じゃあまた学校でね、磯貝くん」
「はい!今日はありがとうございました!」
そう言った俺に先生は笑って帰っていった。
その夜。
「…ねぇ母さん」
「ん?なぁに?」
「…俺、目標の人、出来たよ」
「……」
「その人みたいに優しく、強く、頼られる人になりたい」
「…貴方ならなれるわ。お母さん応援してるわね」
「あぁ。俺、頑張るよ!」
「ふふ。でもあんまり無理しちゃ駄目よ?…その目標の人である柴崎先生に怒られちゃうわよ?」
「あー、それは駄目だ!…って、母さん気付いてたのか!?」
「当たり前よ。悠馬見てたらすぐに分かったわ。…柴崎先生に、近付けたらいいわね」
「…うん」
守ってくれたその背中。絶対的な信頼感を与える言動。優しい心、人柄。間近で見て、思ったんだ。こんな人になりたいって。俺の、初めての目標の人。
それだけの理由
俺にとってそれは
とてもとても大きな理由
title:サンタナインの街角で様
ep:「teacher」
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