図書室は静かで好きだ。本も多くて好きだ。のんびりと過ごせる、一つの場所なのかもしれない。
「…Anyone who has never made a mistake has never trid anything new.」
───失敗したことがない人は、何一つ新しいことに挑戦しなかった人だ。
「…アインシュタインらしい」
かの有名な物理学者、アインシュタインの残した言葉。ドイツ生まれで現代物理学の父と呼ばれたきっかけの「相対性理論」を発表した人だ。
見ていた本を本棚に直す。近くにあった本をたまたま取ればこれまた有名な人のものだ。
「…防衛学校にこんな本あるんだ」
───ウィリアム・シェイクスピア
イングランド王国出身で劇作家であり詩人であったと聞く。
パラパラ…と本棚を背凭れに本を開く。
「(時というものは、それぞれの人間によって、それぞれの速さで走るものだ。…まぁ、真理ついてるかな)」
人はそれぞれ違うのだから速さも違うだろう。遅く歩む人もいれば、早足で歩む人もいる。もしかすると走っている人だっているかもしれない。
「(…俺はどうだろう)」
少し前までは、走っていたかもしれない。
そんな事を本の文字に目を落としながら考えた。
「…柴崎?」
声をかけられ顔を上げればよく知る人物だ。
「あれ、烏間」
烏間も図書室に用があったのだろうか。場所も場所なだけに小声で話す。
「探し物?」
「防衛学、レポート提出があったろ」
「あぁ、あれね」
「その参考資料を探していた」
確かにそんなものがあった。以前読んだ本があった為、貰ったその次の日くらいにそれを参考にして書き終えた筈だ。
「それなら良い本教えようか?」
「あるのか?」
「あるよ。こっち」
本棚から背中を離して持っていた本を直す。この部屋の奥の方。そこには古いが良い本がある。レポートなんかには最適だろう。
「んー…、…あ、これこれ」
色が褪せた本が並ぶ中、1冊の本を柴崎は取り出した。中をパラパラ…と捲り、合っていたのかそれを烏間に手渡す。
「はい。おすすめ」
「…随分古い本だな」
「古いからこそ良いことが載ってる。歴史についてのレポートだったよね。ならこれが良いんじゃないかなって」
そんなに分厚くもなく、かといって薄くもない。適度な分厚さだ。烏間もその本をパラパラ…と捲る。
「…へぇ、詳しいな」
「ね。その本良いでしょ」
確かに古いが中身は良い。詳しいし深い歴史の部分も恙無く載っている。
「よくこんな本見つけたな」
「前ここに3時間いたら色んな本見付けて」
「3時間…っ?」
「え、うん」
なんか変?おかしい?という風に聞いてくる柴崎に烏間は大きなため息が漏れかけた。
「…3時間も良くいれたな」
「時間ってあっという間だよね。気付けばあんな時間なんだからビックリするよ」
その時にここら辺の本をパラパラと軽く速読したそうだ。
「つい読んじゃって。時間も忘れる」
「…読書が好きなんだな」
「うん。時間のある時にしか読めないけどね」
あまりに古い資料や本がある場所だからか、人が来ない。烏間も柴崎もこの静かな空間、空気が好ましかった。近くの窓から漏れる陽の光が足元を照らす。
「普段はそうそう読めないからな」
「忙しくてね」
自由な時間というとはそう取れない。休みの日くらいだ。今だって昼休みの間。午後の訓練までの暫しの時間である。
「読書が好きなら、好きな本でもあるんじゃないのか?」
「あるある。ここにあるかどうか知らないけどね。…でも埋もれてありそうかも」
「有名か?」
「有名…。…うん、有名。烏間も絶対知ってるね」
「有名な…。…芥川」
「あー、惜しい。でも関係はあるかな。芥川とその人は」
「関係?…ああ、なるほどな。太宰治か」
「ふふ、正解」
太宰治と芥川龍之介。太宰治本人は芥川龍之介に相当な思い入れが合ったとかで有名な話だ。敬愛か、なにか。
「中学時代に父さんが貸してくれたのが「人間失格」でね。考えさせられたよ」
「確かに読み手によればあれは色んな受け取り方があるだろうな」
「暗いと取るか取らないか。分かれる本だよ」
「お前はどう取る」
「俺は暗いとは取らないかな」
「…理由は?」
烏間からの問いかけに柴崎は小さく笑う。そしてこう言った。
「…人が向けない意識に向けてしまうなんてすごいと思わない?」
人が持つエゴ。自分の中に潜む悪や弱さ。人はそれらに対し無意識に目をそらす。だがあの作品の中の主人公は常に自分の中のエゴや悪、弱さに目が行く。世間が目を向けないそれに疑問を抱き、苦しむ。その苦しみから逃れるよう堕落していく。その結果、彼は己を「人間失格」だと言った。
「「人間失格」だ、なんて言ってたけど、あまりそうは思えなくて」
「……」
「堕落した結果がそうでも、人が見ないようにするそれに目をやって悩んで、考えるって普通じゃ出来ないからさ。ただ普通の人とは違うだけで、人間失格者じゃないような気がするんだ」
俺の考えだけどね、と付け足し言えば烏間は静かに笑った。
「良い考え方じゃないのか。…そういう考え方は嫌いじゃない」
「ふふっ、そう。…烏間も時間が出来たらまた読んだら?」
「そうしよう」
「時間をおいて読んだら、また見方が変わるかもね」
予鈴のチャイムが鳴る。2人はそれに少しだけ顔を上げれば互いに戻ろうかと良い、静かな図書室を出た。
prev | next
.