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柴崎はあれから3日後に戻って来た。何も、変わった様子なんて見せずに。



「柴崎、大丈夫だったのかよ」

「ああ、何もないよ。大丈夫」

「でも混乱って…」

「実家で色々あって。それ」

「なら、良いけど…」

「心配掛けてごめん」



ここ1週間、柴崎は会って聞かれた人にはこればかり。

「何もない」「大丈夫」「心配掛けてごめん」

…こればかり。


訓練も部活動も終えた訓練生は風呂も夕食も終えた為、自由時間だ。赤井と花岡に話し掛けられている柴崎を見る。



何もないなんて、どこがだ。何が大丈夫だ。そんな無理した笑い、そんな辛そうな顔、そんな無理した体。



「…烏間?」

「来い」

「え、あ、ちょっと…っ」

「お、おいっ烏間!」

「どこ行くんだよ!」


赤井と花岡と話していた柴崎の腕を掴んで歩く。後ろから声がするが無視した。柴崎からも何か言われるが、それよりも大切な事だ。廊下に出て歩く。奥の方まで。



「烏間っ、なに?」

「……」


壁に柴崎をやった。



「…何が何もないだ」

「…っ」

「…何が大丈夫だ。そんな無理した笑顔で、そんな辛そうな顔で、そんな無理した体のどこがだ!」

「無理なんて…っ」

「ならなんで俺の手を振り払わない」

「……っ」

「柴崎なら、振り払えただろ。それをしなかった。…いや、…出来なかったんじゃないのか」


そう言えば、柴崎は少し顔を下げた。


「フラフラで、どうせ寝れていない。だから俺の手も振り払えない。…それのどこが大丈夫だ。実の父親亡くして、お前の事だから家族皆を自分が守らなきゃいけないと思って背負いこんで、泣くのも我慢して…首を絞めてるんじゃないのか」

「…っ、烏間に何が分かるんだよ…っ」



下を向いていた顔が上げられる。初めて見る。こんな顔。



「っ父さんが遺したものを託されたのは俺なんだから、仕方ないだろっ!母さんの前でだって、雄貴の前でだって泣いたら心配させる!もう父さんが居ないんだから、俺が支えないで誰があの2人を支えるんだよっ!父さんが遺したものを俺が背負わないで…っ、一体誰が背負うって言うんだよっ!」



そうやって、お前は我慢してきたんだな。心配をかけると思って泣くのも我慢して、誰の前でも泣かないで、ただ一人で泣いて…。心の声を誰にも言わず、話さず、溜め込んで…飲み込んで。誰にも縋らないで、誰にも頼らないで、そのたった2本の足で父親が遺したものを全て背負おうって言うのか…?




「それなら、俺が全部背負ってやる」

「…ぇ…」



随分前に、柴崎の父親から言われた。こいつの拠り所になってやって欲しいと。誰にも心配掛けないようにする。だから、一人で泣く。そんなこいつを泣かせてやって欲しいと。居なくなった後、代わりに支えてやって欲しいと。

あの時は、「言われたからなろうか」そう思っていた。
だが、時間が経ち、共に過ごす時間が多くなって柴崎を自然とよく知るようになった。案外抜けていて、人が良い。温厚な性格で誰にでも優しい。だが無理はするし、隠すのも上手い。何かと溜め込む上にあまり頼らない。良い面、悪い面をここ数ヶ月見てきた。

夏に海に連れて行った時、一人で泣く姿を見た時。小さく肩を震わして、顔を俯けて、しゃがみこんで泣いた姿を見た時。…あれからだ。あれから少しして、柴崎の父親に言われたから、こいつの「拠り所」になりたいんじゃないんだと思った。優しくて、人の良い…けど無理をしがちで溜め込みやすい。心配を掛けないよう隠して…自分ではない誰かに優しくする。そんな姿を見てきて、自分の意思で柴崎の「拠り所」になりたいと思ったんだ。




「背負い込んで、そんな辛そうな顔を見るくらいなら俺が全部代わりに背負ってやる」

「…なに、言って…」

「その代わり、泣くのは我慢するな」

「…っ」

「…泣いた後は、いつもみたいに笑え」



そう言えば、一粒、また一粒とその目から落ちて行った。…初めてだな。泣く姿を見たことはあってもそれは後ろ姿。こうして面と向かって涙を流す姿を見るのは、初めてだ。嬉しいもんだな…。一つ、拠り所に近付けたか。流れる涙を少し顔を下げて手の甲で隠す柴崎を見て背を向ける。


「…っつ、」

「…人が来ないか見張っといてやる。だから泣きたいだけ泣け」



そう言って背を向けて少し通路の壁の端にやれば、背中から泣き声が聞こえた。それを聞きながら、ただ宙を見た。

今は泣いたら良い。泣きたいだけ泣いて、それからまた笑えば良い。我慢なんてするな。柴崎は一人じゃない。その重いもの、俺がちゃんと背負ってやるから、全部一人で背負い込むな。やっと自分の意思で、お前が凭れられて泣ける、そんな「拠り所」なるって決めたんだから。




「…烏間」

「ん?」


声がして、その声は安定していた。だから振り向いた。柴崎は指で目元を拭っていた。その後、顔を上げた。



「…ありがとう、烏間」

「…良い。やっぱりそれが一番だ」

「それ?」

「その笑顔」

「…!…っふふ、あははっ」

「…なんだ」

「っふふ、ううん…っ、…本当に…ありがとう、烏間」

「…どう致しまして。もう我慢するなよ。せめて俺の前だけでも良いから我慢するな」

「…うん」


よく見る笑みなのに、今の笑みには多くの何かを取り払ったような…。…酷く柴崎らしい、綺麗な笑みだった。こっちの方が、俺は好きだな。柴崎、お前によく似合う。

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