collapse



そして翌日、朝早くから出て防衛学校へ。もうすぐまたあそこでの生活に戻るんだな、と電車の中で考える。そんなことしていたら、きっと4ヶ月なんてあっという間なんだろう。あっという間だから、怖い。父の命はまるで風のように過ぎて行くんだと、思わされてしまいそうで。


電車を降りて少し歩く。見えてきたのは見覚えのある校舎。相変わらず敷地面積のデカイところだ。校舎から目を離して正門を見れば烏間が居た。



「ごめん、待った?」

「いや、待ってない。…行くか」

「行くってどこに」

「まぁ付いて来い」



神奈川から向かったのは千葉。その間、特別な会話はない。たまに話す。それが別に居心地悪いわけじゃない。寧ろ良い方だろう。互い多くを語らないタイプの人間だから。






「…九十九里浜?」

「あぁ」


ザザーン…と海が押し寄せる音がする。人は疎ら。もう8月も終わりになれば海に来る人も本場の夏よりは少ない。




「…ある本で読んだことがある」

「……」

「海はリラックスさせてくれるらしい」

「…え、」

「疲れが取れるだとか、ストレスが取れるだとか書いてたな」



烏間は柴崎を見る。そしてその手を取り波打ち際の少し手前まで行く。手を離し、広く漂う青い海に顔を向ける。




「歩いたり見たりするだけでも効果はあるらしい。本当は遠ければ遠いほど良いらしいが、流石にそこまで行けない。だから、ここを選んだ」

「…昨日の電話、そんな風に感じた?」

「いや。感じなかった」


この言葉に嘘はない。本当にそうは感じなかった。ただ、感じさせていないだけじゃないかと考えた。会ってから感じていたことの一つとして、柴崎はポーカーフェイスが上手い。それは声も。隠すのが本当に上手い。これは前に本人にも言った。その隠しに俺はまだそれが嘘だと確証を持って見極められない。だから、例えそうであってもなくても…心身共にリラックスさせる事は悪くないと思った。




「またあの生活に戻る」

「……」

「そうなればこんな時間もなかなか取れなくなる」

「気使わせた?」


隣から聞こえるその言葉。それに顔にも口にも出さず、心で笑った。柴崎、今お前は無理をしているか。色んなものを我慢しているか。俺にはまだそれもハッキリ分からないんだ。上手く隠すその仮面を剥ぎ取るにはまだ後少し時間が掛かりそうで。でもどうにも不器用だと感じる。自分自身に対して。手の差し出し方も、知っていても難しいだろう。だから俺から敢えて手を差し出す。



「俺が来たかった。それに付き合ってもらっただけだ」


だが、頭の良いお前はきっと気付くだろう。俺がお前を不器用な奴だと思うように、お前が俺を嘘を付くのがあまり得意でない奴だと。柴崎を案外抜けている奴だと言ったように、俺を優しい奴だと言ったよう。それでも…嘘だと分かっていても、それを口にも出さないんだろう。



「…そっか」



こうやって。




「でもありがとう…」

「良いんだ」

「…ありがとう…」

「……」


隣で、酷く…酷く殺している声が波に混じって聞こえた。それに気付いて、一言だけ「飲み物を買ってくると」声を掛ければ、1、2度小さく頷いていた。それを感じてその場を去る。少し離れて、その後ろ姿を振り返って見る。



「…柴崎」



その肩が震えていた。顔は俯いていた。そして、その場にしゃがんだ。思わず駆け寄りかけたその足を止めた。きっと今行けば、止めてしまう。俺が側を離れて一人になったから…、離れたところに一つだけあった自販機に行くには直ぐに戻ってこないと分かっていたから、その肩を今震わせられる。




「……っ」




その涙を拭ってやれるようになりたいと、1人しゃがみ…肩を小さく震わせる背中を見て思った。もう1人で泣かないよう。どうしてそう思うのかは分からない。ただ、数ヶ月で多少分かった柴崎の人柄や力の強さ。その反面、内に隠していた僅かに脆く、だがそれを保とうとする部分を見て思った。



「…いつになるだろうな」


その存在になれるのは。今はまだ先であっても、いつかそうなりたいと思う。だから今だけ、お前が背を向けるなら俺も向けよう。何も見なかったことにして心の奥に隠しておこう。先の未来で、これをどこかで話せれば…その時にはこの話を笑い話に出来るならそれで良い。


海に、柴崎に背を向けて離れたところにあった自販機へと足を向けた。

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