7月。もうすぐ夏季休暇。それが来るまでの暫しの期間である。
柴崎は消灯までの時間に外に出てベンチに座って空を見ていた。昔、父に言われた「死んだら人は星になる。だから、会いたくなったら空を見たらいい」という言葉を思い出す。
…自分は、父が死んだら星を見るのだろうか。空を見上げて、父を思い出すのだろうか。あまりしたくない。あまり、こんなこと思いたくない。
「柴崎」
声を掛けられ、振り向くとそこには
「烏間…」
「どうした。こんな所で」
「烏間こそ、どうしたの?」
「たまたま部屋の窓から外を見たら人影があったからな。柴崎かと思って来てみれば、お前だった」
「そっか」
「で、どうした。わざわざ外に出て」
「星をね、見てたんだ」
「星?」
烏間は空を見上げる。確かに、今日は天気が良いから星がよく見える。
「お前は星が好きなのか?」
「んー…まぁ好きかな。綺麗でしょ」
「まぁな」
「こっち来たら?立ってたら疲れるし」
そう言うと、柴崎はスペースを空けて烏間に座るように言う。そこに腰を落とし、同じように空を見る。
「柴崎はどれがどの星か分かるのか?」
「大体はね。小さくって見えないのは分かんないけど」
「じゃああれは?」
烏間が一つの星を指差す。それを辿ってどれか見付ける。
「…あれは、ベガかな」
「あぁ…聞いたことある。夏の大三角形の一つだったか」
「そうそう。で、あれがデネブであれがアルタイル。ベガは別命織姫星で、アルタイルは別命彦星って言うんだよ」
「織姫星に彦星?…それって七夕の話か?」
烏間は空から目を離して柴崎を見る。その柴崎は空を見たまま口を開く。
「ふふ、うん。その2つの間に天の川が流れる。天気が良ければ見れるけど、雨が降ったら見えない。で、雨が降った年、織姫と彦星は会えないんだって」
「晴れたら会えるのか?」
その問いかけに空から目を離して烏間を見る。
「みたいだね。雨が降ると、天の川が増水しちゃって会えないってさ。なんかの本に載ってた」
「へぇ…」
「あ、でも」
「?」
「雨が降って増水しても、カササギが2人の橋渡しをするって書いてたかな…」
「なら結局会えるのか?」
「どうなんだろう。橋も流されて結局会えないかもな」
そしてまた空を見る。
「…あ、あれ北斗七星だ」
「?…どこ」
「あれ、あそこ」
指を指してほら、と言うと、あぁ、あれか?と烏間も指を指す。
「本当に七つ星がある…」
「ははっ、だから北斗七星って言うんだよ」
「まぁ、そうなんだけどな」
烏間の言葉に笑うと、キラキラと輝く星を見る。冬の方が星は綺麗だが、夏も綺麗だ。
「星って、何億光年も離れてるだろ?」
「あぁ」
「…だから、会うにはちょっと…遠いんだ」
「?」
烏間が柴崎に目を向ければ、彼は少し寂しそうな顔をしていた。そして、隣の彼に聞こえないくらい小さく呟く。
「何億光年も離れてるから、会いに来るなってことなのかな…」
「…柴崎?」
「ん?」
「どうした」
「なにが?」
「…悲しそうだった」
「え…」
烏間の言葉に柴崎は僅かに目を開く。「悲しそうだった」そう言われる顔を、していたと言うのだろうか。
「俺はまだお前と数ヶ月しか一緒にいない」
「……」
「でも、少しくらいの変化なら分かってくる」
そう。この2人はまだ出会って数ヶ月。でも、この数ヶ月はほぼ一緒に居る。逆にいない時の方が少ない。
「…ここ数ヶ月見てきて思ったが、柴崎は結構無理をする」
「そう、かな…?」
「あぁ。で、我慢もする。しかもそれを隠すのがお前は上手い」
「……」
「まだ俺たちは出会ってそんなに時間は経ってないが、一緒に居る時間は誰より長い。…もし、辛くなったら話せ」
「烏間…」
烏間を見れば、彼は柴崎をじっと見て薄く笑っていた。
「…そろそろ戻るか。もうすぐ消灯だ」
「…そうだね。付き合ってくれてありがとう」
「良い。気にするな」
「…あの言葉も、ありがとう」
「…あぁ。俺で良かったら、いつでも相談に乗る。遠慮するな」
「うん」
2人は肩を並べて寮へと戻った。
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