冬の寒い時期。雪がちらほらと舞う。
「…あのさ、なんで母さんがそんなに緊張してるの?」
「だ、だって入試よ?人生初なのよ?」
「そうだけど…、母さんがそこまで固まらなくても…。それに学科試験合格してもまだ二次あるし」
「志貴の事だから難なくパスして来るんだろうけど心配なのよ!」
「しーっ!雄貴起きるだろ?」
玄関で話す2人は、そっと階段を下から見る。上では柴崎の弟である雄貴が寝ているのだ。今は午前7:00。
「じゃあ行くけど、母さんは寝なよ」
「寝れないわよ〜…っ」
「いいから寝て。昨日から俺以上に緊張してまともに寝てない癖に。倒れたらどうするんだよ。父さん心配するよ」
「…分かったわよ。…頑張ってね」
「うん。じゃあ行ってきます」
そう言って家を出た。息を吐けば白くなる。冷たい風が吹き付け、寒い。
「…寒…」
電車を乗り継ぎ、試験会場へ。ぞろぞろと人が集まり、その全員が試験を受けるのかとぼんやりと考える。
指定された教室へ行く。受験番号と座席を確認し、座る。今更慌てても仕方がないとただ静かに座っていた。
「…これより試験を開始する。筆記用具のみ机の上に出し、その他必要無い物は手持ちの鞄にしまう事」
試験監督者の言葉に周りは動き出し物を直し始める。
「…では、これより筆記試験を開始する。問題用紙を配り終え、開始の合図がなるまで手をつけないよう」
配られていく何枚物の問題用紙。5枚ある。英国数理社、それぞれ1枚ずつだ。
「試験時間は90分。…開始!」
一斉に紙をめくり、それぞれの手が動く。柴崎もその一人であった。
「…止め!!」
試験監督のその声に周りは動きを止め息を吐く。一般教養問題だが、いかんせん問題数が多い。スラスラと解かなければ時間内に全ての問題をクリアする事は出来ないだろう。
回収し終わった問題用紙を確認し、学科試験合格者は二次試験がある。それまで結果待ちと言い渡された。
ぞろぞろと立ち上がり教室を出て行く。暗い顔をしている人間もいれば、手応えを感じれた人間もいるようだ。
教室を出た時、足元に何か落ちているのを見付ける。それを手に取ると、どうやら定期だ。これが無ければ帰れないだろう。
「…どうしようか」
その時声が掛かる。
「悪い、ここで何か見なかったか?」
振り返れば1人の男子生徒。恐らく受験生だ。
「もしかしてこれ?」
「…あぁ、それだ。…悪いな、拾ってくれたのか」
「定期だったから困ってるだろうなって心配してたんだ。見つかって良かった」
「助かった。ありがとう」
「いいえ」
どうせお互い電車だ、駅まで一緒なら、と帰る事にした。
「…聞きたいんだが」
「ん?」
「…もしかして、空手の全国優勝3連覇者だったりするのか?」
「あれ、なんで知ってるの?」
「やっぱりか。どこかで見た事があると思った。有名だぞ。名前は、柴崎志貴だったか?」
「そんなに有名になってたんだ…。うん、俺柴崎志貴。君は?」
「烏間惟臣だ」
「烏間か。これもなんかの縁かもしれないし、よろしく」
「あぁ、よろしく。…次は二次か」
「合格してたらね」
そして駅に着き、それぞれ別々の駅で降りた。それから数週間後、互いの家に合格通知が届き、無事その二次も合格した2人は、晴れて防衛大学校への入校の切符を手にしたのだった。
「…あ」
「あ…」
入校式当日、大量にいる入校者の中、2人は駅を降りたところでバッタリと会う。
「へぇ、烏間も合格したんだ」
「そういうお前もな」
久しぶり、とか。元気だった、とかでは無く第一声はそれだった。
「こんな人の中で会うとか凄い確率」
「なかなか無いな。縁があるのかもな」
「ははっ、本当」
長い長い入校式を終え、細々とした説明をされる。明日から、本格的に防衛大学校生となるのだ。
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