frailty



廊下を歩いていて、ツキン…とする痛みに足を止めた。



「…っ、」


こめかみ辺りに触れ、少し押す。静かな痛みが次第に大きくなるのが分かった。



「…っ、…はぁ…」


たまに訪れるこの偏頭痛。酷い時はとりあえず横になるに限ると薬を飲んで休んでいた。



「(……薬…、…あったっけ…)」



…どうだっただろうか。あぁ、考えるのも頭が痛い。

柴崎は一度くっ、と眉を顰めれば閉ざしていた瞼を開けた。差し込む光が、いつもなら何とも思わない光が、今だけは酷く邪魔に見えた。

止まっていた足を動かし、歩みを進める。時折痛むそれに、手に持つファイルが僅かに歪んだ。

















「(…痛い…)」



昼休み、足早に寮へ少し戻って薬を見たが無かった。それに落胆し、戻って来たはいいが痛くて階段の踊り場の壁から動けない。



「(こんなことなら…、早めに医務室へ行けば良かった…)」



いつも近くにいる彼等に心配をかけたくないから…。そんな癖が未だ抜けなくて、やせ我慢をしてはここまで来てしまった。これは完全に自分の落ち度だ。

柴崎は壁に背中を預けて痛む頭に目を閉じる。目に入る光さえも今は痛みの材料で、聞こえてくる他の生徒の声が頭に響き、酷く耳障りだ。




「(……駄目だな…、…もう立ってるのも辛い…)」



これならいっそ気を失った方がどれだけ良い分からない。

一度足に力を入れて体を支えようとする。だがカクン、と膝が笑い、咄嗟に壁へ手を突く。




「ッ、!」



その時、一際ズキンっ、と痛みが響く。それにより壁についた手は力を無くし、ずるりと滑った。体を支える事が儘ならず、そのまま前へと体は倒れ込んでいく。もうどうする事も出来ない。そう思えば、来る痛みを覚悟で目を閉じた。

しかし痛みとは違う、温かな人の温もりを感じ、柴崎はそっと瞼を上げた。




「っ、柴崎、大丈夫か?」

「……烏、間…?」

「あぁ、そうだ」


聞こえるそれはいつもより焦ったような声で、体に感じるこの温もりが烏間のものだと思うと途端に安心感を覚えた。




「……頭が痛むのか…?」


気遣ってか、声のトーンを低くしてくれる。そんな彼の優しさに力ない笑みが浮かんだ。




「……偏頭痛、持ちで…。…あんまり、痛いから…」

「薬を取りに行こうとしたんだな。…それはあったのか?」


その問いに首を浅く横に振る。



「……そうか…」



薬がないとなると、残る頼る場所は医務室。だが、彼を見る限りそこへ辿り着くだけの力はない。痛みのせいで歩くことはおろか、立つ事さえままならない様子だ。そうなると、必然的に烏間が彼を連れて行く選択肢しか残っていない。




「…っ、…はぁ…」



ツキン、ツキン…。止まない痛みに眉を顰める。時折間に重い鈍痛を感じれば、痛みに耐えるように息を詰まらせる。そんな柴崎に気付き、烏間は悩むよりも彼にとって今何が一番かを取った。




「…悪い、柴崎」

「…ぇ、?」


何が、と問う前に体が宙に浮く。…いや、浮くというより…抱き上げられたと言ったほうが正しい。突然ガラリと変わった視界に、柴崎はつい目を白黒させた。




「医務室まで運ぶ。…少しの間だけ我慢してくれ」


そう烏間が彼に告げれば、直ぐに足を動かし始める。それに待ってとも、大丈夫だとも言えぬまま、絶えず襲ってくる痛みに目を閉じ身体を烏間に預けた。

コツン、と胸辺りに当たる何か。それと同時に腕の中の重みが増し、視線をやればこちらに頭を預け、辛そうにしている姿が目に入った。



「っ、 」



烏間は彼を抱く腕に力を込め、足早に、しかし極力揺らさぬよう医務室へ向かった。
















ノックをし、扉を開けて中へ入る。するとその音に気付いたのか、保険医が姿を現した。



「! 一体どうしたんだい?」

「偏頭痛が酷いそうで。ベッドを一つ借りても良いですか?」

「あぁ勿論だ。直ぐに寝かせてあげてくれ」



空いているベッドのカーテンを開けてくれ、そこに柴崎を寝かせた。




「薬は飲んだのかな?」

「それが持ち合わせていなかったようで。…此処にはそういった薬はありませんか?」

「頭痛薬ならある。今持ってこよう」


そう言ってカーテンの向こうへ消えていく。それを見送り、烏間は柴崎に目を向けた。近くの椅子に腰を下ろし、小さな声で話しかける。





「…柴崎、医務室だぞ」

「…っ…、…烏間…」


瞼を開けてそちらへ向ければ、心配気に見てくる彼と目が合った。




「…ありがとう、連れて来てくれて…」

「良いんだ。…まだ痛むか?」


そっと手が伸びてきて、前髪あたりに触れる。その手つきもまた優しくて、自然と心が落ち着いた。




「…少し…」

「…もうすぐ薬が来る。それを飲めば、今よりは少しマシになるだろう」


だから早く、そんな痛みが消えれば良い。消えて、何処かへ行ってしまえば良い。そうすれば、彼が苦しむこともないのだから。




「失礼するよ。…おや、起きたかい?」

「あ…、」


戻ってきた保険医は薬を手に柴崎の近くへやって来る。



「…うん、確かに顔色が良くない。相当痛かったろう…。白湯を用意したから、これでこの薬を飲みなさい。少しはマシになるはずだよ」

「…ありがとうございます」


体を起こそうとシーツに手を突く。しかし少し動けばズキズキと痛む頭に少し顔を歪めてしまう。



「、 」

「手伝う。起きれるか?」

「…ありがとう」


背中に腕を入れて支えてくれる烏間。そんな彼に甘えて、ゆっくりと体を起こした。



「…、…ふふ」

「え、?」

「?」

「いやなに、やはり君達は少し違うと思ってね」


それからはい、と薬を渡される。その後白湯を受け取り、錠剤であるそれを口に含み白湯で喉へと通した。これで少しは楽になれるのかと思うと気持ちもマシになった。



「なんて言うのかな…。んー…」


保険医は少し考えるような振りを見せ、それからあぁそうだ、と穏やかに笑った。



「お互いにかけがえのない存在って感じかな」

「え、」

「、」

「うん。それがぴったりだね。たまに校舎内でも君達を見掛けるんだ」



移動なのか廊下を歩いている時。同期とだろうか、騒ぐ2人組を前に見守るよう歩いている時。手を差し出した1人に、とても自然に水の入ったペットボトルを渡している時。




「どれもこれも、君達の纏う空気は酷く柔らかい。見ていてホッとするくらいにね」

「「……、」」



彼の言葉に2人は少し互いを見る。すると目が合ってしまって、つい烏間も柴崎も逸らしてしまった。




「それに噂じゃ防衛大きっての夫婦だとか」

「「はっ?」」

「あれ、私はそう聞いたんだけどね。違ったかい?」



可笑しいな、たまに耳にするんだけど…。と顎に拳を当てては首を傾げる彼。そして『防衛大きっての夫婦』と称される2人といえば…。




「…別に、烏間とはそんなんじゃありません」

「………柴崎とは、親しい同期なだけです」



内心焦りながらも何とか素面でそう返していた。勿論相手が同じ心境だとは彼等は知らない。そして心の中でこう呟いた。何処のどいつだ、そんな噂流したの、と。



「ふふ、そうかい。でもね、そんな風に言われる程君達は息が合っているという事だよ」


正しく阿吽の呼吸ってやつかな。と少し悪戯な笑みを浮かべならそう言った。




「っと、どうする?もう少し休んでから行くかい?」

「いえ。薬も頂けたので、もう戻ろうと思います」

「まだ無理するな。ノートなら俺が取っておく」

「大丈夫だよ。薬だってそろそろ効いてくるだろうし。ね?」

「……本当に大丈夫なのか?」

「うん。色々とありがとう。助かったよ」

「そんな事は構わない。気にするな」



応酬されるその会話。保険医は視線を烏間から柴崎、柴崎から烏間へと移せば、また小さく笑った。

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