giggle



教官への提出物を届けに行ったその帰りの事だ。




「もう書いたのか?」

「昨日ね。ほら、2時間くらい図書館に俺居たでしょ?その時に」

「相変わらずやる事が早いな」

「って言ってる烏間ももう後最後纏めるだけでしょ?」

「あぁ。そこを書き終えられれば出せる」



廊下で出会った彼、烏間と共に歩きながら柴崎は話していた。



「…で、今回のお勧めの参考文献はどこから選んだんだ?」

「あれ、それ気になる?」

「柴崎は内容の良いものを見付けて来るのが上手いからな。気になる」

「ふふ、そっか。今回はね、」


えっと…、と思い出す彼を烏間は見遣る。2人だけで話しているからか、それとも隣に彼が居るからか、烏間が纏う空気は幾分か柔らかい。




「あ、思い出した。北側開架観覧室Bの211の1のケだ」

「……。…毎回思うが良くそこまで正確に覚えてるな」

「あはは…、ついね…」


柴崎の場合、その本が特に面白かったり興味が持てれば覚えてしまう。それは中身もだが本の場所やタイトルまで。最早これは癖らしく、パパッと見ては記憶してしまうとか。



「図書の管理担当も四苦八苦する書庫の整理、お前なら向きそうだな。……実際どうだ?」

「…まぁ、その、………半分位は、場所も番号も覚えたかな…って…」

「……だと思った」


若干の乾いた笑いが2人から零れた。




「〜〜…〜、」

「〜……〜〜…っ!」



「?」

「…?」


どこから聞こえてきた声に足を止めて耳を澄ませばそれは談話室から。2人は一度見合えばそちらに足を運ぶ。だんだん大きくなる声。ちらり、と談話室を覗く様にして見ればそこには同期たちの姿があった。




「お前それ誰の真似だよ!」

「今流行りのお笑い芸人!」

「あはははっ!全然似てねぇ!」

「の割にはめっちゃ笑ってんじゃん!」


わいわいがやがや。その様は箸が転んでもおかしい年頃そのものだ。



「あ!烏間、柴崎!」

「おっ、お前らもこの笑いの波に誘われたか!」

「いや、別に」

「たまたま聞こえたから覗きに来たんだよ」

「お前ら本当に淡白な!」

「もっとはっちゃけようぜ!」



ほらほらこっち!と手を引かれ、腕を引かれて中に入れられる。




「なぁ、どっちがツボ浅い?」

「ツボ?」

「なんのだ?」

「「「「笑いのツボ!」」」」

「「あぁ…」」


成る程な、と合点。



「気にした事がない」

「だろうな。なんか烏間はそんな感じがした」

「んだ。俺もした!…ってことで、」

「残る1人柴崎!お前はっ?」

「ツボ浅い?深い?」


若干どこか詰め寄るように聞いてくる彼等に一歩引きかける。しかしそんな事は今まで特に考えたことがなく、少々悩む。



「んー…、どうだろう…。気にして考えたことなかったな…」

「まぁそれもなんとなーく分かってたけど、俺は柴崎は浅いと見た」

「え、そう?」

「俺も!柴崎は笑いのツボ浅いと思うんだよなぁ」

「…だそうだが、どうなんだ?」

「って言われても…俺自身自覚がないから…」


分からないな…、と思う。本当に、そんな事を意識したことなんてない。

すると徐に、しかし誰にも気付かれず赤井は頭の上に電球をピコンの浮かべる。




「なぁなぁ柴崎」

「ん?」

「『いやぁ君の英語の発音は素晴らしいね!実にexcellent!!是非留学を考えてみないか!?良いところを教えるよっ!ね!』」

「………」

「「「「…………」」」」


突然の事にその場はしん、と静まる。しかしそれを破る声が起きた。




「……っふ、…ッ、」

「え、」

「や、…柴崎…?」

「っ、っあはは!…っふふ…ッ」


1人笑い出した柴崎。それに周りは「え?なに、どうした?」という顔をする。そして分かった。彼がこうも笑う理由が。



「…あれ、こいつツボってね?」

「いやガチ目にツボってる」


いきなりの事に周りは戸惑うも、いやこれはきっとツボったんだなと分かれば納得する。



「っ、それ…っ、英語の…ッ?」

「そそ!エセ外人こと中山先生!」

「っはは…ッ!赤井、凄い似てる…っ」

「この間お前言われてただろ?『柴崎くん!君の発音は本当にすっばらしいね!普段何を聞いているんだい?え?特に?そんな馬鹿な!洋楽でも聞いているんじゃないのかい?良ければ良い曲僕が教えるよっ!』って」

「…っも、…やめてっ、お腹痛いから…っ、あはははっ」





「「「「……………」」」」


響く押さえ込むような笑い声にまだ笑かそうとする声。それを見て、聞いていたのはそれ以外の者達。



「……なぁ、…あれそんな面白いか?」

「……あんま…言う程でも…」

「てかただのモノマネっていうか…」

「いやまぁ…似てるっちゃ、似てるかもだけどさ…」

「…烏間、お前柴崎助けてやれよ…」

「……あの中に俺が割って入るのか」

「お前にしか出来ねぇよ」

「柴崎を笑いの地獄から救ってやれ」

「じゃねぇと赤井に良いようにされんぞ」


天宮からそう言われ、それは…となる。良いようにされるのは、あまり良い気がしない。



「…はぁ」


一つ息をつき、足を向ける。




「で!…って烏間壁になんなよー!」

「これ以上笑わせてやるな。辛そうだ」


間に入り、柴崎を自分の後ろにやる。すると彼は助かったと言わんばかりに烏間の後ろに隠れた。



「だってこんなに笑ってくれるとは露ほども思わなんだで」

「そんなのは俺もだ。側から見ていたがそう面白いものでもない」

「お前辛辣な!!もっとオブラートに包めよ!!」


丸裸な言葉に赤井はなんて奴だ!と地団駄を踏んだ。しかしそんな事は素知らぬ顔で烏間は後ろを向く。



「…そんなに面白かったのか?」

「っふふ…っ、うん…っ」


思い出し笑いというか、余韻というか…、そんなものがまだ残っているのか柴崎はまだ笑っている。くすくす…っ、と可笑しそうにするその姿を見て、仕方ないなと小さなため息と笑みが浮かんだ。



「あまり笑い過ぎるとしんどいだろう。現に涙まで出てる」

「だって本当に似てたから…」

「ったく…。お前は浅い方なんだな」

「ふふ、みたいだね。初めて知ったよ」


浮かんだ涙を自分で拭おうとする前に烏間がそっと拭う。それをされながら自身が笑いのツボが浅かったことを知り、今度は穏やかな笑みを浮かべた。






「…あそこは年々夫婦感が増すな」

「いやぁ、出来た妻に出来た夫ってか?羨ましいねぇ」

「天宮、お前マジで柴崎が女ならな、とかまだ思ってんだろ」

「あれ見て思わねぇ奴いんのかよ」

「「「「…まぁ…」」」」


あんま居ないかもな…、と謎な心の一致がそこに生まれた。



「てか赤井蚊帳の外な」

「それな。ドンマイ」

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