柔らかい。…いや、それは会った当初から感じていた。
物静か。…これも会って話してより分かったし今もそう変わらない。
「この本俺はおすすめかな」
「…詳しいな。細かいところまで載っている」
「ふふ、辞書みたいだろ。そんなに分厚くないんだけどね」
「これなら持ち運びも楽だな」
「うん。良かった貸すよ」
「良いのか?」
「勿論。はい」
「悪いな」
知っていたが、少し変わった気がする。雰囲気や、距離感や、…とにかく色んなものが。良い方に。
「…なんか、変わったよな」
「あ、山野も思う?」
「あぁ。…なんだろ、……言葉にするの難しいなぁ」
廊下の窓際で本を片手に話す烏間と柴崎を見て、山野と結川はそう話していた。
「柴崎、さらに穏やかになった気がする」
「でも空手部じゃ変わらずだろ?」
「全然変わらないよ。ただ前より空手は強いんじゃないかな、あいつ」
何かが面白かったのか、彼は今小さく笑っている。
「…烏間は、雰囲気が柔らかくなったのかな」
「でも合気道部じゃ変わらずなんだろ?」
「そう。こっちも変わらずだよ。あいつも初めの頃より強くなった」
笑う彼の頭を呆れた笑みを浮かべて、コツリ、と小突いていた。
きっと痛くなんてなかったのだろう。そんな素振りも見せず、未だにくすくすと笑っている。
「あ、両手で頬挟んだ」
「でもあれも軽いだろ。パチンとか音しなかった」
本を脇に挟んで笑う柴崎の頬を両手で挟むように触れた。
「…案外取れないんだな」
「手首掴んで離そうとしてるけど無理そう」
頬にある烏間の手の手首を掴んで離そうとするも、彼は少し面白がって離してくれないようだ。それに柴崎は若干諦めかけたのか、ぽんぽんと時々烏間の手首を叩いている。
「………」
「………」
じっ、…とその光景を見る。
「「……癒される」」
普段から烏間も柴崎もしっかりしていて落ち着いている。大騒ぎ派より控えめ派。だがそれが2人。だから周りは安心出来る。そんな2人の小さな戯れ合い。…あまりの微笑ましさに心底癒されたのだ。
「…俺、あの2人があぁだと凄く安心するんだけど…なんでかな」
「…さぁ。…でも俺もだよ。…理由分かんないけど、凄い安心する」
そしていつしか精神的支柱になりつつあるのだった。
ライフルを手に互いに確認か、聞き合いか…。真面目なあの2人は勿論真面目にこの訓練にも取り組んでいる。
「あいつら真面目だなぁ…」
「お前は見習え、馬鹿」
「川島辛辣〜…」
川島と冴島の視線の先には烏間と柴崎。前にある的と手に持つライフルで何かを話しているようだ。
「あ?お前らなにサボってんだ」
「お、宮野」
「あんまり休憩してると、黒川さんに怒られるぞ」
「まぁまぁ。今俺らはあれを見てんのっ」
「あれ?」
「「あれ」」
2人が指差す方を見る。そして出そうになった言葉を必死で喉元に止めた。
「(っぶな…。…叫びかけた…)」
「あいつら真面目だと思わね?」
「(…これは俺の中で秘密にしとくんだ。柴崎が俺に相談してきて、烏間は俺に「誰にも渡すつもりはない」宣言をしてくれたんだから…)」
「……おーい、宮野ー」
「(…あー…柴崎、あと一歩寄れよ…。そしたらその…なんだ…腕当た……なんで一歩引くんだよ!馬鹿っ!)」
「…何でこいつこんなにあの2人を凝視してんの?」
「わっかんねぇ。烏間と柴崎になんかあんのかな?」
宮野が前方にいる2人を見ては心の中で焦れったい…!押してやろうかな!とか考えている。そしてそんな彼の傍らには、分からん、といった様子の川島と冴島が首を傾げている。
「(…後二歩……あっ、一歩近寄った!烏間、お前も後一歩柴崎に寄ってやっ……良くやった!烏間!)」
「射撃の事なら柴崎に聞くのが一番だもんな」
「射撃率ならこの団トップクラスだ。最初の頃のあの演習。凄かったんだからな」
「(…って、お前ら何に腕当たって一瞬距離開けたんだよ!近さを今更ながらに意識するな…!……って、ん?……いや、……あれは…………そうか。…手が当たったんだな…。…まだ手は早いぞ。手は、まだ早い)」
説明と照準の事で視線は前のまま互いに一歩横に寄った。すると手がコツンッ、と当たって初めて互いに距離の近さに気付いて思わず少し離れたのだ。
「烏間はナイフだな」
「動きに無駄がないから、最小限の振りでダメージ与えられるからなぁ」
「(……柴崎、謝ってからの目線逸らして軽く下向くのは反則技だぞ誰に教わった。……烏間、目逸らすな。顔逸らすな。今見ないでいつ見るんだよっ!)」
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