ある日の休日、その部屋の主達は休日にも関わらずその手と頭は動いていた。
「…で、その時に…」
「…あ、ここでこれ使うんだ」
「あぁ。それで最高点の高さが出る」
「なるほどね…」
昼の暖かな日差しが窓から差し込む中、一つのテーブル机に参考書とノートを開き烏間と柴崎は勉強していた。どの科目も問題はないがその中でも柴崎は物理が、烏間は漢文が他よりも僅かに不得意だ。
「そこは比況形で、」
「…あぁ、これか」
「そうそう」
「で、こっちが比較か…」
烏間は柴崎に物理を、柴崎は烏間に漢文を。互いに教え方が上手いためすぐに飲み込む。
「…?…烏間これは?」
「ん?…それはここの部分でこう言ってるから、重力による位置エネルギーの減少分は……こう」
「……あ。で、物体の運動エネルギーがこれと等しくなるからこの関係式が成り立つんだ。あー、はいはい」
「柴崎は頭が柔らかいから最初さえ分かれば早いな」
「烏間の教え方が上手いんだよ。分かりやすいからさ」
「そうでもない。お前も上手い。よく分かる」
やり始めて1時間半。2人は手からペンを離した。互いに机の上にあったカップを取り一口飲むと息をつく。
「…はぁ、頭疲れた」
「…1時間半か。早いな、時間が過ぎるのは」
「そんなしてた?」
「時計」
言われてチラリと見れば確かに。
「休みの日なんだけどなぁ…」
「まぁな。…だが休みだからこそ出来る」
「普通の日はそんなに時間ないし」
「夜くらいだからな。時間があるのは」
烏間も柴崎も互いのベッドに背を預ける。ゆっくりと時間が流れる。
「毎日バタバタだもんね」
「防衛生なんてそんなもんだろ。他より忙しい。もう一年経つから慣れたがな」
「一年か…。早いな…」
カップに口を付け一口飲む。温かいそれは飲めばホッとする。
「烏間と会ってもう一年になるんだね」
「…そうだな。もう一年だ」
「去年はバタついてたな…。…烏間にも色々迷惑かけちゃった」
「柴崎、言っただろ。迷惑なんてかけられた覚えはないと」
「ふふっ、…そうだった」
カップの中がゆらゆらと揺らめく。別に揺らしているわけでもない。自然と少しだけ揺れるのだ。きっと息をしているから、その振動だ。
「ありがとう、かな」
「…正解」
静かな部屋に小さな笑い声が響く。片方だけのものではなく両方の。
「なんかもう勉強よくなってきた」
「珍しいこともあるもんだ。お前からそんな言葉が出てくるとは」
「別に俺ガリ勉じゃないよ?」
「知ってる。だが努力型だ」
「普通じゃない?烏間だって同じようなもんだよ?」
「そうか?」
「だって勉強する時大体一緒にしてるでしょ」
「…そう言われてみればそうだな」
「ほらー」
「慣れてしまって忘れていた」
烏間はカップを机に置くと参考書を閉じる。
「あれ、もう終わり?」
「もう良いんじゃなかったのか?」
「うん、もう良い。…はい、勉強終わり」
柴崎もまたカップを机に置くと参考書を閉じた。そして机に腕を置いて伏せる。
「はぁ、来週試合…」
「言ってたな。出されるとかで」
「勝つ気満々だよ?鈴木さん。「これ勝てば次は準決勝。それが勝てれば決勝。今季も関東優勝狙え」って」
「その内次は全国狙えって言ってくるんじゃないのか?」
「もう言ってるよ。だから次もその次も回し蹴りで伸ばしてこいだってさ」
「目に浮かぶ」
「鈴木さんが?」
「それを言われた柴崎がため息つく姿が」
「…見てたの?」
「見てない」
「絶対見てただろ。なんで分かったの?」
「してそうだなと思った」
「御名答。ついたよ、ため息」
「ほらな」
柴崎は頭を上げて前に座る烏間を見る。そんな彼も前に座る柴崎を見る。
「そんな気がした」
「つきたくもなるよ。あっついんだもん、鈴木さん」
「性格がか?」
「性格も。なんか全体的に暑い」
「はは…っ、なら熱気が凄いんだろうな」
「室内温度上げてるのあの人じゃないかな…」
嘘ではなく本心であろう表情で言った柴崎に烏間は一つ笑いを零した。それから暫く話し、カップの中身が互いにないことに気付き給湯室へと向かった。その間も、他愛ない話をしながら。
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