ゆっくりとスコープから顔を離し、上体を上げる。そして一つ息をつく。
「…はぁ、」
その表情からは何が読み取れるか。だだ冷静で、酷く沈着で、動揺も自信も見えない。ただこの結果を受け入れている。そう見えるのだ。良くも悪くも、動かぬこの現状を平静に。
「…柴崎、お前…」
「…? どうしました?」
「…息、してた?」
「え、してましたけど…」
なんて奴だ。その張り詰める集中力が切れた途端に彼の纏う雰囲気が再び見える。温厚で優しげに見えるこの男は一度スコープを覗けばその目は鋭い。己の力の底を見せない、見せ付けない。過信しないその心。慢心せず向上しようと、向けられる目から伝わるのだ。
「……魂消た。こりゃ、団長も度肝を抜かれたな」
革手袋を取り、ライフルを手に取る柴崎を見て川島はそう呟いた。
騒ついた。大きくではない。酷く静かに。誰もが目を離せないのだ。
「…団長」
「…逸材やもしれん。…いや、だが」
黒川は手元の射撃・狙撃成績に目を落とす。
「…これは天才型の逸材じゃない。努力型の逸材だ」
徐々に右肩上がりになる射撃・狙撃成績。中間あたりに来ればトップクラスの成績になっている。
「今後が楽しみだなぁ…。柴崎よ」
「はは…っ、マジかよ…」
「10発中10発命中…」
「………」
あの舞う紙、右端や左端に当たったわけではない。
「…ど真ん中…」
寸分の狂いなどなく。記録上、8枚命中が最高記録。烏間の4枚命中も上々の成績なのだ。十分狙撃の腕はあると言える。だがその上を柴崎は行ったのだ。
「…流石だな」
烏間の口元には笑みが浮かんでいた。きっとあいつは今頃この結果にどうのこうのと反応してないだろう。
「末恐ろしい奴だ、全く」
隠しているわけじゃない。見せる時に見せるだけ。持ち腐れにしているわけでもない。必要な時に備えやれるよう訓練は怠っていないのだから。ただその努力は誰にも見せない。たまたま以前射撃場から出てきた柴崎を見て驚いたのだ。まさか自主的にしているとはと。その時に聞けば別に自慢をしたいからしているわけじゃない。今後のためにしているだけだと笑っていた。
「団長ー!黒川団長ー!」
「川島さん、腕、痛いです…っ」
「我慢!団長ー!戻りましたよ!」
「川島!戻ったか!」
川島に腕を取られ共に走らされる柴崎。
「柴崎っ!」
「え、あ、はい」
「良くぞこの第一空挺団に入隊してくれた!歓迎する!」
「…?…俺歓迎されてなかったんですか?」
「え?」
「ん?」
「え?」
柴崎の肩に手を置きそう言った黒川。そんな黒川に柴崎は歓迎されていなかったのかと聞けば、側にいた川島と尋ねられた黒川は固まる。それを見て柴崎もあれ?となる。入隊の当日、この黒川は新入隊員全員に向けて「入隊歓迎する!」と言ったのだ。
「…あ、の…変なこと、言いましたか…?」
「…柴崎、お前天然か?」
「え、え?」
「…なんだろうな。父のような気持ちになったぞ、俺は」
「あ、団長も?俺兄の気持ちです」
「……?」
益々分からない。なんの話をしているんだ。首を傾げていると後ろから笑い声が。
「ははっ、団長!川島さん!柴崎ってそんなんすよ!」
「無自覚、無意識!無の二拍子男です。な、烏間」
「そうだな。そこは否定出来ない」
「花岡、赤井、烏間…」
「ん?そうなのか?」
「言われてみれば、ポイな…」
花岡と赤井が笑いながら、烏間は赤井から聞かれ頷く。3人に柴崎は振り向く。黒川はへぇ、そうなのか…と頷き見て、川島は納得する部分を感じるのか腕を組んで柴崎を見る。その視線がなんだか嫌で思わず側にいた烏間の元に逃げる。
「あ、烏間に逃げた」
「柴崎ー、お前可愛いな」
「男に可愛いなんて言わないでください…」
「空挺団の癒しになりそうだな」
「防衛生内じゃもう柴崎って癒し担当じゃねぇの?」
「え、なにそれ」
「あれ、知らね?…まぁ知らない方がいいこともあるしな」
「…烏間、知ってる?」
「………さぁ」
「……その沈黙が怪しいよ。逆に」
同期4人で話す柴崎を黒川と川島は見る。
「…ああ見てると、他と変わらないんですけどね。でもスコープを覗けばコロッと変わりますよ」
「烏間も底知れぬ男だが、柴崎も負けず劣らず底知れぬ男だな。これからが楽しみだなぁ、川島」
「ですね」
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