awake 2



烏間は少し腰を上げ、柴崎の肩に手をやって顔を見て少しだけ見る。


「……」

「…っ、だから、見ないでって言った…っ」


目をそらしてそう言う。そう。彼の目には、僅かだが薄く涙があったのだ。それを見て烏間はそんな彼に小さく笑い、腰を下ろして言う。


「…我慢するなよ」

「…っ」

「俺の前でするなって言ったろ。…ここには俺しかいないし、気にしなくていい。……言いたいことがあるなら言ったって構わない。もう良いんだ」


その言葉が引き金になり、ポツリと柴崎は顔を逸らしたまま言葉を落とす。



「本当は…」

「あぁ」

「…っ、本当は、もっと父さんに生きてて欲しかった…」

「……」

「もっと、色んな事…教えてもらいたかった…っ。…もっと、側に居たかった…っ」


ぽたり…、静かに一粒だけ、誰にも掬われる事なく落ちて布団に溶けていった。


「…早い…、早いよ…っ。まだ何も、返してないのに…っ。なのに…、もう二度と父さんには会えない…っ」

「…っ」


烏間は柴崎が口元に置く手の手首を取ると体をこちらに向かせて抱き締めた。それに驚き涙も一度止まってしまう。



「…今、言っておけ」

「…烏間…」

「今なら俺しかいない。俺しか聞いていない。他に見てる奴もいない。…だから今言いたいだけ言ったらいい。…言ったろ、背負うって。あれはお前が背負うものだけじゃない。…柴崎の事もだ」

「……っ、いいよ、俺の事は…っ」

「……」

「…これ以上されたら…弱くなる…っ、」

「ならない」

「…っ」

「お前はならない。だが弱い部分があったって不思議じゃない。…その弱い部分を出すだけだ」

「…っふ、…っつ…」

「…柴崎、お前は一人じゃない。お前の家族もいれば、他の防衛生、それから赤井、花岡、俺もいる。今まで良く頑張ったな…。…これからはもっと周りを頼れ。俺に遠慮なんてするな」


駄目だなって思う。途端に涙脆くなって、本当に困るんだ。でも流れてくるこれを止める方法が分からない。それと同時にどうにも安心する。言葉も然り、この側も然り。

抱き締める事は良くあった。でも、抱き締められる事は少なかった。遠い遠い、小さな頃を思い出す。まだ小さかった俺を抱き締めてくれる母と父を。あの時も、こんな風に優しく抱き締めてくれた。

懐かしい。もう父からそれをしてもらう事は叶わないけれど、叶わないからこそ…もう何年も前のその記憶がとても大切なんだ。



「ありがとう…っ、烏間…っ」

「…良い」






あの後、医師がやって来て柴崎を見て優しく笑った。良かったね、と。それは何に対しての良かったのか、今の柴崎には分からなかった。目が覚めて良かったのか、この程度で済んで良かったのか、…泣けて良かった、なのか。




「あまり無理するな」

「もう大丈夫だよ。烏間は心配性だな」

「……」

「……」


夕食の前に風呂を済ませた柴崎。体もスッキリすれば心もスッキリした彼は前よりも柔らかい雰囲気になっていた。そして今は夕食時。心配する烏間の隣に柴崎が。そんな2人の前には赤井と花岡がいた。



「…柴崎」

「ん?」

「大丈夫なのか?朝も昼も居なかったけどさ…」

「ああ、うん。もう平気。ありがとう」

「えっ、あ、いや!いいけどさ!」


あれ、いつもなら、「ああ、うん。もう平気。ごめんね、ありがとう」じゃないの?と赤井と花岡は思う。



「烏間ちゃんと朝と昼食べた?」

「食べた」

「良かった。食べてないのかと思った」

「抜いたら抜いたでお前が逆に心配するだろ」

「当たり前。食事は大切なんだからな」

「そう言うなら、もう少し食べないとな」

「…もう入らないんだけど…」

「今日は良いが、明日からはちゃんと食べろよ。ただでさえ食が細い」

「分かってるよ」

「…あんさ」

「なに?」

「なんだ」


赤井が箸を持ったまま聞く。それに烏間、柴崎は話を中断してそちらを見る。すると花岡もこちらを凝視している。



「…お前らさ、なんか変わった?」

「え…」

「……」

「いや、何がと言われれば難しいんだけど…。なんだろな…烏間はさらに甲斐甲斐しくなったような…」

「それは俺も思った。んで、柴崎はさらに空気が柔らかくなったような気がする…」

「「……」」


その言葉に烏間と柴崎は合わせたわけでもないのに互いにチラリと見る。それが可笑しかったのか、それとも互いに自分自身が変わった事への自覚があった事を当てられたからなのか、2人は小さく笑いを零した。



「…っふふ、」

「くっ…」

「なんなんだよ!」

「何で笑うんだよ!何が面白い!?」

「っ、ううん、何も面白くないよ…っ」

「…っそうだな…っ」

「ならそろそろ笑うなよ!なんだ!」

「俺ら変なこと言った!?」


なんだなんだ!なんなんだ!と頭を悩ます2人に、笑う2人はあぁ、可笑しいなと心の中で思うのだった。

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