「…父親からの温かさだったり愛情だったりはあげられない。それは父親だからこそ与えられるものだろうから。…でも、」
俯いた雄貴の頬に手を当てたその顔を上げさせて目を合わせる。
「兄としての温もりだったり、愛情だったりはあげられると思ってる」
「っ!」
その言葉に雄貴は目を開く。
「父さんに負けるかもしれない。けど、周りに負けないくらいは雄貴を想ってあげられる」
「っ、にーちゃ…っ」
「だからいっぱい甘えて、いっぱい我儘言って、いっぱい抱きついてきて良いんだよ。甘えてきたら雄貴がもう良いよって言うまで甘やかしてあげる。我儘言ってきたら、俺が出来そうなものは叶えてあげる。…抱きついて来たら、」
腕を軽く引いて、腕の中に収まるその体を包む。
「…こうやっていつでも抱き締めてあげる」
「っ、うっ、」
「周りになんて負けないくらい、雄貴の事は俺も母さんも、勿論亡くなった父さんも愛してるし、これからだって愛してあげる。父さんと母さんの息子で、俺のたった一人の弟。…大切で大事で、……なのに雄貴が居ないって聞いた時は、……心臓止まったよ…」
震える声で話される母の言葉に耳を傾けながらも心は焦った。それでも冷静にならないといけない。そう自分を律した。
話す2人とそれを見守る3人が居る中、足音が聞こえる。気付いた花岡はその足音の主に手を振る。
「こっちですっ」
「……っはぁ、っはぁ!…っ雄貴はっ?」
「あそこに。…今は柴崎と話しています」
「はぁ、はぁ…っ、」
息が乱れて苦しい。悴む頬や手。香織は烏間が目を向けた方を見た。そして雄貴の姿を目に入れ、止まっていた涙が零れた。
「っうう、…っ雄貴…っ、よかっ、良かったぁ…っ」
足が震えて、蹲ってしまう。早く駆け寄ってその体を抱き締めてやりたいのに。
香織の存在に気付いた柴崎は後ろを振り向く。そして蹲り、顔を隠して肩を震わす姿を見た。それを目に入れてから雄貴を見る。
「雄貴は愛されてるよ。…じゃないと、こんなに俺も母さんも必死になって探さないよ」
「っふ、ぅぅっ、うぅ…っ」
再び泣き出した雄貴の脇に手を入れて抱き上げれば、蹲って泣く香織の元へ行く。
「母さん」
「っ、雄貴…っ」
「っふ、うっ、お母さっ、ごめ、ごめんなさいっ」
「っもう、心配したのよ…!どこを探しても雄貴が居ないから…!…大切な貴方にもしもの事があったらって考えたら…っ、」
でも良かった。怪我も何もしていなくて、無事な姿で、本当良かった。そう涙ながらに言う香織に雄貴は抱きついた。そんな彼を香織は抱き締めた。
「ごめんなさいっ、お母さんっ、ごめんなさいっ」
「もう良いの…っ、雄貴が無事なら他に何もいらないわ…っ。でももう黙っていなくなるなんてしないで…っ。…母さん、貴方まで居なくなったら…息をするのも苦しいわ…っ」
「ぅん…っ、ぅん!」
涙を流す2人に、柴崎はやっと息をついた。安堵の息が漏れて、それに気付いた烏間は彼の背中を優しく叩いた。
「…良かったな」
「……本当にね」
息を吐きならそう答えた。
「でも本当怪我なくてさ、良かったよな」
「それな。こうやって無事見付かって俺らも安心した」
「2人もありがとう」
「良いって!いつも柴崎には世話なってるしっ」
「これで少し恩返しできたろっ」
「…、…っふふ、そんな事気にしなくて良いよ」
くすくす、と笑う姿を見て、烏間もまた安堵の息をついた。共に探していたとき、彼の表情から不安の色は消えなかった。しかし見付かって、こうして母親とも再会できた姿を見て、やっと安堵の表情を見せた柴崎。烏間は2つの意味で安堵の息をついたのだ。
「……にーちゃん、」
「ん?」
「………んと、」
「…ふふ、…なに?」
しゃがんで同じ目線になってやる。雄貴の片手は香織が。もう片手は柴崎が握ってやる。
「………だ、」
「?」
「……だ、……こ」
「……だこ?」
「っふふふ。志貴、この子きっと貴方に抱っこして貰いたいのよ」
「…あぁ、抱っこね」
意味をやっと理解し、なるほどと頷く。流石母親だ。
「…ほら、おいで」
「…重い」
「…っくく、…雄貴で重かったらどうしようもないよ。ほら、気にしなくて良いからおいで?」
「……っ〜、」
「………。…母さんに似て意地っ張りだなぁ」
「…ちょっと?どういう意味?」
「ん?そのまんまだけど」
母に向けた視線をまた雄貴に戻す。だがまだ渋っている。なにを遠慮しているのやら。
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