family



ブー…ブー……



「…?」


立ち止まり、ポケットの中にあった携帯を取り出す。


「柴崎ー?」

「ごめん、先行って」

「んー」


離れていく花岡に背を向けて電話に出る。



「はい」


そう応えるも、電話の向こうから聞こえるのはか細く震える声。



「……母さん?」

『…っ、志貴…どうしよう……っ、』

「…何かあったの?」


聞こえてくる声にいつもとは違う事を察し、窓際に凭れていた体を離して電話の向こうの声に耳を澄ます。そんな彼が居る中、曲がり角から声がした。



「この間食べようと思ってたやつ花岡に食べられて俺はもう怒りが山のごと…」

「…柴崎?」

「あ?……お、本当だ。電話してるみたいだな」


角から出てきたのは一方的な会話をしていた赤井と、それをそれなりに聞いていた烏間の2人だった。




「…なんか可笑しくね?」

「………」


2人の視線の先にいる柴崎は電話の向こうの相手と話しているが、何かが原因か…良い雰囲気ではなさそうに見える。



「居ないって…今日は土曜で休日だから外で遊んでるんじゃ…」

『そう思っていつも行く近くの公園を見に行ったのっ。でも居なくって…っ。もしかしたら小学校かもしれないと思って行ったけどそこにも居ないの……っ』


どうしよう…っ。そう聞こえてきた声は震えていて、今にも泣いてしまいそう。



「…近所の人には聞いてみた?」

『っええ。あの子がよく遊ぶ子のところにも行ったみたわ…っ。…でも、…今日遊ぶ約束なんて…、…っ、してなかったって……っ』



手の甲を額に当て、目を閉じ息をする。母が混乱している中、自分まで混乱してはいけない。冷静になれ。焦りは思考を乱す。…何が最優先か考えろ。



「…今から行く」

『ぇ…』

「何をするにもこれじゃ限界がある。今からすぐそっちに向かうから待ってて」


話しながら部屋へと走る。そんな彼の姿を烏間と赤井は見て、互いに顔を見合わせた。考える事は同じなのか、赤井と烏間は別々の方へと足を向けた。







部屋に着いて上着と財布と鍵を手に持つ。電話はさっき切った。会話しながらでは走りにくいから。必要なものだけ手にして部屋を出ようとする。だが開けるよりも早く扉が開く。




「俺も行こう」

「……烏間…」

「たまたま聞こえた。…人手は多い方が良い」


柴崎の横を通り過ぎ、中に入れば彼も必要なものだけを手にし、柴崎の方へ行けば腕を取る。そしてそのまま走った。正門前まで走れば、またそこには顔見知る人の姿が。



「…赤井、花岡……」

「緊急とあらば俺たちの出番よ!」

「内容いまいち俺らは理解出来てねぇけど、お前がそんだけ慌ててんだから相当な事なんだろ?」


驚く柴崎の背中を烏間は軽く叩く。



「…これだけ手があれば必ず見付かる」

「…っ、…ありがとう」

「ちんたらしてたら電車行っちまうぞー!」

「早く来い来い!烏間!柴崎!」



既に先を走っていく2人に、残された2人も後を追うように走った。


車内で大体の説明をすれば赤井と花岡は「一大事じゃん!」と事の重大さに気付く。



「……どこ行ったんだろう」

「…柴崎……」



心配の表情を見せる彼に、隣に座っていた花岡もまた心配気に柴崎を見た。

子供の足でそう遠くまでは行けないはず。…だがそれは1人ならの話。今のご時世、日々テレビから流れてくるニュースはどれもこれも比較的暗いものが多い。考えたくない。もしもなんて、例え仮定であっても。



「(…雄貴…)」



底抜けに明るいあの笑顔が、目を閉じた瞼の向こうに見えた。











実家に着き、持っていた鍵で開ければ扉を開ける。



「母さん!」

「!…っ志貴!」


声に気付き玄関へと姿を現した香織は柴崎の姿を目に入れると彼に抱きついた。



「雄貴が…っ、雄貴がどこを探してもいないの…!貴方が来るまでにもう一度あの子の行きそうなところを全部探して…っ、でも…っ、どこを探しても…見付からないの…っ!」


息子の柴崎が来たことで我慢していた涙は止まることを知らず、頬を流れていく。聞こえてくる泣き声と話される声に柴崎は目を瞑った。



「…大丈夫だよ」

「っふ、ぅ…っ」

「大丈夫。…必ず俺が見付ける。見付けて、絶対に連れて帰ってくるから」


泣く母の背中に腕を回して緩く緩く叩いてやる。



「約束するよ」



香織にそう告げる柴崎。その声や言い方が亡くした夫に似ていて、絶対の信用感を感じて、香織は込み上げてくる涙を止められなかった。

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