「……ん…、」
「っ、」
目を覚ましてしまった烏間に、少し肩が上がった。そして視線が交わった。柴崎の存在に気付き、口を開く。
「…どうした?」
「……っ、」
優しくて、普段…周りに他の人が居る時に見せた事なんてない表情に、言葉が詰まった。
「?…柴崎?」
じわり…と心に広がる想いに、声にならない音にならない息をついた。
…駄目だな、もう。…はっきりしないとか、分からないとか…。……本当は、そんな言葉にただ逃げていただけなのかもしれない。
きっと心の奥に本当は答えが出ていたんだ。それなのにずっとそれから目を逸らして見ないようにしていたんだ。
「…なんでもないよ」
「…そうか?」
「うん」
…ねぇ烏間。ごめんね、こんな気持ち持って。
でも好きだよ。烏間が好きだ。もう誤魔化せない。嘘なんて吐けない。…吐きたくない。
「…30分は寝てたか」
「多分ね。…少しはスッキリした?」
「あぁ、さっきよりマシだ」
「そっか、良かった」
男だとか、女だとか、そんなもの…もう捨てても良いかな。だってもう後戻りなんて出来ない。なかった事になんて、出来ない。…それに、そんな枠に囚われてたらきっとこの想いには向き合っていけない。
ちゃんと向き合いたいんだ。烏間を好きだって気持ちに。もう目を逸らして、嘘を付いて、誤魔化したりしたくない。
「(…烏間の隣に寄り添う人が出来るのが嫌なのも、あの日の夜頬に触れられてあぁなったのも…全部好きだからなんだ)」
やっと全てのピースが綺麗に嵌った。それが心にストンと落ちてきた。
「…何か良いことでもあったか?」
「…うん。大切なことに、ちゃんと目を向けられるようになった」
「…そうか。すっきりした顔をしている」
「そう?」
「あぁ。そんなに悩んでいた事があったのか?」
そう聞かれて、烏間から目を離して視線を下げた。
「…本当はね、答えを知ってたみたい」
「…?」
「でも、知っててずっと目を逸らしてた」
初めて人を好きになって、でもその人は男の人だった。2年前の冬に出会って、春に再会してからずっとこうして側に居てくれた。その隣が居心地良くて、安心して落ち着けて……すると知らない間に惹かれていた。
それが次第に1人の人間として好きだなんだと、自分の知らないもう1人の自分が心の奥底で知ってしまった。
「…きっと、怖かったんだと思う」
性別や、他の事。そして、初めて生まれたこの気持ちへの戸惑い。…きっとそれと対面するのが怖くて、もう1人の自分はそれを隠して逃げていた。
そのせいでどんなに考えても、本当の自分は答えを出せなかった。戸惑いと疑問ばかりを心に生んで、それが奥に隠され沈む「好きだ」という本当の想いを覆って、そして埋めてしまっていた。
「…でももう怖くない」
「……」
「だから、やっとちゃんと向き合えるよ」
「……そうか。お前が自分で納得出来たならそれで良い」
「ふふっ、うん」
認めてしまえば早くって、ちゃんと向き合えば積み重なった疑問は答えを見つけ、消えてなくなってしまった。そして沈んで埋まっていたそれが浮かんできた。
「はぁ…でも大変そうだなぁ」
「そんなに大変なことなのか?」
「んー…」
「…?」
柴崎が烏間を見れば、彼はなんだ?と首を傾げた。それに小さく笑う。
叶う叶わないも、もう良い。さっきは悩んでたけど、そんな悩みもう捨ててしまおう。だってそんな先の分からない未来に怯えていては、この想いに偽りはないと言えない。
「大変だろうけど…ま、いいか」
「…あまり無理するなよ?」
「うん、頑張る」
「……」
「え?あ、いやっ、頑張るっていうのは無理するって事じゃなくて、無理しないように頑張るって事で…!」
「…なら良い」
そう言えば烏間は小さく口元に笑みを浮かべた。
「そういえば、もう終わったのか?」
「なにが?」
「何がって…試験勉強」
「……あ、そうだ。休憩がてら外出たら財布忘れてたから取りに来たんだった。忘れてた」
立ち上がって自分の棚に向かう後ろ姿を見て、やっぱりどこか抜けてるな…と笑った。
「烏間もまた戻……何笑ってるの?」
「…くくっ、…っいや、なんでもない」
「…俺なんかした?」
「お前、そんな風に抜けてる姿あまり周りに見せないな」
「…あー、言われてみれば。…烏間の側だと安心して気が抜けるからかな」
「……」
「素が知らない間に出ちゃってるのかもね。…? 烏間?」
「…っなんでもない」
「そう?」
顔を逸らした烏間に首を傾げる柴崎。受け入れてしまえばこっちのもので、更に磨きがかかった無自覚無意識を誇る(それもまた無自覚無意識だが)彼。そんな彼の言葉に、烏間はこれからもっともっと苦労し、悶々とする日々が今日、今ここから始まるのだ。
「なぁ、本当に大丈夫?」
「っ…大丈夫だ」
「なら良いけど…。あんまり無理しないでね」
「…あぁ、そうする(…自覚すると、余計都合良く聞こえる…。…怖いな…認めてしまうと…)」
「(まだ顔逸らしてる…。なんで見てくれないんだろ…。…やっぱ俺なんかしたのかなぁ…)」
互いに悶々と心に思いを浮かべるのだった。
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