風呂から上がり、濡れる髪を軽く拭いた程度にしてタオルを首にかけた。見えた窓から見える外の風景は真っ白で、正しく雪化粧。
「ったく、こら」
「あ、」
首にかけていたタオルが取られ、振り向けば烏間が居た。
「髪、ちゃんと拭かないと風邪引くだろ」
「そんな長くないから別に良いかなって思って」
「長くなくても拭け」
タオルを手に取り、近くの椅子に座らせるとそれを頭に乗せる。烏間はそのまま柴崎の髪を拭いた。
「ふふ、烏間はよく髪拭いてくれるね」
「お前が拭かないからだ」
「だって根元ちゃんと拭いて、後はさっとしておいたら問題ないかなって」
「そこまでしたなら最後まで拭け」
そうは言うものの、拭く手付きは優しい。雑でもなくちゃんと水気を取っていく。
「…なんかね、」
「ん?」
「…烏間の手って、落ち着くんだ」
「……」
「安心感みたいなの感じて、…なんだろう、…ほっとする」
目を閉じて、享受する。安心感や、落ち着きを。烏間の手は、安心する。…手も、の方が合ってるかもしれない。こんな風に側に居られると、知らない間に肩の力も抜けてしまう。それにこうして髪を拭かれる時、いつだって雑じゃなく優しいから少しうとうととしてしまう。
「…初めてだなぁ、……こんな風に思うの…」
誰かが側に居て、誰かの手がこんなにも安心するなんて。不思議な感覚なのに、初めての感覚なのに、全然嫌じゃない。
「……」
座るソファの背凭れに少し体が傾く。横向きになって座って居たため、腕だけが軽くソファに触れる。彼の前に座り髪を拭いていた烏間の手は止まってしまっていた。
そっと、そのタオルを取る。閉じられた目。少しゆっくりと上下する肩。目に掛かった髪。それを払ってやる。それでも体がそちらに傾いているため戻る。
ソファに手を突いた。きっと意識は少し沈んでいるだろう。そんな柴崎に影が出来る。近付いて、近付いて…。丁度雪の中で倒れ込んでしまったあの時の様に。鼻先が触れそうな、そんな距離まで近付いた。
「……ん…」
「っ!」
漏れた声にハッとし、離れた。自分は何をしようとしていたんだろうか。眠りに落ちていた相手を前に、近付いて。
「…っはぁ……」
何を、なんて。そんな事態々問いただすとも分かる。
キスを、しかけた。
ああ、まただ。また靄がかかる。鬱陶しく、ハッキリさせてくれない靄が。触れたいと無意識に思って近付いて、声が聞こえて正気に返った。目を閉じて自分を叱咤した。そして開け、凭れて寝てしまった柴崎を見る。
「(…確信がないんだ。それにハッキリとも答えを出せない。…きっと邪魔をしている)」
性別という大きな壁が。だから靄ついて確信が持てない。だからハッキリ答えを出せない。
眠る柴崎の頬に手を当てて、その白い肌を指の腹で少し撫でた。
「(……だが、多分)」
唇にはしない。出来ない。ハッキリともさせられないのに。「多分」なんてものを付けているのに。そもそも、……例えそうであっても、一方通行の時に、唇になんて触れられない。
「……俺はお前が好きだ」
そう、小さく小さく呟いて、彼の頭に小さく唇を落とした。
この「多分」と付く想いに、「多分」が取れれば、きっと靄も取れる。その時ちゃんとこの胸にその想いが腑に落ちる。納得出来て、受け入れられる。きっと…。
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