slumber 2



烏間は眠る柴崎を見る。閉じられた瞼。規則正しく上下する肩。別に寝顔を見るのは初めてではない。他の同期と違って部屋が同じである。だから先に起きればまだ寝ている時もあるし、その逆もある。あとは、柴崎が倒れたとき。




「……やっぱ綺麗だよな」

「…は?」

「…いや、柴崎」


坂木と木下の目は眠る柴崎に。



「初めて見たときから思ってたけどさ。整ってるなぁって」

「でも俺としては、偏見だけどこういう風に容姿が整ってる奴って冷めてるっていうか、無口っていうか…こう、一匹狼タイプっぽいイメージあるから柴崎もそうなのかな思っててさ」


坂木が小声で、木下と烏間に聞こえるトーンで話す。そこまで話して、ふっ、と目元を緩めて笑った。



「でも、全然そんなんじゃないんだよな、こいつって。俺が柴崎と初めて話したのは丁度その日提出の課題やり忘れて慌ててた時でさ。そしたら通り掛かった柴崎が声掛けてくれて、事情話したらノート貸してくれたんだ」




「はい。これ」

手渡されるのは一冊のノート。

「えっ、…良いのか?」

「良いよ。けど、赤井と花岡に見付からないようにね」

「?」

その言葉に首を傾げれば柴崎は小さく笑った。


「ふふっ、あいつら昨日人の部屋でずっとうたた寝してたから、きっとこの課題出来ていないんだ。存在に気付けば、俺か烏間のノートを慌てて借りに来るだろうから」

「なるほどな…。でも、借りに来たら俺に貸してるから見せられないんじゃ…」

「大丈夫だよ。烏間が居るから。それにそんな直ぐには見せないよ。少しくらい自分でしてもらわないとね」

「……それなのに、俺には貸してくれるのか?」


そう聞けば柴崎は少しキョトンとし、そして口元に軽く拳を作って添えれば笑った。



「坂木はいつもちゃんと課題してるんじゃないの?」

「え、あ、まぁ…うん」

「なら、たまにこうやって忘れた時くらい誰かの借りて写したって罰当たらないんじゃない?」


そう言ってくる柴崎に驚いて、名前を知っていた事にも驚いて…。それに自分が想像していたイメージとは全然違っていて、逆に真反対。周りが口にする通りだと感じた。優しくて、温厚。けれど、ただ優しいだけじゃない。


「さっきは見付からないようにって言ったけど、赤井と花岡にはちゃんと言っておくから書き終えるまで持ってて良いよ」

「…ありがとう、柴崎」

「ふふ、いいえ」

そう言って柴崎は席を離れて行く。その後ろ姿を見ていれば、彼に突撃するかのように走ってくる男が2人程。


「柴崎ーっ!ノート!」

「見せて!ノート!課題忘れてた!」

「今ないよ」

「なん、だと…っ!?」

「まさかお前も忘れたのか…!?」

「お前らと一緒にするな。…今俺のノートは出張中。だから手元にない」

「えええええ〜〜っ!じゃあ俺らどうしたら良いっ!?」

「少しくらい自力でやる。間に合いそうになかったら烏間に見せてもらいな」

「……烏間見せてくれっかな」

「その時は頼んであげるから。ほら、さっさとしないと時間勿体無いよ」

「「はーい」」

「あ、分かんなかったら教えてな?」

「俺も俺もっ」

「はいはい」


仕方ないなって感じで笑って、騒いでいる赤井と花岡の背中を押して歩いている。そんな姿を見て、笑ってしまった。


「……俺馬鹿だなぁ。あんな風に想像してたなんて。…全然違うじゃん」


冷たい?
とんでもない。

無口?
とんでもない。

一日狼?
とんでもない。


「めっちゃ温厚タイプだ」


手に持つノートに目を落とす。折角借りたんだ。ちゃんと写して、ちゃんとお礼を言って返そう。その時は、もう少し話せたら良いな。





「…その後返した時「ありがとう」って言ったら普通に「良いよ、気にしないで」って返してくれた。そん時に、性格良い上に容姿も良いとか神様は二物を与えたなぁって心ん中で笑ったよ」


貸した相手って坂木か!お主も隅に置けないなって言う赤井と花岡に、ぺしりとノートで頭を軽く叩いて馬鹿言ってないでする事さっさとするって言う柴崎も、今思い出せば笑えてくる。2人の親みたいで。名前の事も聞けば、少しキョトンとした後笑ってこう言っていた。



「同期なんだから、名前くらい知ってるよ」





「しっかりしてて、落ち着いてて、人の事よく見てて、周りからの信頼も厚い。…けど、柴崎だって人間だから疲れる時ってあるだろ?…そんな時に肩の力抜いて息吐けて凭れられる人ってのが、烏間なんじゃないかな」


坂木の言葉を聞いて、烏間は黙る。嫌じゃない。迷惑でもない。こうして気を抜いて、凭れて寝てくれるのも、坂木の言葉もどちらかと言えば嬉しい部類だ。



「(…嬉しい?)」


無意識にそう思ってしまった自分の心の言葉に首を捻る。

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