「屋上へ行こうか。愛する生徒に歓迎の用意があるんだ。ついて来てくれるよなァ?お前らのクラスは…俺の慈悲で生かされているんだから」
そう言い、グシャリと笑った狂気と憎悪が刻み込まれた顔面で、思い出されるのはあの時の苦痛の記憶だった。
そして、屋上に着いた。
「気でも違ったか、鷹岡。防衛省から盗んだ金で殺し屋を雇い、生徒達をウイルスで脅すこの凶行…!!」
「おいおい、俺は至極まともだぜ!これは地球が救える計画なんだ。大人しく2人にその賞金首を持って来させりゃ…俺の暗殺計画もスムーズに仕上がったのになぁ。…あぁ、後、あいつも最後まで抵抗しなけりゃもっと早い段階でお前らを足止めできたなぁ」
2人、とは茅野と渚だろう。だが、あいつとは誰か。まだ鷹岡に手を貸した者が居たのか?…しかし、最後まで抵抗したと言っていた。どういうことだ。
「なぁ、柴崎」
「…?」
「俺らは訓練時代、よく言われた言葉があったよなぁ」
ゆっくり、近付く。
「前だけでなく…」
上げられる。定める。
「後ろにも…」
「ッ!」
何かに気付き、後ろを振り返る。その動作と共に、鷹岡の言葉と、音が、響いた。
「神経を回せってな」
ダァン!!
まるで、スローモーションだ。ゆっくりと、膝から落ちる柴崎。その腕から滴るように流れる赤。驚きを隠せない、烏間・生徒達。じわり、と襲いかかるその熱さ、痛みに顔を歪め、地面に膝をついた。
「ッ!」
「ッ柴崎!!」
「「「「柴崎先生!!!」」」」
膝をついた途端、体が横に倒れそうになるの烏間が駆け寄り支える。顔は俯かれているが、苦痛に歪んでいるに違いない。
「っくそ…ッ、止血するものが何もない…っ!」
止めどなく腕を伝って流れるその血は、コンクリートを赤に染める。柴崎は片腕で撃たれた部分を防ぐが意味を成さない。
「ふはははっ!どうだ?元生徒に撃たれた気持ちは!憎いか?悔しいか?…憎いよなぁ?悔しいよなぁ?」
「ッ、たか、おか…っ」
「流石は元お前の生徒だけあって気配の消し方は上手い。ちゃんとお前は教えたみたいだったが仇になったな。が、それでもお前の方が上手(うわて)か」
流れる血。ずくずくと痛む腕。
「この中で一番厄介なお前を先に潰そうと考えたが、咄嗟の判断で急所を逸らしたな。流石だ。でもなぁ、そんな柴崎に良いこと教えてやるよ。そいつなぁ…」
自 分 の 意 思 で 撃 っ た ん じ ゃ ね ぇ ん だ ぜ ?
「どういう意味だ!」
烏間が鷹岡に問い正す。柴崎は、些か混乱した。痛みと熱さで脳が正常に機能しない。
「そのまんまだよ。そいつな、あの後俺に話してきたんだよ。「俺はやっぱり柴崎教官が好きで、尊敬している。だから、改心して1からやり直したい」って」
「っ!」
「馬鹿だよなぁ。一回黒に染まったらさ、もう他の色には戻れねぇのによ」
「っ、利用したのか…林をっ」
「出来るもんは使わねぇと。ちょーっと噂の催眠掛けたら掛かっちゃってよ。誰にでも出来るんだな、あれ」
驚きと、悲しみと、悔しさと、不甲斐なさが心の中を、頭の中をグルグルする。撃たれた部分をグッと握る柴崎を見て、烏間は自分の事のように心が痛んだ。そんな柴崎に、林は残酷にも銃口を向ける。それを止めたのは意外にも鷹岡だった。
「あー、待て待て、林。柴崎を殺るのは後だ。先にこっちの用事を済まさねぇと」
その言葉に素直に林は腕を下ろす。柴崎はそんな林をそっと見上げ、視線を逸らすと自身の腕の裾を口で破る。それを見て何をするのか理解した烏間は破るのを手伝う。
「烏間…」
「傷を塞ぐんだろう。…今は、これしかしてやれない…。すまない…っ」
止まらない血。痛む腕。
「…いや、構わない。ありがとう」
「礼なんて言うな」
破いた服の裾で腕を縛る。
「っ」
「悪いっ、痛むか?」
「大丈夫。助かった」
じんわりと、薄っすらと滲む紅色。そこから目を離した。
「っ柴崎先生、腕…っ」
「心配ないよ。鷹岡も言ってたけど、咄嗟で避けたから急所は外れてる」
「でも、血が…」
「…こんな状態だから、俺はほとんど手が出せない。ごめんね」
「いいえ!柴崎先生はずっと先頭に立ってくれてました!だから気にしないでください!」
「ありがとう」
心配して駆け寄ってくる矢田と片岡、磯貝にそういう。その間、鷹岡は話し続けた。とてと、とても残酷で悪魔な所業を。
「全員で乗り込んで来たと気づいた瞬間は肝を冷やしたが、やる事は大して変わらない。お前らを何人生かすかは俺の機嫌次第だからな」
あまりの事に殺せんせーも青筋を立てる。
「………許されると思いますか?そんな真似が」
「……これでも人道的な方さ。お前らが俺にした…非人道的な仕打ちに比べりゃな。屈辱の目線と騙し討ちで突き付けられたナイフが頭ン中チラつく度に痒くなって、夜も眠れねぇよォ!!だからなぁ、本当に俺はお前が羨ましいよ、そして妬ましい。柴崎よォ」
「っ」
鷹岡の目線が柴崎にいく。咄嗟に側に居た矢田・片岡・磯貝が座り込む柴崎の前に立つ。その間も、腕から指先へと滴るように数滴の血が地面に染みを作る。
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