廊下を歩いていく。見通しの良い展望通路。そこに一人の男が立っていた。それを見付け、柴崎は立ち止まる。それに習って生徒達も立ち止まる。
「………お、おいおい、めちゃくちゃ堂々と立ってやがる」
「…あの雰囲気」
「…あぁ。いい加減見分けが付くようになったわ」
─────どう見ても「殺る」側の人間
「…柴崎、実弾の銃は、持ってないな…」
「まさかいるなんて思ってなかった…」
この場に実弾入りの銃があれば戦う事が困難な程度にここから撃つことが出来るのに。急所をズラし、二箇所。左右に撃てば人はどちらにも重心をかけれず座り込むしかない。
そう考えを巡らしていれば、男が後ろの硝子に手で衝撃を与え罅を入れた。
「…つまらぬ。足音を聞く限り…「手強い」と思えるものは1人ぬ。精鋭部隊出身の引率教師は2人と聞いていたはずぬ…だ。どうやら…うち1人は”スモッグ”のガスにやられたようだぬ。半ば相打ちぬといったところか。出て来い」
男の言葉に柴崎を先頭に前に出る。隠れていても無意味だと判断した。抜けるなら、倒すしかない。手で窓に罅を入れた男。警戒すべきなのだろう。しかし、生徒達はそれ以上に気にかかることがあった。
「「「「(怖くて誰も言えないけど…なんか…その…)」」」」
「”ぬ”多くね、おじさん?」
「「「「(言った!!良かったカルマが居て!!!)」」」」
「”ぬ”を付けるとサムライっぽい口調になると小耳に挟んだ。カッコ良さそうだから試してみたぬ」
その言葉で柴崎は勘づく。日本人じゃない。外人か、と。確かに外見からしてアジア系ではない。
「間違っているならそれでも良いぬ。この場の全員殺してから”ぬ”を取れば恥にもならぬ」
「素手…。それがあなたの暗殺道具ですか」
「こう見えて需要があるぬ。身体検査に引っかからぬ利点は大きい。近付きざま、頚椎を一捻り。その気になれば頭蓋骨も握り潰せるが」
その言葉に岡野は思わず自分の頭を抑えて震える。
「だが面白いものぬ。人殺しの為の力を鍛えるほど…暗殺以外にも試してみたくなる。即ち戦い。強い敵との殺し合いだ。見たところ、お前」
指を指すその先に居るのは、
「柴崎、志貴…と言ったか」
「……」
「報告では相当の手練れだと聞いたぬ。殺るならお前とだが…うぬ。実物を見ると、その強さは目に見えて明確ぬ。俺1人では、少しばかり手強いか。ボスと仲間を呼んでお前を含め皆殺しぬ」
携帯を取り出し、連絡をしようとする。それを阻もうと体を前に動かした時、自分より早くその行動を移す者がいた。その者はどこから持ってきたのか植木の花をその男の持つ携帯に当て、潰した。
「ねぇ、おじさんぬ。意外とプロってフツーなんだね。硝子とか頭蓋骨なら俺でも割れるよ。ていうか、柴崎先生に敵わないと思って速攻仲間呼んじゃうあたり、中坊とタイマン張るのも怖い人?」
明らかに挑発と取れる言葉。下手に挑発すればどう道が分かれるか分かったもんじゃない。それに烏間は止めに入る。
「よせ!無謀…「ストップです、烏間先生」」
「分かるでしょう、柴崎先生も…」
「…あぁ。顎が、引けている」
今までの彼なら、余裕をひけらかして顎を突き出し、相手を見下す構えをしていた。しかし今は違う。口の悪さは変わらないが、目は真っ直ぐ油断なく、正面から相手の姿を観察している。
「………良いだろう。試してやるぬ」
振り下ろされる植木の茎。それを受け止め男は握り潰す。
「柔い。もっと良い武器を探すべきぬ」
「必要ないね」
頭蓋骨を握り潰す程の握力。一度掴まれたゲームオーバー。普通に考えて無理ゲーだけど、立場が逆なだけでいつもはやってんだよね。その無理ゲー。
攻撃を避けながら、カルマはそう心の中で呟いた。
「お…」
「おお…」
「すごい…全部避けるか捌いてる」
「烏間先生と柴崎先生の防御テクニックですねぇ」
その言葉に烏間も柴崎も考える。殺し屋とって、防御技術は優先度が低い。だから授業内でも教えた憶えはない。だが、あれは目で見て盗んだもの。生徒のナイフ、生徒の格闘技を避ける動きを。赤羽業。このE組でも…、戦闘の才能は頭一つ抜けている。
すると、男の足が止まる。
「……どうした?永久にここを抜けられぬぞ」
「どうかな〜。あんたを引き付けるだけ引き付けといて、その隙に皆をちょっとずつ抜けるっていうのもアリかなと思って」
「………」
「…安心しなよ。そんなコスい事は無しだ。今度は俺から行くからさ。あんたに合わせて、正々堂々。素手のタイマンで決着つけるよ。これでも素手攻撃はあんたが恐れた柴崎先生から教わってるからさ」
その言葉に隣に立つ茅野が柴崎に話しかける。
「柴崎先生、カルマって格闘術はどんな感じなの?」
「…積極性には欠けるけど、相手の意表を突くのが上手い。一撃一撃のスタイルは基本通りだけど、…重い」
「良い顔だぬ、少年戦士よ。お前とならやれそうぬ。暗殺稼業では味わえないフェアな闘いが」
そこから始まる互いの攻防。烏間がナイフを避ける時の動きが先ほどのものなら、今は柴崎が攻撃する格闘術の動き。足首を蹴れば、男は蹲り背中を向ける。その一瞬を逃さず、カルマは襲いかかる。だが、ガスをかけられ、ふらりと倒れこむ。
「一丁あがりぬ。長引きそうだったんで”スモッグ”の麻酔ガスを試してみる事にしたぬ」
「き…汚ぇ。そんなモン隠し持っといてどこがフェアだよ」
「俺は一度も素手だけとは言ってないぬ。拘る事に拘り過ぎない。それもまたこの仕事を長くやって行く秘訣ぬ。至近距離のガス噴射。予期してなければ絶対に防げぬ」
しかし、流石というべきなのか。
ブシューーっ
「な…なんだと…」
「奇遇だね。2人とも同じ事考えてた」
カルマもまた、ガスを持っていたのだ。男はガスをもろにくらい、立っているのがやっとだ。しかし、ナイフを持ち、カルマに襲いかかる。
「……脇固め…」
カルマが向かってきた男にしたその技を見て柴崎は唖然と呟いた。いつの間に身に付けたというのか。
「え、なんですか、それ?」
「今の赤羽くんがしている技だよ。腕を掴んで主に肘と肩を極める技。地味なんだけど…あれ結構痛いんだよね」
「ほら寺坂。早く早く。ガムテと人数使わないとこんな化けもん勝てないって」
「へーへー。テメーが素手でタイマン約束とかもっと無いわな」
寺坂含め、他のE組生徒も走り出し、男の背中に容赦なく乗っかったのだった。
「縛る時は気を付けてね。そいつの怪力は麻痺してても要注意だ。特に手のひらは掴まれるから、絶対に触れないように」
「「「「はーい!」」」」
ガムテープでぐるぐるに巻きつけている生徒を目の前に磯貝に支えられている烏間は柴崎に話しかける。
「あの技はお前が教えたのか?」
「あぁ、さっきの?…いや、教えたわけじゃないよ。ただ、こういうのもあるよっていうので一度見せただけ。まさか、一度見た技を使うなんてね」
そして、無様にもぐるぐるに巻きにされた男がそこに転がっていた。
「くっ…」
「毒使いのおっさんが未使用だったのくすねたんだよ。使い捨てなのが勿体無いくらい便利だね」
「何故だ…。俺のガス攻撃…お前は読んでいたから吸わなかった。俺は素手でしか見せてないのに…何故…」
「とーぜんっしょ。素手以外の全部を警戒してたよ。あんたが素手の闘いをしたかったのは本当だろうけど、この状況で素手に固執し続けるようじゃプロじゃない。俺らをここで止めるためにはどんな手段も使うべきだし。俺でもそっちの立場ならそうしてる。あんたのプロ意識を信じたんだよ。信じたから警戒してた」
少し変わったカルマの様子を見て、渚は小さく笑った。
「大きな敗北を知らなかったカルマ君は…期末テストで敗者となって身をもって知ったでしょう。敗者だって自分と同じ、色々考えて生きている人間なんだと。それに気付いた者は必然的に…勝負の場で相手の事を見くびらないようになる。自分も同じように敵も考えていないか。頑張っていないか。敵の能力や事情をちゃんと見るようになる。敵に対して警戒をもって警戒できる人。戦場ではそういう人を…「隙が無い」というのです」
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