修学旅行でも暗殺は必須。絶好の暗殺場所でもある。つまり、この時に暗殺者を一時派遣することもあるのだ。
「狙って欲しいのは、修学旅行中の引率の教師だ。聞いただろうが、その教師は人間じゃない。そいつに効く物質を使ったライルフ弾を作らせたが…残念ながら弾速も遅く射程も短い」
「最も重要なのは、周りを巻き込むことなく暗殺を実行すること。巻き添えを出すことは許されない。その腕を疑うわけじゃないけど、十分過ぎる準備をして臨むことを勧める」
烏間と柴崎が国から派遣された狙撃手・レッドアイにそう伝える。彼は今まで暗殺人数35人、過去中東砂嵐の中2km先の標的を仕留めたという報告もある。
「了解ですよ、烏間さん、柴崎さん。まぁ、大船に乗った気持ちでいてください」
「相手はマッハ20。とにかく早い。常識外れの動きをするが惑わされるな」
「はっ。マッハ20だろうが30だろうが、俺のスコープに暗殺対象の血が映らなかった事はない。レッドアイの名前の由来の如くな」
「…今まで君が相手してきた暗殺対象とは格段にレベルが違う。心してかかって欲しい」
「OK。じゃあ俺は行くよ」
部屋を出ていくレッドアイ。
「…さて、どうなるか」
「相手が相手だからね」
修学旅行一泊目、夜。
烏間・柴崎は旅館に戻っていた。勿論、生徒達もだ。
「烏間、風呂空いたけど」
「あぁ、分かった」
2人は敢えて旅館内にある温泉には入らず2人の部屋に設置されている風呂を利用していた。部屋に二人共居ないとなると、何かあった時に対処が出来ない。
烏間が風呂へ行くのを見送り、柴崎はパソコンを立ち上げ今日の報告書を書くことにした。
「…柴崎」
「…」
カチカチカチ
「柴崎」
「…」
カチカチカチ
「柴崎!」
「! え?あ、烏間」
「集中し過ぎだ」
柴崎は報告書をパソコンで打つ事に集中し過ぎて風呂から上がってきた烏間に気付かなかった。
「ごめんごめん」
「ったく…。髪乾かしてないだろう」
「あー、まぁいいかなって」
「風邪引くぞ。乾かしてやるからこっち来い」
「え、良いよ」
「いいから」
柴崎は烏間の前に座ると首に掛けてあったタオルを烏間は取り、髪から水気を取る。
「昔から上がったら髪を乾かさないのは悪い癖だ」
「短いし放っておけば乾くだろうし…」
「その上疲れた日はそのまま寝る。起こしても起きない」
「う…っ」
空挺部隊時代は部屋が同室だった二人。体力があるとはいえ、やはり疲労感というものは付き物だ。うとうととしてしまうこともある。
「そういう烏間だって寝る前にいつもビール飲んでたくせに」
「水代わりみたいなもんだ」
「アル中なるよ、その内」
「そこまで飲んでない。お前は酒が弱かったか」
「弱いんじゃなくて嫌いなだけ」
「あの匂いが嫌だって言ってたな」
「味もあんまり好きじゃない」
「飲み会の度に唯一酒が苦手なことを知ってる俺のところに逃げては焼酎だと嘘をついて水を飲んでたな」
「なんでそういうことばっか覚えてるの!」
「お前のことなら覚えてるさ。ほら、乾いたぞ」
首にタオルをかけられ、髪に手をやれば乾いている。烏間の方を向いて礼を言う。その烏間本人の髪は乾いていない。
「なんだ、烏間乾いてないんだ。お礼にやってあげようか?」
「ん?いや、お前報告書を書いてた途中だろ。先に書いたほうがいいんじゃないか?」
「後少しで終わるし、別に良いよ。ほら、後ろ向いて。タオル貸して」
タオルを受け取って髪を拭いてやる。いつもはさっぱりとしている髪型だが水に濡れればそれもしなる。
「結局、レッドアイでも無理だったか」
「報告聞いてたらなんか同情したくなるけど」
「まぁな…。心が折れそうになるのも、無理はないか」
「異次元生物だから、相手は」
「なんだって、地球を破壊しようとするんだろうな」
「さぁ。何かしら理由でもあるのかもね。俺たちは分からない何かが」
「しかも教師としては完璧だ。言うことは正直ない」
「何でもこなすんだから憎たらしい」
「何でもこなすのは柴崎もだけどな」
「こなせないよ。そこまで器用じゃないし」
「気付いてないだけだ」
「烏間だって器用だろ」
「どこが」
「どこがって…」
烏間は後ろを振り向く。それに柴崎は手を止める。じっと見てくる目に少し狼狽える。まさかそういう返しが来るとは予想外だ。
「…パソコン打ちながら、電話対応出来るとか」
「それで?」
「…片手でナイフを扱ってもう片手で銃を扱うとか」
「で?」
「…それから…」
なんなんだ、この尋問みたいなのは。何も悪いとこなんて言ってないのに追い詰められてる感はなんだ。
しかも珍しく悪い顔をしている。滅多に見ないから余計に内心焦る。
「…それから……」
「お前を焦らせることが出来る、だな」
「…は…」
「さて、報告書書いたら一階の談話室に来い。持ってきた書類を見せたい」
烏間は立ち上がって部屋を出る。
「あぁ、それから」
そして振り返る。
「髪の毛、ありがとう」
出て行った烏間に暫し無言。そして思考を戻して柴崎は去っていく烏間の背中に言うのだった。
「それは器用でもなんでもないから!!」
聞こえてくるその言葉に烏間は小さく笑った。
一階の談話室に行けば烏間は書類を見ていてそれを封筒に直しているところだった。
「…」
「来たか。報告書は書けたのか?」
「お陰様で」
烏間の前のソファーに座る。その部屋には卓球台もあり、竹林・磯貝・三村が卓球をしている。
「なんだ、からかったの怒ってるのか?」
「別に?」
「ふ、でも本当の事だろう」
「あのね、俺だって烏間を焦らせることくらい出来るから」
「どうやって?」
「どうって…まだ考えてないけど…」
「なら、焦らせるのはまだ先になりそうだな」
「〜っ、ムカつく」
その2人に三村が声をかける。
「烏間先生、柴崎先生!卓球やりましょーよ!」
「卓球?」
「…良いだろう。強いぞ、俺は」
「あ!それから、後で俺らの部屋に来てくださいよ!」
「男子部屋に?」
「せっかくだし、先生達とも話ししたいし」
烏間と柴崎は顔をお互いに見ると、まぁ今回くらい別に良いかと笑い、承諾した。ただし、消灯は守ることを条件に。
男子部屋に近付くとガヤガヤと話している声が聞こえる。そこをノックして顔を出す。
「呼ばれたから来たよ」
「柴崎先生!烏間先生!」
磯貝は柴崎を、前原は烏間の腕を引き部屋の中に入れる。
「へぇ、案外広いんだ」
「A組からD組は個室だけど、こうやって一つの部屋だと騒げるし全然良いよ」
「すまないな、君達の待遇を変えてやれなくて」
「いいんすよ!俺らは俺らなりに、この待遇をプラスに取ろうって決めてますから!」
笑うE組男子の姿に烏間も柴崎も笑う。会った頃とは変わった。あの頃はE組であることに落胆し、希望も見出せていなかった。前向きに考えるなんて以ての外。周りから貼られるレッテルに耐えていくだけでいっぱいいっぱいだった。
「変わったね、君達も」
「あぁ、良い方向にな」
2人の先生から褒められたことによって男子たちは嬉しそうに笑った。
「ところで、呼び出したのにはなんか訳があるんじゃない?」
柴崎の言葉にみんなは待ってましたと笑う。聞いた本人は、聞くの間違えたかと少し後悔。
「俺ら、ずっと聞きたいことがあったんです」
「聞きたいこと?」
磯貝が代表して言う。
「烏間先生と柴崎先生っていつからの付き合いなんですか!?」
それに乗ってきたのは前原だ。目は興味津々といった感じだ。
「俺と柴崎の付き合い?」
「2人って仲良いじゃないっすか?だから気になって!」
「んー…、いつからと言えば君らで言う高校からになるかな」
「え!?高校から!?」
「そんな昔からの仲なんですか!?」
「じゃなかったっけ?烏間」
隣に座る烏間に聞いてみる。その烏間は首を縦に振った。
「あぁ、そうだ」
「普通の高校に通ってたんですか?」
烏間の前に座る木村が尋ねる。
「いや。自衛隊の学校さ。勿論一般教養もある」
「普通の高校と同じ勉強をしながら防衛訓練もする。そういう学校だ」
「一般教養もしながら防衛訓練も…。大変じゃなかったんですか?」
「大変だったけど慣れもあったかな。慣れてしまえばなんてことない」
「まぁ、中には授業中に居眠りをしている奴もいたけどな」
「そういえば、あの数学の先生、居眠りした生徒を防衛訓練担当の先生に話してグラウンド30周させてたっけ」
「いたな。訓練が終わった後に走らせていた。懲りない生徒も中には居て、何度も罰則食らわされてたか」
「テストになると体力だけの生徒は泣き付いてくるんだよね」
「泣き付いて来る?」
杉野はどういうことか聞く。
「座学の成績も柴崎は良かったからな。テスト前になると群がられるんだ」
「いや、俺だけじゃなくて烏間もだろ。お前も群がられてたくせに」
「お前ほどじゃない」
「いーや、そんなことない。十分群がられてた。言っとくけど、数学を何度教えても分からない男子を俺に押し付けて帰ったのは未だ覚えてるから」
「俺よりもお前の方が良さそうだったからな。そっちに行かせてやったんだ」
「どの口が言うんだか。おかげで俺は自分の勉強できなかったんだからね」
「そう言いながら、なんだかんだ次席取ってただろ」
「そういうお前は主席だったくせに…」
目の前で繰り広げられる、普段決して見れないだろう2人の姿にE組男子はただ驚いて見ているだけだ。だが、やはり中学生男子。最も気になることを知りたい。
「あの!」
「「ん?」」
「二人は、学生時代彼女は居なかったんですか!?」
「かの…」
「じょ…?」
「はい!」
「だって烏間先生も柴崎先生もカッコいいから彼女くらい居たんじゃ…」
2人は顔を見合わせてんーと首を捻る。正直そんな記憶はない。毎日訓練訓練だったし、防衛学校在学中に陸上自衛隊へ。それから空挺部隊に入り、卒業後は空挺団の教官補佐に教官もした。男だらけの環境でそんなものは出来ない。
「…なかったんですか?」
「毎日訓練だったしなぁ…」
「そういう環境でもなかったな」
「じゃ、じゃあ!街で声をかけられたりとか!」
「それなら何度か」
「本当ですか!」
「君達勘違いするな」
「え?」
「君達が考えてるような展開じゃないという事だ」
烏間の言葉にみんなはえ?と聞き返す。だがすぐにその言葉を理解することになる。
「よくどこ行くのか、何してるのか聞かれたけどそんなの聞いてどうするのって言ったっけ」
「「「「(なにその切り返し!!)」」」」
「2月になると無駄に甘いものを押し付けられるからその処理に困って、良く周りの人間に分けてたな。烏間にも渡したっけ。あぁ、でも烏間もなんか知らないけど甘いもの貰ってたね」
「貰ったな。食べないから処理に困った」
「捨てるのも勿体無いし」
「あぁ」
「「「「(なんて羨ましい状況!!!)」」」」
「何で2月ってあぁなんだろう…」
「さぁな」
「「「「(烏間先生!柴崎先生!それバレンタインだから!!)」」」」
「まぁ、結論彼女は居なかったかな。ね、烏間」
「そうだな」
そういう二人に前原は腕を頭の後ろで組みこう零した。
「勿体無いっすよ〜。二人ともイケメンなのに」
「確かになぁ。頭良くて、運動神経良くて、背もあって、顔も良い。言うこと無いじゃないですか」
「いいや、柴崎には弱点あるぞ」
「え、柴崎先生の弱点?」
「ちょ、烏間何言う気」
「まぁまぁ柴崎先生!」
三村と菅谷が柴崎の肩に手を置く。他は烏間の言葉に興味津々だ。
「なんなんですか!柴崎先生の弱点って!」
「それは」
「「「「それは?」」」」
「酒に弱い」
「「「「えええええ!!」」」」
「なんでそれ言うかな!大体弱いんじゃなくて飲まない!」
「一緒だ」
「どこがだ!そういう烏間は犬に吠えられる!」
「好きで吠えられてるんじゃない!」
「隣歩いてて犬の横通った時異常に一緒になって吠えられる身になって!」
「なら上司から酒飲まされてそれで毎回倒れて介抱させられる身になれ!」
「好きで飲まされてるんじゃない!あっちが飲ませに寄ってくるんだ!」
「寄ってくるのは水を焼酎だって嘘付くからだろうが!」
「それ言わなくていいだろ!」
「あの2人ってさ…」
「本当仲良いよな…」
「てか、あんな2人見るの俺初めて」
「俺もだ。てか全員だろ」
「柴崎先生酒弱かったんだー、意外だな」
「それを毎回介抱してたんだ、烏間先生」
「今度さ、殺せんせーに頼んで柴崎先生に酒飲ませてみねぇ?」
「あ、それいいな」
「烏間先生がどうリアクション取るかも見てみたいし!」
生徒の中でいつの間にかそんな計画が立てられ始めたのだった。
「…まぁ、話はこのくらいで、そろそろ消灯時間だ。きちんと守って寝ること」
「明日も朝は早いからな。睡眠は大切だ」
「「「「はーい」」」」
2人は部屋に戻って行った。まぁ、頭のどこかでそう簡単には守らないだろうなと踏んで。
暫くすると、部屋の障子が開き烏間・柴崎以外のものが入ってきた。
「いやぁ危ないところでした」
「どうした、さっきから騒がしいが」
「生徒たちに恋話を吐かされそうになりまして」
「恋話?子供らしいね」
「私にだって過去の恋話などゴロゴロありますしねぇ。この手足で数え切れないぐらいのね」
その言葉に烏間はその話は手足が2本ずつの時のものかと聞く。暫し、部屋に沈黙が起きる。
「…いや、止めておく。どうせ話す気は無いだろうしな」
「…賢明です、烏間先生。いくら旅先でも、手足の本数まで聞くのは野暮ですから」
「ところで、お二人は一緒の部屋で?」
「それが?」
「何か問題あるか」
「いえいえ。ただ、朝起きたら烏間先生と柴崎先生の顔が近くて朝チュー!なんて展開になって欲しいなんて考えていませんよ!」
「「……」」
その後、殺せんせーは烏間・柴崎にナイフと銃で襲われ、逃げているのを一部E組生徒に目撃されたとか。
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