翌日、今回の沖縄旅行に関しての報告を防衛省にしに行き、次の日。
「来たか」
柴崎は烏間のマンションに来ていた。今日は久々まともな休みの日である。明日は昼からで、ゆっくり出来るのだ。
「何にも買ってきてないけど良かった?」
「俺が買っといたから気にするな」
「後で半分払うよ」
「別にいいぞ?」
「いいよ。払う」
「…そういうところキッチリしてるな」
「そういうところもね」
部屋に上がらせてもらい、向かうはリビング。烏間らしいというか、相変わらず綺麗な部屋だ。…と言うより散らかしようがない。ここまで物が少ないと。
「…って、」
「ん?」
「こんなに度数高いの飲んだらすぐ俺ぶっ倒れるんだけど」
「たまにはいいだろ」
「……俺酔ったら技かけるんでしょ?いいの。かけられて」
「……技かけない程度に酔ってくれ」
とりあえずその中でも比較的度数の低い物(普通の人からするとジュースの部類)を手に取り口を付ける。烏間はソファ、柴崎はソファを背凭れにして床に座る。
「昼から飲むとか贅沢…。罰当たりそう」
「いつも働いてるからたまにはいいだろ」
「まぁね」
缶の中の半分ほど飲んだところで烏間が口を開く。
「…で。泣かせてきたのか?」
「言い方…;; 一応ね」
「まさか雄貴くんが迎えに来るとはな」
「あれは本当に驚いた。でも帰ったらずっと泣いてるし、来て正解だったなって」
「親父さん、思い出したのか…」
「んー…。っていうのもあるけど…。俺が自分を置いて死なないかどうかを危惧して泣いたみたい」
「は?」
「ほら、自分の夫が自分よりだいぶ早くに死んで、残された自分が今度は息子に置いて逝かれたらどうしようって」
「…あぁ、なるほどな」
また一口、口に含み、喉に通す。
「まぁ、先に逝きはしないから安心してって言ったら泣き疲れて寝たけど」
「よっぽど心配だったんだろう」
「…だろうね」
1缶飲んで、柴崎は机に腕を置いてそこに頭を乗せて顔を伏せる。
「酔ったか?」
「んー…、普通…。…多分…」
しかし頭を上げない。
「…でもさ、」
「なんだ」
2本目を開けて飲もうとしていた烏間は視線を柴崎に向ける。
「…死なないから安心していいって言ったけど…、もし死んだらどうなるんだろう…」
「……」
「…また、泣くんだろうな…」
「柴崎…」
「…泣かれるのは、嫌だな…」
それからしばらく何も喋らない2人。
「…柴崎」
「………」
「? 柴崎」
返答がない。どうしたのかと覗き見ると、
「…寝た」
酒缶1本で寝てしまったのだ。いつもならこの飲んでた酒ならあと1本、もしくは半分は最低行くはずなのに。
「…お前も疲れてたんだな」
こんな軽い酒1本で落ちるんだから、そうなんだろう。何かかける物を持ってこようと立ち上がり、探しに行く。目当ての物が見つかり、それを柴崎にかける。深い眠りなのか、目は覚めそうにない。
その隣に座り、飲みかけていた酒に手を伸ばし、飲む。チラリと眠る柴崎を見る。そして思わず口から缶を離した。
「…柴崎…、」
そしてゆっくりと手を伸ばし、拭う。
「……だから、お前は不器用なんだ」
一筋流れたそれを、優しく拭う。起きた時には流れないだろうそれを。寝ている時には、意識がないせいで緩んだのか、それは容易く頬を滑っていく。でも、たった一筋で、一粒だ。
「…ま、泣いただけマシだな」
口元に笑みを浮かべ、それを隠すように缶に口を付けた。
「……ん…」
目が覚めると外はもう暗い。
「…寝過ぎた」
気が緩み過ぎていたのか。それとも相棒と呼べる相手が隣居たことで自然と緩んだのか。
「どっちにしたって寝過ぎだよね」
烏間はどうしたのだろうかと後ろを振り向く。
「あ…」
なんとも珍しい。
「…寝てる」
ソファーの肘置きに腕を置いて、その腕に頭を置いて寝ている。その体勢しんどくないか。寝るなら部屋のベッドで寝かせたほうがいいだろうと思い、柴崎は烏間を起こす。
「烏間。…烏間」
起きない。
「…どうしたもんか」
このままじゃ体が痛いだろうし。悩む柴崎の側で、烏間はぼんやりと目を開ける。
「…柴崎…?」
「ん?あ、起きた?起きたならベッド行こう」
「………」
「ここじゃ体も痛いだろうし、なんか寝辛そうな体勢だから」
ゆっくり伸ばされる手。掴まれる腕。
「…ん?……ぅわ!」
ドサリ
「…っ、鼻、痛い…って…、おーい、烏間ー…」
掴まれたかと思うと引っ張られ、烏間に倒れ込む柴崎。思い切り鼻を打ったのか、あまりの痛さに鼻を押さえる。呼び掛けるが起きない。
「……どうしろって言うの」
完全に頭を抱えられているので動けない。動いたら首が締まる。
聞こえてくる心音。生きている証。その音を目を瞑って聞く。規則正しく波打つ鼓動。自分はそこに存在しているんだと主張するよう。赤ん坊は母親のお腹の中にいる時、ずっと心音を聞いているらしい。だから産まれてきて母親に抱かれて安心するのは、ずっとお腹の中で聞いていた心音を聞くことで安心するからだそうだ。
「…生きてる、音か……」
ずっとそれに耳を傾けているうちに、柴崎もそのまままた眠ってしまった。
「(………どういう、状況だ…?)」
烏間は混乱していた。只今朝の6時。
「(なんで、柴崎がここで寝てる。というか、なんで俺が柴崎を抱いてるんだ…!?)」
記憶にないので覚えがない。そこまで自分は飲んだだろうか。隣に相棒がいることで心に余裕ができたのか。
「(…それにしたってこれはやりすぎた)」
腕の中の人物は床に座り込んで、頭だけ抱かれた状態で寝ている。
「(これじゃ体が痛いだろ。……………起こそう)…柴崎、柴崎起きろ」
「……んー…」
「柴崎」
「…ん、…烏間…?」
「あぁ。…その、悪い。体痛いだろ」
「体?…確かに、痛い」
「悪い…」
「え、なんで烏間があやま……あ、あー、いやいや、良いって。気にしないで」
「だが…」
「お互い安心しちゃったんだよ。頼れる相棒が側にいるから」
同じことを考えてる。と烏間はその頭で思った。
「朝食か…。…んー。烏間野菜ジュースある?」
「野菜ジュース飲むくらいなら俺が作る」
「え"…」
それから烏間が栄養考えた朝食を作り、柴崎はそれをちゃんと食べたのであった。
「昼から防衛省行かなきゃだから、一旦家帰らないとな」
「じゃあ、11時にお前の家に行こう。車、調子おかしいんだろう?」
「頼むよ。…今度車屋行かないとなぁ」
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