present 2

「あの…後つけてすみません」

「いいよ、気にしてないから」

「でも、どうして花を海に?」

「折角綺麗にして貰ったのに…」



流されていく花束をみる。朝日に照らされて光る海面にそぐわない紫とピンクと淡紫だ。





「父親にね、頼まれてたんだ」

「柴崎先生のお父さん?」

「そう。もう、何年になるかな。中学を卒業した年だったから…12.3年前位かな」

「え?」


不思議そうに見てくる生徒達に柴崎は優しく笑った。烏間はじっと、海の波に流されていく花を見ている。


「丁度君達より少し上位の時、父親を病気で亡くしたんだ」

「「「「!!」」」」


目線を海に向ける。段々と遠くになっていく花束。しかしもう花束とは言えず、散り散りバラバラになっている。


「父さんが母さんにプロポーズした場所も新婚旅行に行った場所も沖縄だったしくてね。プロポーズした時も新婚旅行に来た時も、父さんは母さんにサルビアとスターチスの花束を渡したんだって。しかも、サルビアは紫。スターチスはピンクと淡紫」

「…どうして、その2つで、その色なんですか?」

「サルビアの紫は家族愛。スターチスのピンクは永久不変。淡紫は変わらぬ心。だったかな」



もう何年も昔に病室のベッドに寝転がる父から聞いた話を思い出す。その時は烏間も一緒に見舞いに来てくれて、その話を聞いたんだっけ。







「なぁ、志貴」

「ん?」

「父さんな、もう、長くないんだよ」

「………」

「自分の体っていうのは、一番自分が分かる」


視線が下を向く。花の水を替えていた烏間も、体を横に向けたまま立って聞いていた。


「まだ小さい雄貴を残して、まだ高校生になったばかりのお前を残して…。そして、愛する妻を残して逝くことは、とても悲しい」

「…急に、どうしたの?」

「お前にな、頼みがあるんだ」

「頼み?」

「頼みというか、約束して欲しい…かな。何度も話したと思うけどな。父さん、プロポーズしたのは沖縄だって言っただろう?」

「あぁ、うん。そうだったね」

「新婚旅行もな、沖縄だったんだよ。海が綺麗でなぁ。また、もう一度母さんと見に行きたいし花も贈りたいと思ってたが、叶いそうにない。だから、俺の代わりにいつか沖縄に行って、沖縄の海に花をあげて欲しいんだ」

「海に?母さんにじゃなくて?」

「母さんにあげるなら直接俺があげたいじゃないか。…俺はお前に託す。託した意思を海に投げて、母さんに送って欲しい。花は、俺が届ける。意思はお前が届けてくれ。父さん恥ずかしいから。で、その時の花はサルビアとスターチスだ」

「サルビアとスターチス…ね」

「色はな」

「色も指定?」

「当たり前だろう?で、色はな、サルビアは紫。スターチスはピンクと淡紫だ」

「…花色に意味があるんだ?」

「鋭いねぇ。サルビアの紫は家族愛。スターチスのピンクは永久不変。淡紫は変わらぬ心だ。どうだ、良いだろう」

「父さんにしては、良くそこまで考えて花渡したな」

「父さんはこれでもロマンチストなんです。…いつでも良い。お前が行ける時に行って、海に花を投げてくれ。そしたら俺がその花を取って、母さんに渡すから。あぁ、心細いなら烏間くんと行けば良い。な、烏間くん」

「え…」

「父さん、烏間巻き込まないで。良いよ、俺一人で行くから」

「良いじゃないか。折角だ、2人に見送られて流れた花を手に取って母さんに贈るのもまた良い」

「ったくもー、父さんは」

「頼んだぞ、息子よ」

「はいはい、頼まれましたよ。ちゃんとその約束は守ります」

「それでこそ俺の息子だ!」

「本当調子いいな。その代わりちゃんと母さんに届けてよ」

「任せろ」







「ってね」

「…柴崎先生のお父さん、優しい人なんですね」

「優しい人、だったかな。特に母さんを本当に愛してて、最期の最期まで、想ってた」

「それで、烏間先生と海に…」

「そ。父さんの意向を尊重してね」

「一人で行くって言ってたのにな」

「行くつもりだったのに、父さんがあぁ言ったから仕方なく」

「まぁ、約束は守れたな」

「あぁ」



一歩二歩と前に進む。波が靴先を少し濡らす。



「約束、守ったよ。ちゃんと花流したし、言われた通りの花と色にしたから、後はそっちで何とかしてよ。恥ずかしがって母さんに贈れなかったら怒るから」



そう海に向かって話すと、大きな波が向こうで立った。まるで、「任せとけ」と言っているように。




「…さて、帰ろうか」

「もう良いのか?」

「やることしたし、後は父さんに任せた」

「ちゃんと贈れれば良いな」

「そこね。あの人恥ずかしがり屋のロマンチストだから面倒くさいのなんのって」

「…とか言いつつも、そんな親父さんを尊敬してたんだろ?」


こっちを見てくる烏間を柴崎も見る。


「…今もしてるよ。多分、ずっとね」


ほら、そろそろ帰ってお昼食べるよ。と生徒達に声をかけると、前原・三村が柴崎の背中に抱き着く。


「先生ー!!好きだー!!」

「俺も好きだー!!」

「急にどうした?父さんの気にやられた?」

「いや、これは俺らの本心です!」

「そうっす!」

「じゃあ有り難くもらっとくよ」

「「はーい!」」


そんな3人の後ろ姿を烏間・磯貝・千葉・矢田・中村・速水は見ていた。


「あーぁ、あーんな手のかかる子達に好かれちゃって。柴崎先生も大変だわ」

「前原に三村かぁ。…濃いなぁ」

「うん、濃いね」

「………」

「…磯貝も行きたいなら行ったほうが良い」

「ぅえ!?いや!そんなことは!」

「あれれー?クラス委員長の磯貝くんも柴崎先生に抱き着きたいのかなぁ?」

「ちょっ、中村!」

「あははっ!ごめんごめん!」


隣で騒ぐ生徒達を見て、烏間は小さく笑った。


7人が前を歩いている中、保護者2人は後ろを歩く。その時、ブーブーと携帯が鳴る。バイブレーションの音に気付いた生徒達も話の途中だったが話を止めて振り向く。


「?母さんだ」

「出てやれ」

「あぁ。…はい、もしもし」

『あぁ、志貴?ごめんね、仕事中だったでしょ』

「いいよ、気にしなくて。今休憩中だから」


そう電話で話しながら、歩いて良いよと手で合図を生徒達に送り歩かせる。烏間も柴崎も生徒達が歩き始めたのを見て足を動かす。

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