そして食べ終わり、食後のコーヒーを飲む。
「…色々あったな、この旅行は」
「そうね…」
「けど、収穫もあった。思わぬ形だけど、基礎が生徒に身に付いているのが証明できた。この調子で2学期中に殺せたら良いけどな。イリーナ、お前の力も頼りにしてるよ」
その言葉にイリーナの表情が固まる。膝に置く手が強く握られる。
「…あぁ、でも」
「?」
「殺しだけってわけじゃないから」
「へ…?」
「なんかそんな言い方じゃ、殺し屋のイリーナを頼りにしてるみたいだろ?」
「…」
「そうじゃなくて、んー、なんて言うのかな…。イリーナっていう人物を頼りにしてるってこと、かな」
「!!」
なんてことない、普通のことを言った、というような顔で話す柴崎。だがイリーナは違った。
私は貴方のことを知りたいと思う。些細な事も。そしてこの人に知ってもらいたい。私のことを。どんな些細なことでも良い。知ってほしい。
「…ねぇ、シバサキ。昔話をしても良い?」
「?構わないよ」
「ありがとう…。…私が初めて人を殺した時の話。12の時よ」
「……」
「うちの国は民族紛争が激化しててね。ある日私の家にも敵の民兵が略奪に来た。親は問答無用で殺されて…敵は私の隠れたドアを開けた。殺さなければ殺される。父親の拳銃を至近距離から迷わず撃ったわ。敵の死体を地下の蔵に押し込んで、奴らが去るまで死体と一緒にスシ詰めになって難を逃れた。一晩かけてぬるくなってく死体の温もり、今もはっきり憶えてるわ。…殺すってどういう事か、とても考えた」
静まる空気。どちらも口を開かない。先に開いたのはイリーナだった。
「…ごめんなさい、湿っぽい話しちゃっ…「俺は」…え?」
イリーナの言葉を遮って、柴崎は口を開く。
「俺は、そういう境遇に遭っていないから、どんなものなのか、正直想像が付かない」
「…」
「でも、分かりたいとは思う」
「え…」
「安っぽく聞こえるだろうし、そんな事無理だって思うかもしれない。でも、俺の分かる範囲で、理解出来る範囲で、知りたいと思うよ」
「…シバサキ……」
「…人を殺すって…、辛いもんな」
しんみりした空気を壊すように、柴崎はあえて話題を変えた。
「ほら、折角沖縄来たんだから、イリーナもあと1日…って言っても明日は昼までだけど満喫したら?好きなところに行って、好きな事をしたらいい。さっきは2学期中に殺せたら、なんて言ったけど、明日くらいゆっくりしたって罰当たらないよ」
柴崎は首にかけていたナフキンを取り、机に置くと席を立つ。イリーナを見れば少し顔が赤い。
「疲れた?」
「え!?ど、どうして!?」
「顔、赤いから」
「…え!?嘘!?」
「本当」
あわあわとしだすイリーナ。それだけを見れば、年相応の20歳に見える。少しずれ落ちたストール。未だあわあわとしているイリーナの後ろに回って、柴崎はストールを掛け直した。
「!」
「ストール、ズレ落ちてる。体調には気をつけて。じゃあ、俺は先に部屋に戻る」
側を離れてホテル内へ戻ろうとする柴崎。イリーナはギュッと自分の膝に置いたナフキンを握り、そして端で口を拭くと、柴崎を呼び止めた。
「シバサキ!!」
「ん?……!」
振り返りざまに柴崎の口に当てられる、イリーナの持つナフキン。
「ありがとう、シバサキ。…そんな貴方が好きよ」
立ち止まる柴崎の横を通り過ぎていくイリーナ。残された柴崎というと、口に手を当てる。
「……取れてなかった?」
その台詞を生徒達が耳に入れれば「この鈍感!!」と怒鳴られるだろう。しかし、
────…好きよ、か
その言葉に、柴崎は目を閉じた。そして足早にその場を去った。
そして先に戻ったイリーナといえば…
「(バカバカバカ!!死ね私〜!!告白のつもりが殺白してどーすんのよ!!)」
頭に手をやり非常に思い悩んでいる。それに非難轟々な生徒達。インカムで聞いていた生徒達も我慢ならず見物組に混じっている。
「何よ今の中途半端な間接キスは!!」
「いつもみたいに舌入れろ舌!!」
「告白なのに殺白してどーすんだ!!」
「奥手ちゃんか!!」
「あーもーやかましいわガキ共!!大人には大人の事情があんのよ!!」
ブーブー!!という生徒達にイリーナは憤怒である。今のこれが精一杯だ。
「いやいや、彼女はここから時間をかけていやらしい展開にすんですよ。ね!」
「ね!じゃねぇよエロダコ!!」
烏間は出かかった扉の前でギャーギャーと騒ぐ生徒達の声に肩を上げて訝しげに見ていたのだった。
ロビーに出ると柴崎が座っていた。何をすることもなく、ただぼんやりと。
「柴崎?」
「? あぁ、烏間」
「どうした。部屋に戻らないのか?」
「んー、うん。もう少ししたらね」
「……………」
煮え切らない言葉で濁す柴崎を見て、烏間はその隣に腰掛ける。
「…何悩んでる」
「…そう見える?」
「見える」
「………烏間千里眼持ってんじゃないの?」
「ちゃかすな!」
こちらを見てくる烏間の目から逸らして背凭れに背中を預けて高い天井を見る。
「…ちょっと思い出しただけだ」
「………」
「失う怖さと、向けられる形にね」
「お前…」
「さ、戻ろうか。こんなところに居たら生徒達に示しが付かない」
ソファーから立ち上がると烏間に背を向けて歩き出す。
「柴崎!」
「………」
「…無理、してないか」
「…してないよ」
「俺の目を見て言えるか」
その言葉に柴崎はゆっくり振り返ると烏間の目をしっかりと見た。
「してないよ」
「…………」
「ほら、先帰るからね」
再び足を進めて歩いて行く柴崎の背中を見て、烏間は顔を曇らした。
何も言わないのはお前の悪い癖だ。溜め込めるだけ溜め込んで、自分の中で処理していく。…だが、本当にそれは処理できているのか?圧縮して、小さく見せかけて処理出来たと思って…それで終わっているんじゃないのか。
「…馬鹿野郎」
せめて俺にくらい、弱音を吐け。
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