reconciliation 3

ずっと申し訳ない気持ちを持って彼女のことを忘れないようにしていた。謝罪の言葉や後悔の言葉しか思い付かなくて、合わせる顔もないものだから墓参りにだって行けなかった。
けれどそれも、今日で終わりだ。今度こそ自分の意思で彼女との思い出を忘れないようにする。ごめんや悪かったという気持ちは勿論消えない。
けれど好きになってくれてありがとうは、四年の歳月をかけて今やっと思える気がした。


「ありがとうイリーナ。お陰でちゃんと向き合えた」

「わ、私別に…っ…そ、それに、シバサキの為になれたなら、本望っていうか…」


先程までの威勢は何処へやら。もごもごと口籠るようにして言葉を発するイリーナの頬は赤い。それは偏にありがとうと、笑って柴崎から言われたからであろう。
恋する乙女、好きな人からの笑みには弱いものなのだ。
そんな姿はまだまだ二十歳、いや、二十一歳。だから柴崎からすれば年相応らしい姿で微笑ましく見えた。



「誕生日プレゼントはまた改めて渡すから、待ってて」

「…、…っはい!」


嬉しそうに笑うイリーナ。
やはり彼女には笑顔が似合う。数日振りの明るい表情。それには彼女の後ろにいる生徒達も嬉しそうに頬を綻ばせた。
そこへなんというか、横槍ではないが、いや横槍と言っても良いのかもしれない声が紛れ込んでくる。



「…ま、柴崎の最後の女になりたいならまずは俺を越さないとな」

「!! 越してやるわよ!絶対にね!!」

「はぁ…あのね。ここまで来て言い合いしないでくれる?」


なんで本当にここの二人はこんなにも顔を合わせれば険悪ムードを出しに出しまくるのか。
はいはいはい、落ち着いて落ち着いて。喧嘩はしないと間に入る柴崎は早くも通常運転の通常立ち位置だ。
次いでキーッと敵意剥き出しなイリーナは、こちらもまた通常運転に烏間を睨みつけている。
更に烏間に至っても余裕綽々とまるで意に返していない様子なので確実に火に油、駆け馬に鞭である。



「っていうか何よ!あれ!悪いかって何!悪いわよ!!」

「はいはい、落ち着こうね」

「そのままの意味だ。分からないのか?」

「なんの話か知らないけどその辺にして、」

「大体カラスマはね!!」

「なんだ」

「〜っやめなさいっ!」


鶴の一声。それによりピタリと止まる言い合いののち、二人の視線は腕を組む柴崎に向けられる。


「弁解があるなら聞く」

「…ごめんなさい」

「悪い、」


双方からの謝罪に良しと柴崎は頷けばこの一件は終了だ。これ以上の言葉の投げ合いをされるのも敵わないので必然的に、好きでしているわけではないが必要に迫られ、彼は二人の間に立つことにした。
所謂壁の役目である。勿論本人の意向ではない。仕方なくである。



「柴崎先生」

「ん?」

「話がまとまったところで申し訳ありませんが、一つよろしいですか?」

「構わないよ」


なに?そう尋ねると、彼は唐突にこんな話をしてきた。


「もしも貴方がシェリーさんと違った出会い方をしていたら、貴方方二人は幸せになり、想い合っていたかもしれません」

「……」

「…貴方それを望みますか?」


視線が柴崎に集まる。それは先程殺せんせーが生徒達と烏間に話していたことであり、だがその答えは本人に聞くのが一番だと、結局は聞くことの出来なかったものだ。
果たして彼はなんと答えるのか。そうだと肯定するのか、それとも。



「望まないね」

「「「「!!」」」」

「…何故です?」

「俺があの時FBIの一員のスパイで、シェリーが敵組織の人間だったから出会ったんだ。そうじゃなかったら俺たちは出会わなかった。シェリーも俺を想わなかっただろうし、俺もシェリーを想わなかった」

「そう言える根拠は」

「出会う出会わないに確かな根拠は必要?必要なら説明するけど」


偶然。必然。運命。出会いには色んな形がある。だがそれだけに留めてしまうにはあまりに狭い。
出会いは無数にある。それこそこの人類に人が存在し続ける限りは永遠にだ。それに確かな答え、明確な根拠を叩きつけることは無粋に感じる。
あの角を曲がるのも。あの道を行くことも。ある場所へ行く行き方も。出発する時間も。全てはその一瞬一瞬の切り取られた出来事に過ぎない。そんな変わりやすいものに、明確な答えは必要ない。



「…いいえ。とても貴方らしい答えだ。ありがとうございます、柴崎先生」


必然でも、運命でも、偶然でもない。
この世は無数の選択にあふれている。そしてそれを選ぶ自由は誰にでもあるのだ。
迷っても良い。悩んでも良い。ただ責任を持つことだけは忘れてはいけない。
自分の人生。誰のものでもない限りは、ちゃんと胸を張って選択をする。
それが恐らく生きるということだ。



「…ところで、烏間先生、柴崎先生」


再度話が変わって申し訳ないがと前置きをしてから彼は二人に向き合う。


「今後…このような危険に生徒を決して巻き込みたくない。安心して殺し殺される事ができる環境作りを…、防衛省に強く要求します」

「分かってるよ」

「打つ手は考えてある」

「なら、構いません。さぁ、皆さん帰りますよ!」

「「「「はーい!」」」」


元気な声が地下に響き渡る。それを聞きながら、柴崎も烏間もイリーナも。やっとみんなが揃って地上へも足を踏み出した。
見上げればもう外は真っ暗で、天が高く星が輝いている。相変わらず月の形は三日月で、しかしそこから零れる光は優しかった。

柴崎はその空を見上げ、人知れずに息を吐く。
これでやっと、四年も燻り続けて行けなかった墓参りに行くことができる。何を話そうか。どんな話が聞きたいかな。
少しの思い出話も良いもしれない。
ごめんねとありがとうも、ちゃんと言おう。
あの日のことも、あの時の言葉も、全部忘れていないよと、昔話をするのもきっと良い。

五年振りに、彼女の元へ会いに行こう。



「柴崎?」

「置いてっちゃうわよー、シバサキー」

「柴崎先生早く早く!」

「ヌルフフフ、良い顔になりましたねぇ柴崎先生」

「……誰かさんと誰かさんと誰かさんのお陰でね」


花は何が良いだろう。墓花なんてやめて、好きそうな色を集めて持って行こうか。
















時刻にして今が何時だかは分からない。しかし確実に親が心配をする時間であることは確かだ。それでも足となる車も何もない為に、一同は仕方なく徒歩での帰路に着いていた。



「柴崎先生」

「ん?」


生徒達の後ろを歩く大人三人と超生物一人。ワイワイと話す生徒達を目の前に、殺せんせーはいつもと変わらない様子で柴崎に話かけた。勿論時間が勿体無いので足は止めずにだ。



「もう吹っ切れたんですよね?」

「お陰様でね。…何その顔。やめて」

「やめませんよ、私聞きたいことがあるので」

「碌でもなさそうだから自主的に自分の中だけで留めておいくれる?」


まぁ正直なところこの状況、この流れ、そして極め付けにこの顔と来れば彼が何を聞きたがっているのは大凡検討は付く。だが付いているからこそ嫌なのだ。
この際碌でもなさそうという表現は誤りであり、正しくは碌でもないが適切だ。
とはいえ嫌だ駄目だなんだと言ってはい分かりました!なんて答えが返ってくるわけもないことを柴崎は知っている。
だからこそより一層に、肩の荷は今再び重くなるばかりだ。

加えてこの場には烏間もイリーナも、そして生徒達も居る。その彼等が揃って途端に静かになるところを見ると、全員が気になり始めていることは明確だ。
結論、全く逃げ場が見当たらない。


「…はぁ。なに?」

「あのですね、シェリーさんって」

「うん」

「ぶっちゃけ見た目はどんな人だったんですか?」

「…なんて?」

「「「「(ど直球ッッ!!!)」」」」

「「(この馬鹿ダコは…ッ!!)」」


ニヤァとだらしない顔をして柴崎に聞く殺せんせーは今や憚りという言葉をどこか遠い場所へ飛ばしたようだ。
対する柴崎はというとほら見ろ碌でもないと言わんばかりな顔で殺せんせーを見れば酷く嫌悪の抱いた眼差しを送っていた。
次いでピキーンと体が固まる生徒達と、今それを聞くか!?と青筋を立てる烏間、イリーナとが続き…。
思った以上に、結構な具合で空気が荒れ始めた。



「可愛い系ですか?綺麗系ですか?お姉様系ですか?お子様系ですか?髪はショート?ロング?ちなみに何色でした?あと身長はどれくらいだったんです?体重は何キロくらいで?あとあと、ヒップバストトップはどれくらいで…あ、ちょ、柴崎先生、ストップです、なんですその拳」

「一から十まで説明しなきゃ分からない無能だったっけ?」


なに構えているんです?暴力反対!!そんな看板を何処からか持ち出した殺せんせーは大いに抗議しているが、仲間は今の所ゼロである。
殆どが柴崎側。故にこれこそ多勢に無勢の図に違いない。


「「「「それはないわー…殺せんせー…」」」」

「知ってどうするわけ?そもそも俺がそんなこと知ってると思ってる?遊びのために渡米したんじゃないんだけどねこっちは。仕事で行ってるんだからそんなの興味の端にもないよ分かってるのかな、そこの無能」

「いや!知ってますけど!!分かってますよ!?めっちゃ分かってます!!」

「ならデリカシーの欠片もないわけだ。飽きれたな、それでも教師?」

「酷い!!」

「酷いのはお前だ!」


わざわざ説明しなくても良い程に目で見て明らかに酷いのは柴崎ではなく殺せんせー。
その証拠に生徒達からは「ぅわー…」と言わせるだけの目を向けられているし、さっきから黙っているイリーナと烏間の存在も黙っているから尚怖い。


「大体なんで俺がそんな細かいところまで知ってる必要がある!ない!」

「え!?一年間一緒にいたんじゃないんですか!?」

「一年一緒に居てなんでも知ってると思ったらお前の頭はなんだ!よく物を吸い取る掃除機か!」

「掃除機ってそんな!……いえ、私の頭、掃除機の如く吸引力と飲み込みは良いですよ?」

「…お前と話すと疲れる」


褒めてないし。なんなら貶したのになんなんだろうその超ポジティブ思考。いっそ見習うべきレベルなのかもしれないという思いすら柴崎に抱かせてくる。酷い洗脳だ。
頭が痛い…。そう言って額に手を当てた柴崎のすぐそば、いや、すぐ後ろから何やら良くない雰囲気を纏った約二名がやり返しに来てくれたようだ。彼からすれば非常に助かる。



「……あんたね…」

「お前な…」

「にゅや!?」


柴崎のため息がゴングも同様。ずっと黙っていた烏間とイリーナがやって来ると彼らは柴崎を後ろにやってからはとにかくそれはないと非難轟々の嵐を殺せんせーへ浴びさせる。
その隙に柴崎はというと安全第一を取るためにす…とその場を離れて生徒達の方へ避難した。



「あんたってのは本当に馬鹿!馬鹿馬鹿!!大馬鹿!!失礼にもほどがあるわよ!!」

「何を聞くかと思えば心底くだらないことを…っ!」

「く!?くだらなくはないですよ!どんな人だったのかなぁと私も想像して思いを馳せてですねぇ」

「くだらないわよ!あんた馬鹿なんじゃない!?」

「流石は柴崎に無能と言わせるだけある。本物の無能だな」


烏間先生まで酷い!しかも二度も無能って!!酷い!なんて言葉の後に続く泣き真似(?)に対しても二人の視線は冷たい。なんなら泣きたいのは柴崎だろうにというような目をしている。誠にその通りである。
また生徒達の方へ避難をしていた柴崎はというと生徒達から労りの言葉を貰った後、その光景をまるで第三者のように傍観していた。



「良いんですか?柴崎先生」

「めっちゃあの二人に怒られてますけど…」

「んー…ね。俺も怒りたいけど、それ以上にあの二人が怒ってくれてるから…なんか、もう良いかなって…」

「いやでもさ。アレはない」

「それに関しては同感だわ」

「ないわー、殺せんせー、それはない」

「あんなに良いこと言ってたのになんだかねぇ」

「良いこと?」


腕を組んでやれやれといった様子の生徒達。これではどちらが上で下か分からない。今に至っては…いや、今に至っても殺せんせーと生徒達は立場逆転である。
しかし三村の言った良いこととは一体なんのことだろう。それが気になったのか柴崎は軽く小首を傾けた。


「実は柴崎先生が悪魔と闘ってる時に、殺せんせーがシェリーさんと柴崎先生の想いの形について話してくれたんスよ」

「へぇ…」

「想いには色んな形があって、シェリーさんの柴崎先生への想いの形は純愛で、柴崎先生のシェリーさんへの想いの形は友愛だって」

「…、」

「ひたむきに愛する人を想う心と、共に戦う友を想う心。形は違えど想いは想いだって。それ話してた時は、本当に良い事言うなぁって思ってたんだけどなぁ」

「本当それねぇ。ギャップが…」

「激しいわ」


実に残念。本当に残念。そこさえ無ければ良かった。そう言ってうんうんと肯き合う生徒達を側に、柴崎は少しばかり口を閉ざす。
まさかそんなことを言っていたとは思わなかった。
デリカシーがない、デリカシーがないと言ったが、案外そうでもないらしい。思ったより良いことを彼は言っていた。

だというのに周りの印象を大きく下降させていく彼のあれは一体なんなのか。場の空気を和ませるためなのか、将又本当に聞きたかったからなのか。
全く…と。柴崎からは小さな笑いが零れ落ちる。
そうして未だ烏間とイリーナからのお咎めを貰っているらしい殺せんせーの元へ足を向けると、彼は双方の間に入り制止を掛けた。



「はいはい、もう良いよ。ありがとう、二人とも」

「でもシバサキ!」

「確かにデリカシーはない」

「(ガァンッ!)」

「…けど、まぁ…。…そう悪い奴でもない」

「!?」


瞬間的に固まる空気。三人の間に立ってしまっている柴崎はこの数秒間が嫌に長く感じた。しかもその間特に烏間とイリーナからの目が痛い。
前者からはなんだって…?というような目で見られるし、後者からは今なんて言ったの…?という目で見られている。まるでいけないことをした気分だ。
そんなことはない、と思いたいのが彼の今一番の本音である。

沈黙が生まれる。いつ途切れるんだろうかと思う程にはまぁまぁ長い。
柴崎は次第に居心地が悪くなる。やっぱり今のはなかったことに、とも言いたくなり掛けている。
そうしてやっと途切れたかと思うとそれは途切るどころか大きな火薬爆弾も同然だった。



「デレましたね!!!」

「誰がだ!勘違いするな!」

「ちょ…っとどうしたのよシバサキ!何に洗脳されたの!?それとも言わされてるの!?」

「しっかりしろ柴崎っ、何処をどう取ってそんなことを言うんだ!」

「貴方方めちゃくちゃ言いますね!?」


片やイリーナ、片や烏間から説得のような、将又心配のような言葉を掛けられる柴崎はうう…っと眉間に段々皺が寄りつつある。
その上プンプンとしながらも「やぁでもさっきのはデレですよね」と未だ言い続ける殺せんせーまでもが居るものだからより、より柴崎はうう…っと辛そうである。
だからなんとか現状打破をしなければと取った彼の行動第一が「違うっ」という発言であった。



「洗脳もされてないし言わされてない!本当にそう思っただけで他意はない!お前も変に嬉しがるな!ややこしくなる!」


言った。言ってやった。
そう思ったのも束の間で、また欲しくもない沈黙が生まれてしまった。
なんで…?柴崎の頭にはクエッションマークが飛びに飛び交う。だがもう今はこれ以上何かを言うとより要らない何かを招きそうで、彼は何かを言うという行為を自主的に制限した。

次いでこの後どっと何かが起こるのも、最早お馴染みルートなのである。



「「「「柴崎先生ツンデレだ!!」」」」

「やっぱりどうしたの!?」

「柴崎、冷静さだけは留守しないでくれ…」

「柴崎先生がデレてくれました!!」

「あーあーごめんごめん!変なこと言って!訂正訂正!削除!」


何にも言ってないよ。さっきまでのところは記憶の中で自主カットして。そんな無茶苦茶なことを柴崎は言うも、記憶的には衝撃的なシーンなのでなかなか忘れられそうにもない面々。
現にデレた(らしい)柴崎に絡みまくる殺せんせーは居るし、 神妙な顔をしたままな烏間は居るし、自主カットを試みるも出来ないので此方も悩ましい顔を浮かべるイリーナが居る。

もう、柴崎からすれば踏んだり蹴ったりである。

そんな彼が疲れた様子で殺せんせーの図体を離している中、生徒達はというとこちらもこちらで実に真剣な表情を見せていた。



「いやあれは完璧なデレだ」

「くっそ…っ!冷静沈着な頭脳派人間なのに…っ、あのギャップは強い…!!」

「その上銃撃の技術半端ないの!美味しい!」

「しかも案外笑いのツボも浅い…!!」

「更に美味い!」

「もうギャップ王だ!!」


こうして本人の意図せぬところで付けられた不名誉な二つ名(?) だがしかし誰一人としてその二つ名を否定しないのだから生徒から見る柴崎は恐らく、紛れも無いギャップ王なのだろう。

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