lose 2

「どんな気分だ!!?だ〜い好きな先生の足手纏いになって絶望する生徒を見るのは!!分かったか!!お前の最大の弱点はな…」


その先に続く言葉。それが誰よりも生徒達は胸に重くのし掛かった。しかしその鉛のような言葉を跳ね除けたのが、彼、殺せんせーだった。



「生徒達なわきゃないでしょう!!正解か不正解かなど問題じゃない!!彼等は命懸けで私を救おうとしたし!!恐ろしい強敵を倒してまで校舎に会いに来てくれた!!その過程が!!その心が教師にとって最も嬉しい贈り物だ!!」


響き渡る彼の声。それは勿論、後ろに立つ生徒達の心にもちゃんと届き、奥深くまで響き渡っていた。温かなぬくもりとして、忘れられない記憶の一つとなって。



「弱点でも足手纏いでもない!!生徒です!!」


ほろりと流れ落ちる涙。照れ臭そうに俯く生徒。感極まり殺せんせーから目を離せない。それでもみんな、同じ気持ちだった。嬉しい。ただただ嬉しい。この気持ちだけは誰一人として違わなかった。



「それにですねっ!先程柴崎先生に行ったあの凶行!!」

「ぇ…、」


まさか自分の事を出されるとは思っていなかったのであろう。柴崎は少し驚いたように目を瞠っていた。


「彼の冷静さも頭脳も!!全て彼の努力故の賜物です!!なのにそれをまるで物のように扱い、剰え細胞を抜き取り自分に移植するなどという言葉は非常に憤懣だ!!」


恥ずかしい気持ちがじわりと湧き上がってくる。けれど彼の言葉も声も、表情も、何もかもが真剣なものだ。だから止めることも、況してや遮ることも出来なかった。



「…あいつの言う通りだ」

「、」

「お前は機械じゃない。柴崎の持つもの全ては、お前が努力の末に培ってきた確かな証だ」


天賦なものも、中にはあったかもしれない。だが柴崎が持つ殆どのものは、彼自身が諦めずに努力をし続け、そして得た軌跡の賜物だった。それを何も知らない、パッと出の彼にあんな風に言われてしまえば、流石の殺せんせーや烏間の癇にも障った。



「……あんな言葉、お前のことを何一つとして分かっていない者の発言だ」


だから気にするな。間にも受けるな。心に留める必要もない。そう烏間が柴崎の目を見て告げれば、告げられた彼はキョトンと、ぽかんとして烏間を見ていた。



「……ありがとう」


けれど、嬉しかった。その気持ちが、言葉が。だから自然と柴崎の表情に笑みが浮かんだ。






殺せんせーは纏わりつく二代目の触手を掴み、強く強く締めていく。


「…っそれに…っ、生徒を守るのは…教師の当たり前の義務ですから…!!」


だから守らないなんて選択は存在しない。守ってこそ、先生は先生と名乗れる。



「そうかそうか。だがな、その義務も我々の手で否定される。お前は間も無く力尽き…そこまでして守った生徒も…俺の手で全員嬲り殺す。お前が我々の人生を破壊してまで手に入れた一年。その全てが無駄だったと否定してやる。それで漸く…我々の復讐は完成する」


何もかもを否定し、何もかもを壊す。そして後には一つだって残らない現状を作り出す。出会いも、過去も、今も、未来も、無駄であったことを叩きつける。そうしてこそ柳沢も二代目も、真っ黒な快楽を得られるのだ。



「では続けるぞ。ちゃんと守れよ、可愛い生徒を」


継続される攻撃。それが行われると誰もが思った。…しかし、素早い動きと共に何か、そう。弾丸を躱した二代目に皆の視線は一箇所に集まった。その姿を映した瞬間、驚愕した。



「逃げて殺せんせー!!時間稼ぐからどっか隠れて回復を!!」



一人殺せんせーよりも前に立ち、ナイフを手に持ち構えたのは茅野。彼女は" 無謀 "にもたった一人で彼等に立ち向かおうとしているのだ。元触手持ちという、己に残る僅かな力に掛けて。

二代目の触手攻撃が彼女へと放たれる。それを茅野は見抜き、手に持つナイフで触手に傷を付けた。焼けるような音。柳沢はその事実に感心したような息を漏らした。



「ほう。流石は元・触手持ち。動体視力が残っていたか」

「止すんです茅野さん!!」


これ以上の攻撃をされては幾ら彼女でもただでは済まない。その危惧を察したからこそ殺せんせーは必死な声で茅野へ制止を掛けた。しかし彼女は退かない。それどころかその瞳には彼女らしい、強い意志が宿っていた。



「…ずっと後悔してた。私のせいで皆が真実を知っちゃったこと。クラスの楽しい時間を奪っちゃったこと」


あれがなければ楽しい年明けを迎えられていたかもしれない。あれがなければ、何も知らず、皆で笑って卒業式の日を迎えられたかもしれない。



「…だからせめて…守らせて。先生の生徒として」


罪滅ぼし、といえば聞こえが良かったかもしれない。けれど茅野の気持ちはそんな言葉で仕舞えるほどに安いものではなかった。心からの謝罪と、心からの後悔。そして心からの、揺るがない決意。それが今の茅野を動かしていたのだ。



「君の行動は正しかったんです!!あのおかげで皆が本当に大事な事を学べたのだから!!」


止めようと己に食って掛かる触手を抑え込む殺せんせー。しかし惜しくもそれは二代目の攻撃によって弾かれ、彼は遠くへ飛ばされてしまう。



「二代目」


柳沢が親指を下へ向けた。それが意味する現実とは…。

駆け出す茅野。その手には培ってきた思い出が宿る刃を持って。一直線に二代目へと立ち向かっていく。


心配しないで。殺ればできる。そう教えてくれたのは他の誰でもない…。



「(お姉ちゃんと先生…)」



そして、



「(…諦めない強さと、その優しさを教えてくれたのは)」



…ごめんね、先生。苦しかったでしょう?首、今も痛いよね。痕も残っちゃって、先生のその肌にはすごく不釣り合い。だからちゃんと、この事が終わったら手当てをしてね。きっと先生がしなくても、烏間先生が黙ってないだろうから心配はないと思うんだけど…、それでも。



「茅野さんっ!」


先生はね、お姉ちゃんに似ていた。性別は勿論違うけど、中身の優しさっていうのかな…。それがとても似ていた。さっきだって私は分かったよ。…先生、少しでもって殺せんせーの為に時間稼ぎをしてくれたんだよね。そうやって身を呈して誰かのために動く姿、本当にお姉ちゃんにそっくり。

…だから、その優しさを受ける事が辛いと思ったときもあった。お姉ちゃんを思い出してしまって。でも、やっぱり違うんだよね。先生とお姉ちゃんは優しさが似ていても、奥深くまでは似ていない。だって先生にはお姉ちゃんみたいなおっちょこちょいさも、ちょっとセンスが変な、抜けているような面もないから。先生の優しさは、いつも温かくて、柔らかくて、時に厳しい。そんな優しさだったから。



胸を何かが貫いた。その痛さは一瞬で、あとは何も感じなかった。…けれど聞こえた。周りの声が。名前を呼ぶ、泣き叫ぶような仲間の声が。



「(…もう、会えない)」


仲間にも、助けたかった殺せんせーにも。大人びているのに、何処か子供っぽいイリーナ先生にも。真面目で、とても私達を思ってくれている烏間先生にも。



「(お姉ちゃん…)」


欲しかった温もり。求めていた優しさ。それをくれた、柴崎先生にも。

走馬灯のようだった。今までの記憶が次々と流れ出てきて。きっともう意識はない。それでも不思議だった。溢れ出てくるような記憶のおかげで、死ぬことを怖くないと…心の何処かで感じられた。


辺りは静けさを生む。誰もが信じたくないのだ。目の前で起きた一つの事実を。受け入れたくないのだ。尊い、一人の生徒の命が尽きてしまったことを。

息をすることも忘れてしまうほどの衝撃。涙も溢れぬほどの深い悲しみ。残酷な現実。誰かは震えるその手を口元に当て、誰かは微動だにせず目を瞠っている。夢ならば覚めて欲しいと、有りもしない何かに縋る思いだった。




「はははははははは!!!!」


響く笑い声。それが誰のものかという事くらい、皆回らない頭でも直ぐに分かった。



「姉妹揃って俺の前で死にやがった!!本等に迷惑な奴らだな!!姉の代用品として飼ってやっても良かったが…生憎穴の空いたアバズレには興味なくてね」


何が引き金か。…そんなこと、考えずとも理解出来た。殺せんせーが静かな憤怒を滾らせている。茅野が二代目と柳沢によって殺されたことに。吐き捨てるような醜いほどの言葉に。彼は今、怒りを表している。



「あのまま二人が打つかれば生徒達が…っ」

「っ、避難をさせよう。あそこに居たって彼等は巻き添えを食らうだけになる」


柴崎の言葉は正論だった。今の場所に居続けては必ず彼等は二人の攻撃の余波を受けることとなる。これ以上の損失も、命も、存在も、何もかも失くしたくない。ならば今、自分達に出来ることをするまで。烏間は彼の言葉に頷く。その意見には賛成だったからだ。舞う石や草。そして唸るような地響き。不安定な足場を踏み締め、彼等は生徒達の元へ駆け寄った。




「此処から離れろっ」

「烏間先生…っ!」

「でもッ!」

「君達の言い分は分かってる。あいつを置いて逃げられない。そう思っているんだろう?」

「っ、柴崎先生…」


知っていた。逃げろと、離れろと言って素直に聞く子達ではない事くらい。だからこれは譲歩だ。


「君達の残る命を守る義務が俺達にはある。そう遠くに行けとは言わない。ただあいつの邪魔にならない場所までいくんだ」

「先生…」

「…遠くへ避難しろって言っても、今更聞く君達じゃないでしょ」


見ていても良い。遠くまで離れなくても良い。風が追ってきても、石や砂が降ってきても、その目に彼の戦う姿を映し続けたって構わない。



「でもこれだけは聞いて。俺と烏間は、もうこれ以上君達の命を危険に晒したくないんだ」


守りたかった。全員の命を、欠けることなく。何一つとして変わらずに明日を迎えたかった。まだ幼い命を、一つだって失いたくなかった。


「逃げることは恥じゃない。負けることでもない。逃げることだって、君達の立派な戦術だよ」


そのことだって、もう何度も二人は彼等に教えてきた。真っ正面、向き合って戦う事が全てではない。策を練り、後ろから。罠を張り、足止めをさせてから。…逃げて、一度は自分の身の安全を確認してから。真面目にしていては切りがない世の中だからこそ、時にはそんな奥の手だって必要なのだ。



「茅野さんにはこれを被せてあげて」


柴崎は自身の羽織っていた上着を脱ぎと、渚が抱く彼女の体の上に被せた。



「…どんな形でも、女の子は体を冷やしちゃ駄目だからね」

「柴崎先生…」


あの時もそうだった。…けれどあの時は、彼女はまだ生きていた。この違いが重く、そして苦しい。しかし目を背けては行けない。これは茅野が、命を懸けて殺せんせーを守ろうとした意志なのだから。

柴崎はさらりと、今は解けてしまった茅野の髪を撫でる。頑張ってくれてありがとうと、そう伝えるように。

渚はその光景を間近で見て、浮かんできそうになる涙をぐっと堪えた。そしてもう一度腕の中にしっかりと茅野を抱えると、彼は他の生徒達と一緒にその場を駆けて行った。



「…柴崎、俺達も避難するぞ」

「…うん、分かってる」


後方に見える、禍々しい程の殺意。黒く、目に見えて分かってしまう程のそれは、彼の悲しみと辛さと、そして生徒への無償の愛が込められていた。



「(…一番辛いのは、他の誰でもない…)」


彼自身だ。柴崎はそのことを心に思うと、そっとそこから目を離し、足を動かす。土を蹴って、此処よりも離れた場所へ。迫り来るような風と、冷たい空気が去っていく彼等の背中を押した。


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