invasion


「最大の違いはあのタコやお前達と違い継続的運用を考慮に入れない触手設計。要するに彼は、メンテナンスの必要がない使い捨てだ」




生とは何か。死とは、何か。




「寿命は三ヶ月もない代わりに凄まじいエネルギーを引き出すように調整出来た」



生とは息をし、この世の自然を感じ、言葉を知り、そして使い、聞き、話し…、過ぎ行く日々の中で少しずつでも成長していくこと。

死とは、何もない。何もかもがなくなり、無になること。命を持つものの終焉。

だが生も死も神秘だ。命を持つものならば必ず体験する、酷く貴重な一瞬。生命のみが成せる生き物の始まりと終わりだ。………それなのに彼は、柳沢は、その生と死をまるでぞんざいに扱う。




「もちろん死ぬ時も爆発する危険は無い仕組みだ。ハハハハハッ!!安全で完璧な兵器だろう!!」



駒のように、玩具のように。彼の一つ一つの言動は、儚く美しい命の損失をあまりに軽んじている行為だった。

生徒達は誰一人として手を出せなかった。…いや、出せるわけもなかった。目で追えない速さを持つ相手を前に、勝機の一つも見えなかったのだ。…けれどその状況下でも、声を振り絞るようにして一人の生徒が口を開いた。




「…そうやっていつも…」


その声の主は茅野。彼女は柳沢に向かって嫌悪を抱く表情を向けた。




「他人ばっかり傷付けて…自分は安全な所から…!!」



指示ばかりを出し、直接の手を下さない。なんて卑怯な。なんて残酷な。





「……そう思うかね?」


けれど茅野の思いとは裏腹に、柳沢は白い被りを脱ぎ捨てると何の躊躇も抱かずその首に" 何か "を刺した。




「俺に死の覚悟がないと…そう思うかね?」



神経の一筋一筋が浮かび上がる。その模様には皆が見覚えのあるものだった。間近で見た生徒達が息を飲む中、少しばかり離れた場所にいる烏間、柴崎、イリーナもまた同様の反応を示していた。




「…まさか、」

「…っ、まだ所持していたというのか…ッ?」

「あんなのもう…人間じゃないわ…!」



自分自身の命を投げ打ってまで、彼は自らが植え付けた触手に身を捧げた。…その潔さの裏には、確実なる憎悪という感情が滲み出ていた。




「命などもうどうでも良い。俺から全てを奪ったお前さえ…殺せれば」



憎い、憎い、憎い。殺したいほどに憎い。もう誰にもこれは止められない。もう誰にも、止めさせやしない。これは復讐だ。温め、仕舞い込んできた大いなる復讐。殺すことが全て。殺すことが野望なのだと、黒い感情の全てが柳沢の全身から溢れていた。






「…っ、」


…このままでは、彼らの願いが途切れてしまう。このままでは死に対して彼が望む、最高の最期を…迎えさせてあげられなくなる。



「(…っ…だからって…)」



丸腰の、特別な力も能力もないただの" 人間 "に一体何が出来るというのだ。マッハ20だと名を知らしめていた彼を超えるほどの速さを持つ死神と、その身の全てを触手に差し出した柳沢と…。




「(…どうして静かに、別れをさせてあげられない……っ)」



生徒達と彼が笑って、例え涙を流しても幸せだったと言える別れの最期を…どうして…。

柴崎は無意識に自身の腕を掴んでいた手に力が籠る。それは、この現状に何も出来ない不甲斐なさと、何処にも当てられない無念さの表れだったのかもしれない。






「っ柴崎先生!!」

「っ、…!」


突然名前を呼ばれ、彼は驚きそちらへと顔を向けた。そこには傷だらけになりながらも、戦いに対する意志を持った殺せんせーが居た。彼は柴崎に背を向けながらも、腹から声を出すように言葉を紡ぐ。





「私は今から全力を尽くして戦います!!私は!!貴方から出された" 宿題 "を未提出未回答のままで終わりません!!」

「…!」



触手が彼を襲う。逃げる事で、避ける事で精一杯な筈なのに、それでも彼は言葉を止めなかった。




「必ず" 生きて "!!私は貴方にあの時の答えをお伝えします!!」

「っ…馬鹿…」

「馬鹿でも良いんです!!ッ馬鹿でも!!」



大きさにして小さかった筈。それなのに殺せんせーは柴崎の声を拾い、返す。その間も柳沢の攻撃、死神の攻撃が交互に彼を襲う。…そしてどれもこれもが容赦なく、彼の命を狙った。

だから、もういいからそっちに専念したら良いと言ってやらなければならない。……それなのに、まだ何かを言いたげなその切羽詰まった声に柴崎はそんな言葉、何一つとして言えなかった。





「ッ馬鹿でも私は!!貴方のくれた" 願い "に答えたいんですッ!!」




だから待っていてくれ。希望を捨てずにそこで見ていてくれ。あの時くれた" 死ぬまでの宿題 "に答えを出すために、必ず勝って貴方の" 願い "を叶えてみせるから。

殺せんせーはそれだけを伝えると戦いの中へと向かって行った。その証拠に音は大きくなり、揺れは強くなる。






「……柴崎」



烏間は隣に立つ、僅かに俯く彼を見て声を掛けた。その目は何処か心配げで、もしかしてという考えも浮かんだ。





「……本当、律儀なやつ」

「……」



持ち上げて、視線を前に。烏間の目に映った彼の瞳には、まだ膜は張られていなかった。だが送られた彼の言葉を受け止め、全くどうしようもない、と。口にすることの出来ない想いをその瞳の色は表しているようだった。





「(……ただの、口約束にも満たなかった)」



…だから正直なところ、もう忘れているのではないかと心の何処かで思っていた。あんな、形も何もない…ただの言葉なんて。記憶の中から消えてしまったと、そう言ってしまえばあんなもの…何もなかったことに出来たのに。

……それでも、彼は覚えていた。一つだって記憶から消さずに、残してくれていた。…だから驚いた。





「………出てるならもう、言えば良いのに」



けれどそれを、殺せんせーはしなかった。それは恐らく、彼の中であの" 宿題 "の答えを出すよりも重要なことがあったからだ。





「……それがあいつだろう」

「…そうだね。それがあいつだ…」



…それは、柴崎の" 願い "を叶えること。その事が彼にとって何よりも大切だった。だからずっと答えを言わなかった。それに彼自身、あの時の" 宿題 "が" 願い "の建前であることくらい分かっていた。

『お前も生徒達も望まない死に方をして、本当の最期を迎えるな』

…これには実に柴崎らしいと、殺せんせーは思ったものだ。【優しいのはどちらなのか】という" 宿題 " は、本当に名ばかり。けれどその" 宿題 "にいつまでも丸を貰えないからこそ、放棄の出来ない、必ず叶えなければならない" 願い "だった。それに例え出したところで『まだ頃合いじゃないと』と言葉にしない突っぱねを頂くだけ。彼が本当に望むものは1/2の確率で合う答えではないのだ。……確率にして幾らか。それを数字に表すには難しいが、難しいからこそ叶えて欲しい" 願い " の方であった。







「…お前は、その" 願い "をあいつが叶えた時…、その時はあの" 宿題 "に丸を付けてやるのか?」




ずっとずっと、未提出で未回答だった、彼の" 宿題 "に。




「……せざるを、得ないんだろうね」



本命を叶えられたならば、建前であったそれは役目を果たしたことになるから。…だからもう、何を答えられても丸を付けるしかない。





「……あいつなら叶えるだろう」

「……」

「…柴崎の言う" 願い "を。だから今、あいつはボロボロになっても立ち向かっている」



それは生徒達のため。それはこの暗殺教室のため。それは元" 生徒 "たった" 彼 "のため。それは、必ず生きると、必ず答えると宣言し伝えては、今もこうして待たせている柴崎のため。





「……信じてやれよ。お前が、一番に」

「………言われなくても」





この戦いが始まって、彼があの言葉を告げてきた時からもう…。





「…もうずっと信じて、待ってるよ」




彼が勝って、生徒達を残さず、彼等全員が本当に望む最期を…この先の未来で迎えられることを。


これを我儘だというのならそれでも構わない。身勝手だと咎められてたって構わない。……だから…。





「(…だからまだ、消えないで)」





嘲笑うなら嘲笑ってくれよ。矛盾を知って指摘して、可笑しいじゃないかと指差して。……それでも、もうどうしようもないんだ。あれ程までに殺さなければならないと思っていた者を、今はどうしたって殺したくないのだと…酷く軋むように心が訴えているのだから…。

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