粗方の汚れを取り終えれば、手早く消毒液を染み込ませたガーゼや絆創膏を貼っていく。
「…はい。顔は終わり」
「ありがと、先生」
「いいえ。…じゃあ次は潮田くんね」
「あ、はい」
カルマにした事を同じように渚にもしていく。
「…あの、先生」
「ん?」
「口の中って、すぐに治りますか?」
「え、切れてる?」
「…みたいで…」
「そっか…。…まぁ口の中だったら直ぐに治るから心配しないで。当分は染みるかもしれないけど」
あれだけの攻防があれば口の中が切れたって可笑しくない。だが口内の傷は治りが早い為、放っておけば知らない間に元通りであろう。
渚の顔にもガーゼや絆創膏を貼り、処置完了。
「ほほー。相変わらず手早いですねぇ」
「昔もそうだけど、ここに来てもこの作業結構してるからかな…」
「なんだかんだ、シバサキが保険医みたいになってるものね」
「初めの頃はよく彼等も怪我をしたからな。その度に柴崎は手当係だ」
「別になりたくてなった訳じゃないのに、怪我したら皆俺のところに来るんだよな」
ね?と他の生徒に言えば、彼等は笑う。
「だって、なんか自然とね」
「足が柴崎先生の方に行くっていうか」
「怪我した=柴崎先生のとこ!みたいな図式出来てたよな」
「出来てた出来てた!」
その図式が出るたび、彼ははいはい、と救急箱を開けるのだ。
「ーっ、! つっめた!」
「そりゃ湿布貼ったからね」
「一言言ってよ先生ー。ビックリすんじゃん」
「これでも一声掛けたんだけどね。貼るよって」
「え、マジ?」
「うん。疲れてぼんやりしてるのかな」
首筋に湿布を貼ってやり、剥がれないよう綿テープで固定する。
「はい、これで君は終わりね」
「はーい」
次に再び渚へと向き直る柴崎。その手には先程カルマにも貼った湿布が数枚。
「右腕見せて」
「右腕?」
「そう」
言われるがままに渚は右腕を見せる。二の腕まで捲れば、柴崎はそこにヒンヤリとする湿布を貼り付けた。
「っ、!」
「…さっきの肩固めでここを酷使してると思ってね」
「ぁ…、」
確かにあの時は腕を主に使った。今更ながらに腕が重く感じる。
「……柴崎先生」
「何?」
「…僕、今どんな顔してますか?」
「え?」
処置し終えた腕から目を離し渚を見る。浮かべられる表情を見て、しばしば瞬きをすれば優しく彼に笑いかけた。そして傷に響かないよう、頭に優しく手を置いた。
「…嬉しそうなのに泣きそうな顔」
「…っ、」
「お疲れ様。…ちゃんと貫けたね」
「っ、…先生…!」
「っと、」
抱きついてくる彼に柴崎は咄嗟に受け止めた。肩から聞こえる小さな声と、見える震えた肩。
「(…天性だとか天賦だとか、そんなものの前に、まだこの子は15才なんだ)」
プレッシャー。不安。緊張。色んなものがやっと解けて、色んな思いが今溢れているのであろう。
ホロホロと、流れるそれを受け止めて、彼はただ優しくその背中を叩いた。柴崎に抱き付く渚に烏間も小さな笑みを薄っすらと浮かべ、彼の肩に埋めるその頭を撫でてやった。
「…良くやり抜いたな」
「っ、烏間先生…っ、」
「立派だったよ、潮田くん」
「柴崎先生…っ、」
うう〜っ、と先程より顔を埋めてしまう彼に柴崎は苦笑し、それから顔を上げて烏間を見上げた。
「余計泣いちゃったよ」
「共犯にしたいのか?」
「あれ、もう既に共犯じゃないの?」
「頭を撫でた事でか?」
「正解」
軽いそんな掛け合いをしてから烏間は地面に片膝を突きしゃがみ、柴崎は渚の顔を覗くように見る。
「ほら、そろそろ泣き止め」
「あんまり泣くと目が腫れるよ」
「っ、はい、」
そっと顔を上げた渚の目元を濡らすそれにお互い笑い、拭ってやる。
「さっきの君と同一人物とは思えないな。今はまるで中学生だ」
「緊張の糸が切れたんだよ。それに元々中学生だし可笑しくないでしょ」
「あれを見てからこれを見ると、多少なりともそう感じるだろ」
「まぁ、分からなくもないけど…、…二面性があるってことなんじゃない?」
「ああ、柴崎みたいな人種か…」
「待って待って。俺のどこが二面性?」
「普段は温厚でどこか抜けている面もあるが、スイッチが入ればそれも消えるだろう」
「……、……そうかなぁ…」
「っふふ、」
「「?」」
声のする方を向けば、そこには少し目元を赤くした渚が笑っていた。
「ふふっ、…っあはは!」
「……、」
「……、」
恐らく、笑うその原因は自分達にあるのだろう。何処だか分からないが。…だがこうして笑ってくれるなら、分からないままでも別に構わないかとも思うのだ。
「…親子みたい」
「ね、親子みたいだ」
「良い親子関係になりそうだよね」
「渚くんがお子さんでしたらあの2人も手が掛かりませんねぇ。まぁまぁイリーナ先生、そう震えず」
「〜〜っんもう!カラスマの馬鹿!」
「「「「(あはー…)」」」」
ぷんぷんっ、と拗ねるイリーナに殺せんせーは笑い、生徒達は苦笑やらなんやらと様々な表情を浮かべた。
そして柴崎といえば「二面性あったのかな…」と考え、そんな彼に烏間は「そう真剣に悩むな」と呆れ笑いを返していた。
「(…やっと、また皆で同じ方向を向けるんだ)」
広がる光景。一つになった目標と目的。信念を貫いた先に見えたそれらに、渚はその目元を柔らかく、それで居て嬉しそうに緩めたのだった。
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