「今日も寒いですねぇ。1月ともなれば冬真っ盛りですから仕方ありませんが」
変わらぬ様子で話す。気を遣われているのかどうなのか、烏間にも柴崎にも分からなかった。その時、空を見ていた殺せんせーの目は、前へと向けられた。その先に居たのは、登校してきたE組の生徒達だった。
「おはようございます!3学期も良く学び、良く殺しましょう!!」
登校してきた生徒達は複雑な表情を浮かべる。いつも通りの挨拶。いつも通り声。いつも通りの表情に、いつも通りの接し方。何もかもが変わらない殺せんせーに、生徒達はどのように接すれば良いか分からなかった。一様に目線を下げては真っ直ぐ彼を見ることができない。
「うん…、おはよう、殺せんせー…」
目を合わさず、す…っと彼の横を通り過ぎて行く。月並みな言葉さえも、今の彼らには浮かばなかった。そんな生徒達と殺せんせーの様子を見て、柴崎は目を閉じ、烏間はゆっくりと口を開いた。
「俺も柴崎も…、お前の素性の情報は断片的にしか知らなかったが、全部話せば…生徒達がこうなる事は目に見えていた」
聞こえて来た声に、柴崎は閉じていた瞼を開ける。久々にこうしてここに登校してきて、そして殺せんせーに会えば、彼等がどう反応しどういう気持ちになるかなんて考えずとも分かっていた。だから先程の彼等のあの反応も、予想の範囲内だったのだ。
烏間は一度そこで言葉を止め、殺せんせーを見遣る。
「お前は、生徒にここまで重いものを背負わせても…教師の仕事を尚完遂出来るのか?」
その言葉に殺せんせーは烏間に向けていた目を離し、前を向く。
「……見ていて下さい、烏間先生、そして柴崎先生。私と生徒達の行動を。場に応じて柔軟にやり遂げる覚悟が無ければ…最初から教師になどなっていませんよ。……そうは思いませんか?
柴崎先生」
殺せんせーは校舎の壁に凭れ、烏間と自分の会話を黙って聞いていた柴崎にそう声を掛けた。少し遠くの地面に向けていた視線を彼は殺せんせーにやった。
「何をするにも覚悟が必要。これは烏間先生も貴方も知っていることです。でも貴方は特に、アメリカでの件でよりその覚悟の重さを感じた経験がおありだと思います」
どうでしょうか。と尋ねてくる彼に柴崎は一つだけ静かに息を吐いた。
「…お前の言う通り、何をするにもそれ相応の覚悟が必要。それと同時に生まれる責任感もね」
覚悟と責任を持つ事は基本。事を起こす際の土台でもある。それがふわふわしていれば、何れ簡単に崩れ去ってしまう。
「……事柄が小さかろうが大きかろうが、それらを持てないような奴が一端に何かをするなんてことは出来ないよ」
そんな弱い心では簡単に折れてしまう。生きにくい世の中だからこそ、人は覚悟を抱き、同時にそれに対する責任を持つ。それらが出来ない人間はこの世の中から弾き飛ばされてしまう。
柴崎は校舎の壁から背を離し、その二本の足で体を支える。
「でもお前にはそれがあった。だから意志を継いだんだろ」
「えぇ、その通りです。だから私はここに今立っている。……心配になる気持ちは分かります。しかし見ていて下さい。これからの私達を。暗殺者と標的の絆を」
烏間と柴崎にそう伝えると、殺せんせーは校舎の中へと歩みを進めた。
「…覚悟と責任か」
ぽつり、と呟いた烏間。そんな彼に柴崎は静かに口を開く。
「…俺達にもあるだろ。この任務への覚悟と、それに対する責任感が」
「あぁ。……見守るか、彼等とあいつを」
「きっと、それが今俺達のすべき事だよ」
寒い雲から見えた太陽が申し訳程度に顔を出した。
教室内はしん…とし、重苦しい空気が漂っていた。
「…一番愚かな殺し方……」
扉近くから聞こえた声に生徒達は目をやった。そこにはイリーナの姿が。
「それは感情や欲望で無計画に殺す事。これはもう動物以下」
「ビッチ先生…」
「そして次に愚かなのは…、自分の気持ちを殺しながら相手を殺す事。私のような殺し方をしてはダメ。金の代わりに沢山のものを失うわ」
彼等の目を見てそう話し、そして背中を向ける。
「散々悩みなさい、ガキ共。あんた達の中の…、一番大切な気持ちを殺さないために」
イリーナから伝えられたその言葉に渚は目を開く。脳裏に過る光景と言葉。
「君達やここには今居ない他のE組の子達もそうだけど、少し前の俺のようにはなって欲しくないんだ」
「感情を殺して生きていくのは、何よりも辛いことだよ」柴崎先生…
「今は悩んでも構わない。でも君達の中にある大切な感情だけは失わないで」その悩みから生まれた決心を、今度は仲間に話してみても良いですか…?
渚の頭には"勿論。君の言葉で、君が信じる仲間に話しておいで"と、今ここには居ない彼の姿と言葉が浮かんだ。
「(先生は、先生の言葉は、まるで魔法みたいです)」
烏間やイリーナ、そして殺せんせーからの言葉とはまた違う安心感がある。思い出された言葉が一瞬揺らいだ心を落ち着かせてくれた。渚は小さく深呼吸をして、生まれた考えに決心をした。
そして放課後、彼はみんなに集まってもらった。裏山でE組の仲間に彼が提案したこと。それは、
《殺せんせーの命を助ける方法を探したい》
誰もが目を開いた。出来るかどうか分からない。けれど探したいのだと渚は話した。
「助ける…って、つまり3月に爆発しないで済む方法を?」
「アテはあるの?」
「勿論今はない。ないけど…あの過去を聞いちゃったら…もう今までと同じ暗殺対象としては見れない。皆もそうなんじゃないかな」
話される渚の言葉に皆は黙って聞く。
「3月任務を地球を爆破するのも先生本人の意思じゃない。元々は僕等と大して変わらないんだ。僕等と同じように…、失敗して、悔いて、生まれ変わって僕等の前に来た。僕等が同じ失敗をしないように…色んな事を教えてくれた」
思い浮かぶは今までの殺せんせーと過ごした日々。学び、叱られ、笑い、泣き。そんな日々はすべて宝物だ。
「何より一緒に居て凄く楽しかった。そんな先生…、殺すより先に助けたいと思うのが自然だと思う」
告げられる言葉が静まるそこに伝わる。そんな中、倉橋がいつもと変わらぬ明るい笑顔と声で賛成を表した。
「私賛成〜!殺せんせーとまだまだ沢山生き物探したい!!」
そしてその声は倉橋だけではなかった。
「渚が言わなきゃ、私が言おうと思ってた。…恩返し、したいもん」
「倉橋さん、片岡さん…」
「もう十分暗殺を通して成長したしね」
「ここから先は新しいチャレンジしてこーぜ!」
「新シリーズ開幕だ!」
「やらなきゃ後悔する。やれるだけやってみても良いかもね」
「皆…」
同じ気持ちを持つ仲間がいる。それが嬉しくて、安心して、小さく心の中で伝えた。
「(…柴崎先生、話して良かったです)」
ここに彼が居れば、きっとあの笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。"良くやったね。偉いよ"と。
しかし周りが賛同する中、それに亀裂を入れる声が。
「こんな空気の中言うのはなんだけど…私は反対」
その声は中村のものだった。
「えっ…」
「暗殺者と標的が私たちの絆。そう先生は言った。この一年で築いてきたその絆……私も大切に感じてる。だからこそ…殺さなくちゃいけないと思う」
「……中…村さん…」
例えば100人が居て、100人が同じ意見とは限らない。それは何処でもそう。だから世界は争う。言葉や武力で。対立する思いがあるから、人はまた悩み、また考えるんだ。
「悩む事は良いことだよ」先生、
「でも悩んで、その結果大切な感情を殺してしまうような答えだけは選んじゃいけない」僕はまた、
「…それじゃ、君達もあいつも、幸せにはなれないよ」その幸せを見つける為の悩みに、ぶつかりました。
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