truth 4

茅野は上を向くべきか下を向くべきか迷った。迷った末、下を向いていた。



「寒くない?」

「えっ!?」

「やっぱり寒い?…今日は冷えるもんね」

「あ、いえ…!大丈夫ですっ」

「そう。もうすぐだから、あと少しだけ我慢して」

「はい…」


声をかけられて上を向いた。視界に入ったその表情はいつもと変わらなかった。……これも、殺せんせーも烏間先生もよく言う、ポーカーフェイスなのだろうか。



「……、どうしたの?」

「え、…あ、あっ、え、えっと…っ」


力の入らない手を伸ばして先生の頬に触れた。それを言われるまで気付かなかった。茅野は慌てて下ろして被せてくれているコートの下に直した。


「…すみません、急に触って…」

「…それは、構わないけど…。……崩れてた?」

「え?」

「…いや、なんでもない」


見えて来た車。キーで鍵を開けて後ろの扉を器用に開けた。



「狭くない?」

「平気です」


後ろに寝転ばせてコートをかけ直してやる。すると後ろから足音が聞こえた。



「遅くなった」

「大丈夫だよ。……あの子達は?」

「イリーナもいるから問題ない。それに、…あいつが責任を持って送り届けるそうだ」

「…そっか」


少しだけ先程歩いて来た方向を見て、そして目を逸らした。



「悪いけど救急に電話してくれる?その間エンジンかけて車内暖めるから」

「分かった」


扉を閉めて柴崎は運転席へ。烏間は助手席に乗る。茅野は段々と暖かくなる車内にうとうと…とした。



「…今からでも問題ないそうだ」

「この近く?」

「あぁ。椚ヶ丘総合病院だ」

「了解」


バックミラーを調整しよう手を伸ばしたが、そこに映る後ろで横になっていた茅野の眠そうな姿に小さく笑う。そして調整してから振り向いた。



「眠いなら寝て良いよ」

「……でも…」

「疲れた顔をしてる。ちゃんと病院着いたら起こすし、その間だけでも良いから寝ておきな」

「……は、い…」


開いたり、閉じたり。それを繰り返していた瞼は完全に閉じられ、緩やかな寝息が聞こえた。柴崎は少し腕を伸ばしてずれたコートを整え、前を向きハンドルを握った。車は病院へと動き出す。







夜の9時前。まだ外は人が多い。窓から見える国道や歩道には行き交う車と人が絶えない。烏間は窓から目を離して運転する柴崎を見た。そして逸らしながら口を開く。



「悩んでたぞ、あいつ」

「何に」

「あの問い掛けにだ」

「…そう」

「お前はどうなんだ」

「どうって?」

「…柴崎にとって、あいつと自分のどちらだと思うんだ」


赤信号だ。車は停車した。暫くの沈黙が生まれる。



「……分からない」

「……」

「…分からないから、あいつに聞いた。そしたらあいつもどっち付かずな返答をしてきた」


赤から青に変わる。車はまた動き出した。





「…ねぇ烏間」

「…なんだ」

「……あんな問いかけ、狡いと思う?」


烏間は顔を前から彼に向けた。視線の先の彼は真っ直ぐ前を向いて運転をしている。



「……そうだな。狡いかもしれない」



『無回答はなし』『納得いかない回答は無効』

柴崎が殺せんせーに出した《死ぬまでの宿題》だ。





「……下手だな、お前も」

「…煩いよ」


永遠に彼が納得しなければ永遠にあれは死ねない。誰であろうと約束を破らない彼にとって、あの問いかけの内容もさる事ながら、回答内容もさぞ難しいだろう。


立場と責任と重圧と。背負うものがあるから容易に発言は出来ない。だからあんな問題を提示した。正解がどれだか分からない難問を投げた。




「(…別に生きて欲しいわけでもないんだろうな)」


でもだからって死んで欲しいわけでもない。だがもし、考えも付かない最悪の事態が残りのタイムリミット内で起きたなら。あれが望む、『死ぬなら生徒達の手によって死にたい』という願いが叶わなくなりそうな状況に陥ったなら。その時、恐らく柴崎はあいつにもう一度問い掛けるだろう。

「出した問題は解けたのか」

と。そこで解けていなければ、いや、もしくは納得いかない回答であれば押し返すだろう。そしてこう言うはずだ。


「出直してこい」


それはつまり、こんな所でお前が望まない死に方をして彼等を遺すな。という事だろう。









病院に着き、車を停め降りる。後部座席の扉を開ければ気持ち良さそうにぐっすり眠る茅野の姿。起こすのが可哀想だ。そう思い、柴崎はゆっくりその体を抱き上げた。寒々しい風が吹きつける中、スーツ姿の彼。コートは茅野に。冷え性のくせして。寒がりのくせして。そう烏間は彼の姿を見て思う。



「……優しいのはどっちだ、か」


結局、柴崎は殺せんせーと生徒と国の間に立つことになる。それは烏間もそうだが、柴崎にとってどの思いも切れない。彼こそが誰よりも、満場一致の結果を求めている。死ぬなら殺せんせーが望む形で。もしも何億分の確率で、何の犠牲も払わず生きられるならそれでも良い。生きるか死ぬか、三者が納得いく形で全てが終わること。それこそが彼の願いだ。

優しいか優しくないかなんてのは問題提示のための小さな建前。柴崎の目的は殺せんせーに『無回答はなし』『納得いかない回答なら無効』という決して破らせない『事柄』を取り付けること。死ぬのなら、彼が生徒から以外の望まない死を簡単に迎えさせないための『伏線』だ。



「………」


前を歩く柴崎の姿を烏間はその目に映す。とても稀である彼からの願い。しかしそれはとても我儘で、欲張りで、…だが何よりも儚く、それでいて難しく険しい願い。




「、」

「…着ろ」

「…烏間が冷えるんじゃない?」

「俺は良い。寒がりの冷え性が体を冷やすな」

「ふふ。…相変わらず優しいね」



肩に掛かる烏間のコート。伝わる温もりに小さく笑う彼を見た。腕の中で眠る生徒が少しでも夜風に当たらないようにするその姿を。あいつも言っていた。こいつの苦しむ顔を見るのは辛い、と。だがそれだけか?お前と俺が柴崎に向ける気持ちは違う。違っても、それだけではないはずだ。

こいつは良く言う。「優しいね」と。…なぁ、気付いてるか。その言葉を発するとき、お前は誰よりも優しい顔をしていることに。




「…本当、馬鹿だな」


それは誰に向けられた言葉か。真実は彼にしか分からない。そして烏間は思う。苦しむ顔だけ、なんて嘘だ。悲しむ顔だって見たくない。そうだろう。と、頭を過る彼(か)の姿にそう問いかけた。




「ん?」

「…いや。寒くないか」

「平気。あったかいよ、烏間のお陰で」

「…落ち着いたら何か買ってくる。何が良い」

「…お茶」

「分かった。後で買ってこよう」



きっと分かっている。彼自身、抱くそれは我儘な願いである事を。とても欲張りであることを。だが分かっていて、彼は望む。誰もが納得出来る結果を。幸せになれる未来を。

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