truth 2

あぐりは真相を話した。死神に、すべてを。


「望みを捨てずに助かる方法を探しましょう!私に出来ることなら何でもしますっ」



その話を聞かされた時、死神の頭に過るのは失われていた感覚。そして迫り来る己の「死」

どうして忘れてしまっていたのか。人間とは死ぬために生まれた生物。まして自分は夥しい人間を葬った殺し屋。呪われた死を迎えるのは当然の義務。誰かに看取られ死ぬなど、ちゃんちゃら可笑しい。

だが手に入れたこの力。使わずこのまま死んでしまうには勿体無い。だから利用した。「触手」の力を。




「さよならです、あぐり。私はここを脱出る。予定よりやや早いが、それでも十分なパワーを手に入れた。計算上はこの独房を十分破れる」

「ダメ!!悪いことをする気でしょ「死神」さん!!私は…楽しい貴方と一緒にいたい!!」

「止める気ですか?」

「はい!!」

「君がどうやって?その腕で?その頭脳で?」

「…え?」

「私以上の才能がなければ…止める事も救う事も出来ませんよ。人質にする利用価値すら君には無い。無駄死にする前に去るといい」




その言葉を受け、力なく去っていくあぐりの姿。残された死神の心は黒く塗られ、感情に大きく左右される「触手」は彼の全身を異形に歪めた。

もう誰にも彼を止められない。憎悪に塗れ、悲しみに塗れ、血に塗れ、絶望に塗れ、突き動かすは何か。破壊しようとする死神を止められるものとして唯一「触手地雷」があった。反物質生物の副産物である強靭な触手。これを単体で利用する研究も進んでいた。人間に移植すれば、常人を超えた戦闘力が手に入り、センサーを付けた容器に詰めれば生命を感知し亜音速で襲い掛かる。



「1年後にどの道死ぬ身。あの場で死ぬのも、地球と共に死ぬのも悪くなかった。自分の死が見えた時、私には全てが見えた気になっていました」


全部全部、見えていた。見えていた、「はず」だった。だから見損なっていた。だから気付かなかった。だから…





ドスッッ




だからまた、失った。



「…私を見ていた彼女の存在が、私には見えていませんでした」



見えていなかった代償が、彼女の最期の儚い命の灯火。



「なぜ…。飛び出さなければ私の巻き添えにならなかったのに…」

「…ドジこきました…。まさかあんな罠が、ビュルって来るとは…。だけど…声掛けたくらいじゃ、貴方は止まってくれない、気がして…」



彼女の言う通りだった。あのまま外界へ出れば、歪んだ感情が触手を歪め、歪んだ触手が感情を歪め、どす黒い姿の破壊生物として安定してしまうところだった。

そんなものから救い出し呼び戻してくれたのが、彼女の感触だったのだ。




「私は後悔しました。後0.1秒早く気付けば守れたのに。精密な触手を医療に使う訓練をしていれば救えたのに…。けれどそれらをいくら考えても最早手遅れ。彼女を救う手立てにならず、どうしてと…何故誰かのために使わなかったのかと悔やみました」


世界を憎み育った殺し屋が得たもの全ては相手を壊す目的のためだった。科学知識も、戦闘術も、対人術も、…そして触手も。気付いた時には遅かった。何もかも、全てが遅かった。



「私が殺したも同然だ」

「そんなわけ…ないじゃないですか…。私が…そうしたいからそう動いただけですよ…。それに…ね。あなたになら…私はたとえ殺されてもいいと思う…。そのぐらい貴方を、大切に思えるから…。きっと、貴方も…そんな相手に巡り合えますよ…」

「君になら殺されても悔いはない。だが君以外にそんな相手が居るとは思えない」


閑散とする爆破し崩れた施設。辺りから煙が立ち込める中、あぐりは咳き込み血を吐いた。


「!」

「…もし…、残された1年間、貴方の時間をくれるなら…、あの子達に教えてあげて…。貴方と同じように…あの子達も闇の中を彷徨っている…。真っ直ぐに見てあげれば…、…きっと答えは見つかるから…」

「…君が、そう言うのなら」


死神の言葉を聞いたあぐりは小さく笑う。そして震える手で、人ならざる「触手」に触れた。



「……なんて…、素敵な触手…!…この手なら、…きっと貴方は…素敵な、教師に… 」


頬に伝う涙。触れるその手は、最後に触れたい「人」に触れて、そして静かに落ちて行った。







「このネクタイは、あぐりからのプレゼントです。……全く、今見てもセンスがありません。…けれど、それも彼女の長所であり魅力なのです。…私は残りの時間を教師であることに使おうと決意しました。彼女が見続けてきた生徒を今度は私が見続けよう。どんな時でも「この触手を離さない」ことを、私は亡き彼女に誓いました」




触手は彼に語りかけた。

『どうなりたい?』

彼は触手にこう答えた。

『弱くなりたい』

触手はまた尋ねた。

『どれほどに弱くなりたい?』

彼は答えた。

『弱点だらけで、思わず殺したくなる程親しみやすく、この触手に触れるどんな弱いものも感じ取れ、守れ、導ける程に』

触手は最後に尋ねた。

『…お前は何になりたい?』

彼は答えた。






「時に間違う事もあるかもしれない。時に冷酷な素顔が出るかもしれない。けれど精一杯やる。彼女がやろうとしていた事を、自分なりに、自分の最も得意な『殺り方』で。…私は、私らしい教師になりたいと」


風が吹く。冷たい風が肌を刺した。



「先生の過去の話は以上です。なお、不明な点や疑わしい点がある人は指摘して下さい」


誰もいなかった。何故なら全てが繋がったからだ。殺せんせーが万能だったのも、どんな暗殺も知っていたかのように避けられた事も。だから誰1人、雪村あぐりの死の責任を殺せんせーに求めるものは居なかった。何故ならみんな知っているからだ。2人とも、苦しむ人を放っておかない先生なのを。



「先生の教師としての師は誰であろう雪村先生です。目の前の人をちゃんと見て、対等な人間として尊敬し、一部分の弱さだけで人を判断しない。彼女から…そういう教師の基礎を学びました。先生はそれに自らの知識を足して、皆さんと向き合う準備をしました」


自分の能力の限りを尽くし、最高の成長をプレゼントする。その為にはどんなやり方がベストなのか。



「考えて考えて辿り着いたのが、先生自身の残された命を使った「暗殺教室」です」


そしてそれは、目論見通り。殺し、かわし、そして教える。暗殺を通した彼の教育で、生徒達の心の闇は晴れて行った。しかし、



「前にも言いましたが、先生と君たちを結び付けたのは暗殺者と標的という絆です。暗殺者と標的でなければ先生は君達の担任になる事は出来なかった。…貴方方とも出会う事はなかった」


殺せんせーの目はこの暗殺教室の監視人、烏間と柴崎に向けられた。視線のあったその目と目は、複雑な色を灯していた。それに気付き、殺せんせーは小さく笑う。そして口を再び開いた。



「暗殺者と標的でなければ、君達は本気で真剣に先生にぶつかってくる事もなかった。そして監視人と標的でなければ、こうして出会う事もなかった。…だからこの授業は殺すことでのみ修了出来ます」


無関係な殺し屋が殺す、出頭して殺処分、自害、期限を迎えて爆破する。それらの結末で殺せんせーの命が終わったのなら、先生と生徒達の「絆」は卒業前に途切れてしまう。



「もし仮に殺されるなら、…他の誰でもない。君たちに殺してほしいものです」

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