sorrow 5

「大した怪物だよ。一体1年で何人の暗殺者を退けて来ただろうか。だが…ここにまだ数名ほど残っている」



初めてその衣服の首元を肌蹴させる。



「最期は俺だ。全てを奪ったお前に対し…命をもって償わせよう」


覆面から取り去られた変声期。そしてその本来の顔。その顔に殺せんせーは見覚えがあった。




「行こう、二代目。3月には…呪われた生命に完璧な死を」


二代目と呼ばれたそれは、異様な存在感を放ち、その場から消え去った。



「ケッ。あんな奴の不細工な素顔なんてどーでも良いわ。それよりこっちだ。目ェ覚ましたぜ」


奥田の膝の上、柴崎のすぐ側。そこに寝転がり意識を失っていた茅野の目が覚めた。



「……私……」

「茅野さん…良かった」


殺せんせーは安心したかのように笑った。目が覚めた茅野に渚は近付き平気か聞く。それに少し居心地悪そうに顔を背け大丈夫だと返事をした。



「…茅野っち…」


どこか遠くを見る茅野に、岡野は名前を呼んだ。


「最初は、純粋な殺意だった。けど、殺せんせーと過ごす内に殺意に確信が持てなくなった。この先生には私の知らない別の事情があるんじゃないか。殺す前に確かめるべきじゃないかって。…でもその頃には…、触手に宿った殺意が膨れ上がって思い留まる事を許さなかった」



意識は触手に支配され、自分の力で止める事ができなかった。



「…馬鹿だよね。皆が純粋に暗殺を楽しんでいたのに、私だけ1年間ただの復讐に費やしちゃった」

「茅野」


渚はいつもの声のトーンで、いつもと変わらなぬ様子で話しかける。



「茅野にこの髪型教えてもらってからさ、僕は自分の長い髪を気にしなくて済むようになった。茅野も言ってたけど、殺せんせーって名前、皆が気に入って1年間使ってきた。目的がなんだったとか、どうでも良い。茅野はこのクラスを一緒に作り上げてきた仲間なんだ。どんなに1人で苦しんでたとしても、全部演技だなんて言わせないよ。皆と笑った沢山の日が」

「……」



思い出されるは笑い合った日々。クラスメイトとつまらない事でも笑って話して過ごした日々。



「殺せんせーは皆揃ったら全部話すって約束した。先生だって聖人じゃない。良い事ばかりしないのは皆知ってる。でも聞こうよ、皆で一緒に」

「…うん」



ほろり、ほろりと涙を流す。やっと彼女の中に殺してきたものが解き放たれたのだ。


「ありがと…っ、もう、演技やめて良いんだ…っ」


流れる涙を止めず、ただただ頬に伝わす。周りから与えられる変わらない優しさ、温かさ。それらが嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。言葉に出来ないその思いは涙となって溢れた。



「…寒くない?」

「っ、ぇ…?」


茅野は側にいた柴崎を見上げる。そこには、変わらない…柔らかく、軽く目元を緩めた優しい表情が見えた。




「今は絶対安静だけど、触手による人体影響は薄れたんじゃないかと思って。首元は良いけど、腕や足、体は冷えてない?」


真冬の夜。底冷えとまでは行かなくても今の茅野の格好は些か今季から外れている。それも触手が癒着していた時の人体への影響によるものが原因であったため、仕方ないといえば仕方ないのだが。




「……少し、だけ」



首元は寒かったが他は熱かった。それもまた触手による影響。それがなくなった今、彼女の体は周りの人間と同じ感覚が戻ってき、さらには発汗した後のため風が吹けば体を冷やした。




「っぇ…っ!」


ふわり、と体に掛かる黒いコート。その持ち主を見れば、彼はこの寒空の下黒のスーツのみだった。



「あ、先生…っ、これ…っ」

「俺ので悪いけど、せめて羽織っておきな」

「でも…っ、これじゃ、柴崎先生が……!」

「良いんだよ」

「……っ」


申し訳ない表情と戸惑いの表情で見上げてくる茅野の頭に手を置いて、優しく撫でてやる。




「…良いんだ」


頭に乗る手の優しさ。掛けられる言葉の温かさ。体に掛かるコートの温もり。こんな事があった後なのに、いつもと変わらない表情を向けてくれる。


「俺は寒くないから大丈夫。女の子なんだから、体は冷やしちゃいけないよ」


その優しさは、亡くした姉に少し似ていて、とても懐かしくて…。それが少し物悲しく、だけどそれが嬉しかった。



「……っ、っあり、がとう…っございます…っ」

「気にしないで」


涙を流し、ありがとう、と言う茅野に柴崎はそう返した。温かなコートを少し引き寄せ、ほんの少し顔を埋めた。涙を流す茅野を皆は見て、そして殺せんせーへと視線を戻した。



「…殺せんせー。茅野はここまでして先生の命を狙いました。並大抵の覚悟や決意じゃ出来ない暗殺だった。そしてこの暗殺は…先生の過去とも雪村先生とも、…つまり俺等とも繋がってる。話して下さい。どんな過去でも…真実なら俺等は受け入れます」



磯貝のその言葉は静まるこの場に響いた。風が吹く。冷たい風だ。殺せんせーはそれを肌で感じ、そして一つ息をついた。



「できれば…過去の話は最後までしたくなかった。けれど…しなければいけませんね。君達の信頼を、君達との絆を失いたくないですから。…夏休みの南の島で、烏間先生がイリーナ先生をこう評しました。「優れた殺し屋ほど万に通じる」的を得た言葉だと思います。そして柴崎先生もこう言いました。「身内だろうがなんだろうが、見せては自分の隙を与える事になる」と。私の経験上、当にその通りで酷く共感出来ました」


確かに烏間も柴崎もイリーナをそう評した。あれからもう数ヶ月も経つのか。



「先生はね、教師をするのはこのE組が初めてです。にも関わらずほぼ全教科を滞りなく皆さんに教えることが出来た。それは何故だと思います?」

「…まさか」

「そう。2年前まで先生は…「死神」と呼ばれた殺し屋でした」



その言葉がその場にいた全ての頭に酷く焼き付く。


「だから烏間先生の言葉も柴崎先生の言葉も非常に共感出来た。それからもう一つ」


触手の指一本を上げた。



「放っておいても来年3月に先生は死にます。一人で死ぬか、地球ごと死ぬか。暗殺によって変わる未来はそれだけです」



もう三日月しかこの世界の空には浮かばない。雲と雲の隙間から姿を現し、辺りを照らしたそれは、殺せんせーの存在を酷くその場に知らしめた。語られるのだ。秘められた、人間の記憶を。



※原作と少しだけ表現の違う部分があります。今後の展開を見て、もしかするとその部分が変わる可能性もあります。その時はまたお知らせさせて頂きます。どうぞ悪しからず。

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