sorrow 2

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《今夜7時。椚ヶ丘公園奥のすすき野原》


ただそれだけが書かれた文面が、烏間にも柴崎にも送られた。送り主は、殺せんせー。



「……」


教員室の机に軽く腰掛け、文面に目をやって目を閉じた。



「…行こっか」

「…そうだな」



誰も居ない静まった校舎。部屋を出て、そっと鍵を閉めた。













冬の寒空の下。冷たい風が吹き付ける中、全員が集まった。



「来たね。じゃ終わらそ!!」


にこやかに笑う茅野。その表情の裏には何が隠されているのか。憎しみか、悲しみか、期待か、絶望か。



「殺せんせーの名付け親は私だよ?ママが「滅ッ!!」してあげる」

「茅野さん。その触手をこれ以上使うのは危険過ぎます。今すぐ抜いて治療をしないと命に関わる」

「え、何が?凄ぶる快調だよ。ハッタリで動揺狙うの止めてくれる?」

「…茅野」


皆が厚着をする中、1人露出のある格好をする茅野。そんな茅野に渚は話しかけた。



「全部演技だったの?楽しい事も色々したのも、苦しい事皆で乗り越えたのも」


修学旅行、試験、球技大会、沖縄旅行、文化祭…。他にも数え切れない思い出の数々がこの1年間あった。



「演技だよ」



しかしそれらを全て切り捨てるかの様に茅野は言い放った。



「これでも私役者でさ。渚が鷹岡先生にやられてる時焦れったくて参戦してやりたくなった。不良に攫われたり、死神に蹴られた時なんかは…ムカついて殺したくなったよ。でも耐えてひ弱な女子を演じたよ。殺る前に正体バレたら…お姉ちゃんの仇が討てないからね」

「お姉ちゃん…。雪村先生?」


「雪村先生」

それは殺せんせーがこのE組を担任する前の担任。そして、茅野の実の姉である。



「この怪物に殺されてさぞ無念だったろうな。教師の仕事が大好きだった。皆のこともちょっと聞いてたよ」

「…知ってるよ、茅野。2年の3月…、2週間ぽっちの付き合いだったけど、熱心で凄く良い先生だった」

「そんな雪村先生を殺せんせーはいきなり殺すかな?そういう酷い事…俺等の前で一度もやった事ないじゃん」


竹林と杉野の言葉が茅野の頭に、耳に入る。



「…ね、殺せんせーの話だけでも聞いてあげてよ、カエデちゃん」

「停学中の俺ん家まで訪ねる様な先生だったよ。…けどさ、本当にこれで良いの?今茅野ちゃんがやってる事…殺し屋として最適解だとは俺には思えない」



ズキズキと痛む。



「体が熱くて、首元だけ寒いはずだ。触手の移植者特有の代謝異常だ。その状態で戦うのは本気でヤバい」



ズキズキ、ズキズキ。体も頭も首も痛い。心は、分からない。



「熱と激痛でコントロールを失い、触手に生命力を吸い取られ死…」


その後の言葉は出なかった。いや、出せなかった。茅野の触手から発せられた、熱く燃える赤い炎で。



「………煩いね。部外者達は黙ってて」



炎の触手は辺りを赤く染めた。この寒く冷たい野原を。



「どんな弱点も欠点も磨き上げれば武器になる。そう教えてくれたのは先生だよ。体が熱くて仕方ないから…もっともっと熱くして全部触手に集めれば良い」

「……だめだ…っ、それ以上は……!!」

「最っ高の状態だよ」


触手から放たれる炎で作り出したリングで茅野は自分と殺せんせー、そして他との間を隔てた。地面には多くの草があるため容易く燃え広がる。



「炎のリング!!」

「せ、先生の苦手な環境変化!!」


これでは誰も手が出せない。今の茅野は全身の神経が敏感になり、どんな隙だって逃さない。



「これじゃ容易に近付けないな…」

「小さな気だって今の彼女は感じとるよ。下手に手を出せば被害が広がる」

「…一体どうすれば…」



烏間と柴崎も手の出せないこの状況下に打開策を見出せなかった。一瞬の油断、一瞬の気の逸らしが出来れば最善。だが、それが出来るほど今の茅野は甘くない。



「やめろ茅野!!こんなの違う!!」



渚は声を張り上げ訴える。



「僕も学習したんだよ!!自分の身を犠牲にして殺したって…後には何も残らないって!!」

「自分を犠牲にするつもりなんてないよ、渚。ただコイツを殺すだけ。そうと決めたら、一直線だから」


地面を蹴り、宙へと舞う。あまりに速い触手からの攻撃を殺せんせーも防御するのに手一杯だ。炎を纏うその触手が殺せんせーに触れれば、酷くそこが熱い。息を吐く暇など与えない。絶えず攻撃をし、殺しにかかる。




「…触手は誰にだって扱えるのかどうか、一度疑問に思ったことがあるんだ」

「……」


目の前で繰り広げられる激戦に柴崎はただ静かに口を開いた。そしてその疑問は、以前イトナが2度目に襲ってきた時に抱いたもの。



「異色のモノを扱うには、それ相応の覚悟や忍耐力が必要なんだろうって。でもそれらがない人間は、耐えれず襲う苦しみに飲み込まれてしまうんじゃないかって…」



今の茅野は「殺したい」、その一心が体を頭を全てを動かしている。「殺したい」という思いの強さが覚悟を生んだ。その覚悟が忍耐力を生んだんだ。生まれたそれらが、今の彼女を作ってしまった。苦しみも悲しみも辛さも全て耐えて耐えて、耐え忍んで。しかしそれらはこうも思えるのだ。



「……でも触手から襲われる苦しみや痛みより、彼女が心に想う苦しみや悲しみの方が…ずっと今も茅野さんを痛めて、縛ってるんじゃないのかな…」

「…柴崎、」

「…だって、じゃないとあんなに苦しそうなわけがないよ」

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