sorrow

静まり返った。良い意味ではなく、悪い意味で。



「……あんた、何言ってるのよ」

「…嘘ではありません」


あまりの事実に、話されるそれに、信じられないのだ。烏間も柴崎もイリーナも、ここE組に連れて来られ話されたそれに。イリーナは殺せんせーに詰め寄った。



「あの子が…、カエデが触手を持っているですって!?なら、今まであの子は演技をしてきたっていうの!?」

「イリーナ」

「っ、シバサキ…」

「…こいつも戸惑ってるはずだよ。落ち着いて」

「…っ」

「…すみません、柴崎先生」



突然の出来事に頭が上手く動かないのは仕方がない。柴崎だって、表情に出さずとも一驚している。まさか彼女が、と。

幼い頃に子役として世に出ていた。1年間、皮を被り続けられたのはその演技力も一理ある。そして彼女が誰よりも渚の側にいたのは、彼の殺気の陰に己の殺気を隠していたから。…隠せたから。巨大プリンもダミー暗殺。何もしなければ不自然であるからだ。彼女は全てを演じていた。己の全てを隠す様に。



「殺せんせー。茅野…先生の事人殺しって言ってたよ。なぁ…過去になにがあったんだ?」


周りの空気と表情が沈む中、岡島はそっと殺せんせーに尋ねた。



「こんだけ長く信頼関係築いてきたから…もうハナっから疑ったりはしないよ。でももう話してもらわなきゃ、殺せんせーの過去。でなきゃ誰も今の状況に納得できない。そういう段階に来ちゃってんだよ」


木村の言葉に一同は殺せんせーを見やる。視線を集める彼。その口から発せられたのは…




「分かりました。先生の過去全てを話します。ですが、その前に茅野さんはE組の大事な生徒です。話すのは…クラス皆が揃ってからです」



ただ静かにそう言った。茅野はE組の生徒。このクラスの仲間だ。たとえ触手を持っていようが殺せんせーを殺そうと1人演技を1年間し続けていたとしても、その事実は変わらない。殺せんせーにとって、大切な大切な生徒の1人なのだ。



「…烏間先生、柴崎先生」


名前を呼ばれ2人は呼んだ主、殺せんせーを見る。



「…もしもの際は、よろしくお願いします」


もしも、とは何か。


「信頼する貴方方になら私の思いは託せます。もしも、私が死んだ場合、残された生徒達をどうか頼み…「断る」………」

「……(柴崎…)」


烏間は隣に立つ柴崎を見やった。彼の表情は変わらない。ただ真っ直ぐに殺せんせーを見ている。



「確かに国の最終目的はお前の暗殺だ。だがその暗殺に今必要不可欠なのは生徒達。お前にとって、1年間共に過ごして来た彼等を、そう簡単に遺して死んでしまえるようなもの?その程度の気持ちしか彼等に持ってなかったわけ?」

「……いいえ。…大切です。何よりも大切です。この子達は、私の宝です」


それを聞き、納得行ったのか背を向けて扉へと向かう。



「お前が俺と烏間に託す託さないは自由だ。でも大切なら最後まで見てやれ。彼等も、茅野さんも」



扉近くまで来て、取っ手に触れれば扉を開けた。開けながら、どこかいつもの彼らしくない、弱った殺せんせーを一瞥した。




「…1年間、俺が見てきたお前はこんなところでくたばる様な奴じゃない」


それだけ言うと、柴崎は教室を出て行った。その後ろ姿を殺せんせーはその目に焼き付けた。そして烏間もまた、一つ息をつく。



「…柴崎の意見には同感だ」

「烏間先生…」

「…事を中途半端に終えるのが、お前のやり方か?」

「……」

「俺も柴崎も、お前や生徒達に全てを丸投げするつもりは毛頭ない。…だが、お前にとって生徒達が宝なら、最後まで守ってみせろ」


それだけだ。そう言うと、烏間もまた教室を出て行った。殺せんせーの頭の中には柴崎の言葉と烏間の言葉が浮かぶ。




「大切なら最後まで見てやれ。彼等も、茅野さんも。1年間、俺が見てきたお前はこんなところでくたばる様な奴じゃない」


「お前や生徒達に全てを丸投げするつもりは毛頭ない。…だが、お前にとって生徒達が宝なら、最後まで守ってみせろ。それだけだ」






「…敵いません、貴方方には」


殺せんせーの表情が、口元が、ほんの少し緩んだ。

























廊下の端。僅かに、茜色の陽が窓から射し込む。


「…無責任だったと思う?」


その問いかけは、誰に向けられたものなのか。


「…でも、簡単にあの場に居る生徒達や居なかった茅野さんを遺して死ぬなんて言葉を聞きたくなかったんだ。たとえそれが、最終的にそうなる事だとしても」

「……弱ったあいつの背中を蹴ってやったんだ。今頃感謝すれど、迷惑とは思っていないだろう」


彼・烏間の言葉を聞いた柴崎は、ただ小さく笑った。



「…知らない間に絆されたね。あいつにも、生徒達にも。殺せるなら誰だって構わないのに」

「…そうだな。俺も、そう思う」


そう。誰だって良いのだ。元より殺せんせーを殺す事が国の求める最大且つ最終目的。だとすれば、それに従う彼等・烏間と柴崎は目的が達成されるなら誰でも良いはずなのだ。達成され、全てが丸く収まるよう手助けし監督をする。そしてそれらに関する責任を負うことが2人の使命であり役割。なのに、心の何処かで違和感を感じた。この1年間という長く短い期間に、随分と向ける気持ちも思いも変わったものだ。



「現場監督失格だって上層部からお咎め食らうと思う?」

「ふっ、さぁな。…だが食らっても、そう痛くも痒くも感じないだろう」


烏間の返答に柴崎は小さく笑った。




国に従う事が全てなのか。国の言う事が全てなのか。正しいのはなんなのか。誰なのか。どの道とどの方法が未来を明るく照らすのか。誰もが笑える未来を作る方法はどれか。今はまだ、分かりそうにない。

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