そして舞台には『完』と書かれた立て札が静かに置かれた。もう昼食どころではなく、観客である本校舎の生徒達はただただ沈黙。
「………お、……重いわ!!!」
「食欲無くなったじゃねぇか!!」
ブーブー!とブーイングの嵐。彼方此方から物が舞台へと飛んでいく。そして後ろでは…
「おい、大丈夫か?」
「…っくく、…っは、ふふっ、」
片腕を腹に回し、もう片方の手で口元を隠し、俯き、肩を震わせる柴崎の姿が。破壊力は抜群であったようで。柴崎はもう『完』の札が立った瞬間から堪え切れない笑いの波に口元を押さえていた。そしてブーイングで騒がしくなったのを機に、とうとう堪えていた笑い声は漏れたのだ。
「もう無理っ、あははっ!」
「本当にお前は昔からツボが浅いな」
「だ、って…っ、ふ、あれ見て、笑わないほうが…っ可笑しいでしょ…っ」
「なら本校舎の生徒達は可笑しい事になるな」
「痛い痛い…っ、お腹痛い…っふふ、」
壁に体を預け笑う柴崎。その隣に立ちよく笑う、と半分呆れ表情で思う烏間。
「ったく、笑い過ぎて涙出てるぞ」
烏間は柴崎の目元に指をやれば拭ってやる。
「なんで烏間は笑わないんだよ」
少し収まってきたのか、だがその表情には笑った後特有の表情を浮かべ烏間に聞く。
「面白さよりも、中身がよく出来てるなと思ってな」
「それもそうだけど、演技力が凄いよ」
「…ああ、杉野くんか?」
「と、他の子達もね。桃の存在なんて薄れる」
一応主役は桃なのだ。しかし当たり前だがピクリとも動かず話さずただそこにいる。それがまた異様であり、なんとも言えない。
「今治まったのはいいけど、あの子達見たらまた笑いそうで怖いな」
「まぁ、十中八九笑うだろうな」
そんな会話をしながら2人は体育館を出た。
「どうです、柴崎先生。私の桃の役は」
「異様な存在感でいやに頭に残る」
「ただ居ただけなのにね、このタコは」
「いやぁ照れますねぇ」
「誰も褒めてないぞ」
校舎に戻って来た一同は、なかなかに達成感があると良い顔をしている。そして案の定、柴崎は帰ってきた生徒達の顔を見て笑ってしまったのだった。
「どう?柴崎先生っ」
「劇終わってから笑った?笑った?」
「最後まで耐えたんだけどね。最後の立て札辺りでギブアップだったよ」
それを聞けば練習した甲斐あったね!と笑い合っている。
「昔からですか?その浅さは」
「まぁ、そうかな…。昔同期のなにかを見たときは耐えるの大変だった気がする。…あれなんだっけな」
烏間覚えてる?と聞けば、問われた彼もまた考える。
「…周りの馬鹿は良くあったからな。どれだか分からん」
「あぁ、言えてる」
当時から比較的落ち着いた2人は周りのテンションの高さについていけず見守る側。そしてその餌食に合うのは大体柴崎。それを救うのは大体烏間だった。
「周りって…花岡さんとか赤井さんとかですか?」
「と、その他諸々。騒がしいんだよ、あいつらは」
「逆に静かだと気味が悪いがな」
「病気か、何かか。心配になるよね」
「「「「(相変わらずの扱い感、ぱねぇ)」」」」
だが大人2人、しかも普段から落ち着いたこの2人からのこういった話を聞くと、この人達にも自分達と似たような時期があったんだなぁ。とどこか嬉しくもなるのだ。
「防衛学校ではこういうのはなかったんですか?」
「あるには、あったかな。俺も烏間もしなかったけど」
「…他の人はしたんですか?」
「面白半分でな」
まぁそれが意外にも反響がよく、一時期その話題で持ちきりだったが。
「シバサキも出れば良かったのに」
「嫌だよ。ああ言うのはそういう事に適任な人がすれば良いんだよ」
俺には不向き、と言えばイリーナはそうでもなさそうだけど、と呟いた。
「でもあんたが主役だと群がりそうね」
「?なにが」
「人がよ。シバサキ綺麗なんだから男女問わず来ちゃって客席埋まっちゃいそうじゃない」
「……イリーナ、気持ち悪いこと言うなよ。あんな男だらけのとこで、しかもその光景を例えば舞台の上から見たとして…、地獄絵図だよ?」
嫌だ嫌だ、考えたくないと一瞬浮かんでしまったその光景を頭から消した。
「てことはなに?集まればむさ苦しいってこと?」
「むさ苦しくて暑苦しいんだよ。ね」
「…まぁな」
防衛学校に華など求めること自体が間違っている、と後に2人は語った。
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