そして当日。
「じゃあ先生達絶対来てくださいね!」
「烏間先生、柴崎先生をよろしくお願いします!」
「あぁ。連れて行こう」
「もう腹括ってるって…」
またあとでー!と生徒達は本校舎の方へ。準備があるのだ。小道具や衣装。最終確認などをしてから本番だ。
「ほら、行くぞ」
「はいはい」
昼休み前、午前中で済ませる仕事を終えて2人は立ち上がる。イリーナは生徒達と先に一緒に行った。彼女はこういったことは初めてで、裏方が気になるようだ。
外に出れば冷たい風が吹き付け、冬を感じさせた。それでも空は青くて澄んでいる。所々に鉛色の雲が。まるで雪雲のようにも見える。2人は本校舎へと続く山道を歩く。
「寒くないか?」
「少しだけ。でも大丈夫」
冷え性の柴崎は人より少し手の体温が低い。大丈夫だと言ったが、少しだけその冷えた指先を自身の手で温めている。息は白く、この季節の寒さを物語った。その姿を見て、烏間は薄っすら笑った。
「…冷えた手で温めても冷たいだろ」
とても自然な動作で、その手を取る。そしてその冷えた指先を温めるように握った。
「えっ、や、いいよ…!」
「こんな冷たい指先のどこが大丈夫だ」
「でも、烏間の手が冷えるし…」
「熱分けてやる」
だから握られておけ、と歩みを止めず前を向いたまま烏間は答えた。そんな彼を柴崎は見て、小さく笑みを浮かべた。
彼なりの優しさ。長く隣に居て、こうして触れての優しさや隣に立つ安心感は冬の寒さを覆う様に心が温かくなる。柴崎は烏間から目をそらし前を見る。
「…全部熱取ってやろっと」
「なら奪い返す」
「奪い返されたらまた俺の手冷たくなる」
「だから、またこうして握ってやる」
ぎゅ、と指先を包むようにその手に力を入れる。
「…なるべく、他の人にはしないでね」
「珍しいな。お前なりの小さな独占欲か?」
「たまにはね。俺にだって独占欲の一つや二つ位あるよ」
「雪が降るな」
「失礼だなぁ本当に」
口ではそう言いながらも包まれるその手にほんの少しだけ力を入れて、握り返した。
食事をする本校舎の生徒達の後ろにある壁に凭れるように立ち、E組の演劇が始まるのを待つ。そして暗くなり、幕が開けられる。劇は「桃太郎」舞台の中心に灯されるは…
《桃です》
一瞬本校舎の生徒達、基観客が騒ついた。
『電波エコーで測定しました。これの中で…胎児が育っているようなの』
《おじいさんの目の色が変わりました。瞬時にしてこの桃の価値を悟ったからです》
『こりゃあすげぇ!!とんでもない珍品だぞ!!マスコミが飛びつかないわけがねぇ!!見せ物にすりゃ俺は一生大金持ちだ!!』
それを聞き、おばあさんはすっ…と一枚の紙を出す。
《離婚届です》
それに観客はえ…という様子で少し食べる動作が止まる。
《おばあさんは別れる事を迷っていました。ですが…子供の人権を無視する様なおじいさんの非道な言葉。「俺たち」ではなく「俺」という言葉。おばあさんの心は今決まりました》
2人の間に上からさぁ…とビーズが流れ、川をイメージさせる。
《30年の結婚生活で2人の間に出来た溝は…まるで洗濯に行った川のよう。2人の空間の息苦しさは…山の柴を燃やして出たCO2のよう》
ブワァ…とスモークが焚かれる。
『……この桃は俺のもんだ。夫婦の共有財産だ。どう分けるかは世帯主の俺が決める』
そこでガラリ…と開く扉。やって来たのは2人の男女。
《弁護士です》
『奥様の代理人を務めます。以後の話は我々を通して頂くよう』
『桃の件ですが…、婚姻関係はとうの昔に破綻しており、財産分与の基準日はもう過ぎたと考えられます。モラハラの慰謝料を含むと桃一つでは足りませんよ?』
《おばあさんへの30年に渡る暴言や暴力。生活費も随分前から入れておらず、証拠も全て揃っていました。おじいさんに裁判で勝ち目はありませんでした。恫喝に雇った村の男達は…警察に連れて行かれました。おばあさんは新居に桃を持って帰りました》
床に散らばるビーズを手に取り手のひらからサラサラ…と零れ落ちていく。
《まるで命が洗濯されたような晴れやかな気持ち。おばあさんの人生は桃と共に今始まったのです》
場面が変わり、そこには床に落ちた団子を食べる…
《犬、サル、キジです。どうやら彼は人を襲う訓練をしているようです。畜生共は団子を貰って無邪気に従っているだけです。邪悪なのは財産欲にまみれたおじいさんだけ。鬼ヶ島は…私達人間の心の中にあるのかもしれません。生まれてくる桃の子にも…いつか鬼が宿るのでしょうか…》
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