Irina 2

次の日の体育の時間。生徒達は木の棒の上に立ち、体幹を鍛え、素振りをしていた。だが、一つ、いや二つ三つと気になる視線が烏間と柴崎に注がれていた。二人は教えながらもその視線に集中力が途切れる。その視線には生徒達も気付いていた。代表して倉橋が柴崎に話しかける。



「先生、あれ…」

「あぁ、気にしないで続けて」

「「「「(狙ってる…、狙ってるぞ…、なんか狙ってるぞ!?;;)」」」」





授業終わり、二人は生徒達に今回の話をした。



「…というわけだ。迷惑な話だが、君等の授業に影響は与えない。普段通り過ごしてくれ」

「(苦労が絶えないな、烏間先生も柴崎先生も)」

「じゃあ今日の体育はここまでね。解散!」

「「「「ありがとーございましたー!」」」」

「カラスマ先生〜〜!」



生徒達が解散し、教室に戻ろうとした時、烏間を呼ぶ声が響く。向けば、水筒を持ちこちらに走ってくるイリーナの姿。



「おつかれさまでしたぁ〜!喉乾いたでしょ!ハイ、冷たい飲み物!」

「「「「……………;;」」」」

「………;;」

「………;;」


これには生徒達も先生2人も目が点で言葉が出ない。なんで分かりやすい。不自然過ぎる。


「ほら!グッと行ってグッと!!美味しいわよ〜」

「「「「(なんか入ってる!絶対なんか入ってるな!)」」」」

「大方、筋弛緩剤だな。動けなくしてナイフを当てる」


烏間の言葉にイリーナは図星だったのかギクリと肩を震わせる。


「…言っておくが、そもそも受け取る間合いまで近寄らせないぞ」

「〜っ。あ、ちょ、待って!じゃここに置くから…あ!」


地面の草に滑り、倒れてしまう。




「いったーーい!!おぶってカラスマおんぶーーー!」

「やってられるか。行くぞ、柴崎」

「はいはい」


烏間と柴崎は後ろで騒ぐイリーナを置いて先に校舎に戻るのだった。そこに忍者のような格好をした殺せんせーが出てくる。





「どうです?たまには殺される側も楽しいでしょう」

「馬鹿馬鹿しい。ちなみに、俺はイリーナを、柴崎はロヴロをかわせばどうなるんだ」

「確かに。こんな馬鹿げたこと真面目にできないな。いくらイリーナの事があって、その為だと言われても見返りがなくちゃね」

「…ふーむ。では、その時は貴方方にチャンスをあげましょう。貴方方の前で1秒間、なにがあっても動きません。暗殺し放題です。ただし、二人にはこの条件は内緒です。共謀して手を抜かれては台無しですから」

「…まぁ、それならいいか」

「あぁ、同意見だ」



その提案に烏間・柴崎は了承するのだった。1秒あれば、あの生物を刺せる。その絶対的な確信は二人にあったのだった。









4時間目、数学の時間だ。順調に授業は進む。例題を出し、説明し問題を解かせる。生徒達に教えながらも、頭のどこかではいつどこで襲ってくるのか考える。生徒の授業の妨げにはなってはいけないようだし、今来ることはまず無いかと馳せる。



「じゃあ今日はここまで。宿題出しといたから、きちんとしてくること」


部屋を出ようと扉の取っ手部分に手を当てる。だが、部屋の前に人気を感じ、さっと手を退ける。それを近くで見ていた木村・倉橋・矢田はどうしたのかと聞く。





「先生どうしたの?」

「なんかあったんすか?」

「柴崎先生?」


すると勢い良く扉が開き目の前にナイフが迫る。それをサッと避ける。手首に向かって手刀をし、ナイフを落とさせると左頬ギリギリに左上段回し蹴りをする。勢いはあったにも関わらず当てる事なくピタリと止める。





「っ!!!」

「…全く舐めてくれるもんだね。熟練とはいえ引退した殺し屋が、つい先日まで精鋭部隊に居た人間を、随分簡単に殺せると思ったもんだ」



落ちたナイフを拾い、一度宙に投げると、手のひらでキャッチする。生徒達は目の前で起きた攻防に驚くばかりである。



「(み、見えなかった…、柴崎先生の動きが全く…)」

「(いつ避けた?いつナイフを落とした?)」

「(あんなに勢いよく足を振ったのに顔すれすれで止めたぜ…!?)」

「(強い…っ!)」






「(…っ!!強い!!なんて速さ…っ、なんという鋭い蹴り…っ!!)」

「後、そこで隠れてるやつ」

「にゅや!!?」



廊下の窓から殺せんせーが姿を表す。当の本人は汗ダラダラである。




「隠れていたようで、隠し切れてないよ。…分かってるだろうけど、もしも今日殺れなかったら…」



柴崎から向けられる殺気に殺せんせーはさっきより多くの汗をダラダラダラダラと流す。命の危機、絶体絶命。



「(ひ…ひぃぃぃいい〜〜〜!!)ま、負けないでロヴロさん!!頑張って!!」

「あの約束は、きちんと守ってもらうつもりだから。1秒あれば、5回刺して4発撃てる。楽しみだな」



殺せんせーへ不敵に笑い、ナイフをロヴロに手渡せばそのまま教室を出て行った。



「……なんて男だ。一瞬にしてナイフを避け、手首に手刀し落とさせ、あの勢いのある蹴りを顔すれすれで止めるとは…」

「…柴崎先生は、格闘術のプロ。なんでも、本物のナイフは手刀や蹴りで折るそうで」

「本物のナイフを折るだと…!?…ふっ、末恐ろしい男だ。ますます、殺し甲斐がある」



ロヴロのその目は獲物を狙う、暗殺者の目だった。












その後、昼休みにはめでたくイリーナは烏間にナイフを当てることに成功した。といっても、烏間がいつまでもこんなことに付き合ってられないと旗をあげたのだが。

勿論、それは柴崎も見ていた。生徒達と共に。



「旗上げっちゃったんだ」

「後は柴崎先生ですね!」

「ん?」


顔を生徒達に向ければどこかキラキラした目でこちらを見ている。どうやら先ほどの柴崎とロヴロの攻防を見て好奇心が当てられたのだろう。


「俺も柴崎先生みたいにすっげぇ格闘術師になりてぇな…」

「なんなら教えてあげるけど?」

「え!?良いんですか!?」

「勿論。ただ、時間のある時にしか教えてあげられないけどそれで良いなら」

「全然良いっすよ!よっしゃ!」

「え!前原ズルイ!先生、私にも教えて下さい!」

「岡野さんも?別にいいよ」

「やったぁ!」


そんな話をしている時、ピンっと殺気が送られる。それに気付いたのは、この中では柴崎だけだった。





「…さて、奴さんが来たようだ」

「奴さん?」


中村が首を傾げる。それに笑ってから、柴崎は窓枠に足を掛けた。それは今にも外に飛び出す格好だ。





「中村さん、前原くん、岡野さん、離れて。あと、こんな真似はしちゃダメだからね」


こんな真似とは窓枠に足をかける行為である。そしてもう片方の足を床から離し外に体を出した瞬間、天井からロヴロが落ちて来、先ほどまで柴崎がいた所にナイフを刺しているではないか。柴崎は片手を地面に付き、バク転すると態勢を立て直す。




「ふぅ、危ない危ない。危うく刺さるところ」

「ふっ、良く言う。俺の僅かな殺気に瞬時に気付いたくせに」

「どうにもその手の殺気には頭が先に動くんでね」

「なるほど。流石は過去FBI所属の男は違うな」





それは近くの木の下にいた烏間・イリーナも見ていた。





「なっ…師匠の動きを見切って避けたですって!?」

「…柴崎は気配に敏感だ。特に相手の殺気なんかには瞬時に気付く」








「さて、俺もお前の実力には興味がある。イリーナはカラスマにナイフを当てたようだし、実力は認めよう。この場にいることを許可する」

「なら、もう俺と殺り合わなくても良いんじゃない?」

「さっきも言っただろう。お前の実力が気になるとな!!」



一気に間合いを詰めてくる。それを後退しながら避ける。ナイフを見切る。トン…と背中が何かに当たる。それは木だった。ロヴロは攻撃しながらもこの木に柴崎を誘い込んだのだ。



「貰った!!」




だが、振り翳されたそのナイフが刺さったのは柴崎ではなかった。




「なに…!?」


確かに目の前にいた。なのに何故いない。いつ消えた。




「お勤めご苦労様」


その声が耳元で聞こえたと思った瞬間、体は倒された。水面蹴りをしたのだ。倒れたロヴロの上に跨ると、ロヴロが手にしていたはずのナイフが握られ、逆に首に添えられていた。



「…っ、いつの間に俺の背後を取った…」

「特別なことは特にしてないさ」


そう彼は言うが、そう簡単に…しかもプロの殺し屋相手に出来ない芸当を成したのだ。

柴崎がロヴロに仕掛けたこと。それは素早い速さでしゃがみ、そして後ろに回り、ロヴロの足場を崩してナイフを奪えば首に当てる。といったものだ。彼が自身の顔を狙っている事を瞬時に読み、上を狙うせいで下への注意が疎かになっていたその部分を上手く柴崎は利用したのだ。



「(…なんで男だ…)」


その行動を”ただそれだけ”と片付けるこの男・柴崎にロヴロは慄いた。あんな動き、今まで見てきた暗殺者の中で出来る者がいるだろうか。いや、存在しない。冷静な判断、相手の力量を見切るその目と頭、そして自身の力を過信しないその心。どれを取っても欠点が見つからない。




「…ふっ、俺の負けだ。降参だよ」


ロヴロは白旗を上げた。敵うはずかない。この男に、この俺が。その言葉を聞いた柴崎はロヴロから退くと手を差し出した。





「まぁでも、流石はイリーナの先生ってところはあると思うけど」

「…お前にそう言われるとはな。光栄だ」


差し出された手を掴み上体を上げる。立ったことを確認した柴崎はその場から去ろうと背を向ける。




「お前ほどの男なら、暗殺者に向く」

「冗談は顔だけにしてくれる?暗殺者と防衛省。全く真逆の職業だ」

「お前のその力をこんな所で置いておくのは勿体無いという話だ」

「そうでもないと思うけど。とはいえ、あれの監視を任されているんだから、それなりに力はつけてるつもりだけど」


国でも殺せない、あの生物をね。そう零すと、ロヴロは可笑しそうに笑った。



「…そうだな」

「ね?」



ロヴロは背を向ける柴崎を見て思った。この男の力は未知数だと。飄々としているのに目は鋭い。油断のならない男だと。










「良かったね、イリーナ。残れて」

「シバサキ…。私、あんただったらきっと負けてたわ。あんたなら、あのワイヤートラップに気付いてただろうし」

「気付く気付かないの問題じゃないと思うけど」

「え?」

「この教室、この狭い世界で教師と暗殺を熟そうとしている。最初はあれだけ出来なかったのに。苦手を克服し、自分の経験と力にしていく。今回のも、実践したことによって幅が広がったんじゃない?」


ロヴロはあぁ言ってたけど、十分成長してるよ、イリーナも。そう言い残すと烏間の方へと歩いて行ったのだった。



「…挌闘技は十八番か」

「まぁね」

「全く、程々お前には恐れ入る」

「伊達にこの仕事任されてないから」

「まぁ、そうだけどな」




「柴崎せんせーい!!」


生徒達が走り寄ってくる。



「先生!さっきの技なんですか!?」

「さっきの技?」

「ほら、ロヴロさんが倒れたじゃないですか!」

「あぁ、水面蹴り?」

「それです!あれってどうやるんですか!?」

「あれは、簡単に言うと足払いみたいなもん。相手を倒す技だよ」

「今度それ俺にも教えてくれますか!?」

「いいよ。ただし怪我はしないでよ?」

「はい!」


嬉しそうにする生徒達を見て、烏間・柴崎は笑うのだった。












「…おい、なんだあの甲冑は」

「あんなのあったっけ?」

「にゅや…、万が一の1秒間の備えをと…;; 柴崎先生が1秒あれば5回刺せて4発撃てると言いましたので…;;」



殺せんせーはどこまでも足掻こうとするのだった。




「で、俺はロヴロに勝ったんだんだから、1秒間止まってくれるんだよな?」

「にゅや!!!?」

「そういう約束で始めたはずだけど」

「〜〜〜〜〜っ!!」



ドビュン!!



「あっ、こら!待て!」



殺せんせーはマッハ20で烏間と柴崎の前から姿を消し逃げたのだった。






「あいつ…っ」

「流石の柴崎も、あの速さにはついて行けないな」

「次は必ず刺す…!」

「ふっ」


改削 2016 01 21

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