教員室に戻った柴崎は持っていた書類を机に置き、座る。その書類を捲りながら、ふとそこから目を離し先程の話を少し思い出す。
「コーヒー」
「ん?…あ、ありがとう」
渡されるそのコーヒーを受け取る。温かなカップの熱が冷えた手を温める。
「…烏間はさ、」
「?」
カップから顔を離し、立っている烏間を見上げる。
「どちらも切れそうにない2つの選択肢を出されたら、どうする?」
「……内容に寄るが、どちらも自分にとって大切なら…俺は両方を取る」
その答えを聞き、ああ、同じだな。と柴崎は小さく笑いまたコーヒーの入るカップに口を付ける。
「なんだ?それ」
「んー、小さな問いかけされてさ。俺は自分なりの答えを言ったけど烏間ならどうなのかなって思って」
「…お前はなんて答えたんだ?」
「烏間と一緒」
俺も両方取るって答えた。湯気が立つカップを手に柴崎はそう答えた。それを聞き、烏間は一口コーヒーを飲む。
「で、その選択肢ってのは何と何だ」
「家族と愛する人」
「…それを普通天秤にかけるか?」
「かけちゃう辺りが作り話だよね」
一つ笑うとカップを机に起き、頬杖を突く。
「それ聞かされた時に、自分の家族と烏間を思い浮かべて…」
「……」
「悩む間もなく答えが出たよ」
どっちも大切だからどちらも手離せないって。
「手離したら、きっと後悔するから」
そこまで言い、さて仕事しないとなぁと考え、はぁ、と息を吐きながら目を閉じて背凭れに凭れて天井を仰ぐ。しかし閉じられていた目はすぐに開く。
「…それなら尚更、俺は両方を取る」
掠めるように触れて、離れて、
こちらに目を向ける柴崎に烏間はそう言った。それに柴崎は少し惚ければ、その口元に笑みを浮かべた。
「当たり前」
「…ふっ、そうか」
「脚本は狭間さんが書いたんだ」
「そうなんですっ。で、台詞と演技は別々の人がする設定にしてるんです」
「へぇ」
演劇発表会が1日1日と迫る中、E組生徒達は放課後を使い練習をしていた。近くに立つ磯貝が紙を烏間と柴崎に渡す。それを2人は見る。
「…主役があいつ?」
「それについては大丈夫です。殺せんせーは、ただの桃役なんで」
「桃役?」
狭間が台本を手にそう言う。そして練習が始まった。
「…烏間先生、柴崎先生大丈夫ですか…?」
「…まぁ、少しすれば落ち着く筈だ」
「この内容、先生にはちょっとキツかったかな…」
「内容は結構リアルなんだけどな…」
「生々しいっつーかさ、」
「聞けば重い話なんだけど…」
烏間と生徒達の視線は扉の柱に手を当ててこちらに背を向ける柴崎に向けられる。だがただ立っている訳じゃない。
「…っつ、…っ、」
「「「「(ドツボだったんだな…)」」」」
狭間執筆のこの劇内容は柴崎を苦しめた。笑いで。案外笑いのツボが浅い彼は他の人よりも深く深くツボに嵌ってしまう。
「も、…っ、内容が…っ」
「私の桃役がツボでしたか?」
「杉野くん…凄いね…っふふ、」
「俺ェ!?」
「あははっ、お腹痛い…っ」
ついに笑い過ぎでお腹を痛めてしまう。すると前原が面白がり、杉野の腕を掴む。
「?なんだよ前原」
「まぁまぁ」
前原はそのまま杉野を引き摺れば未だ笑いの波が去ってくれないのか、口元に手を当てて笑いを殺す柴崎の前まで連れて行く。
「柴崎せーんせ!」
「?…っははッ」
「先生俺の顔見て笑うとか酷ェよ!!;;」
前原に呼ばれ目に溜まる涙を拭いながらそちらを向けば別になんてことない顔をした(いつも通りの)杉野が立っていた。しかし余韻というか、記憶に大層残っていたのだろう。彼の顔を見ただけで、失礼だが笑ってしまった。
「ごめんね、っふ、ふふ、杉野くんは悪くないから…っつ、」
「いや、あの、えと…はい…;;」
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